4話 WISHのメンバーに俺はなる!

 もう一度鏡の前に行き、自分の姿をまじまじと見つめてみる。

 ……何かタダでこんな美少女を間近で見て良いのだろうか?という罪悪感すら湧いてくる。

 ほとんどロクに女性と話すこともなかった松島寛太としての人生で、こんな美少女と接することは絶対にあり得なかった。

 いや、これが現在の自分の姿だという贔屓目を抜きにしても、これほどの美少女を街で見かけたことすらなかった。どんな表情も映えるし、可憐で清潔感に溢れた雰囲気はラフな部屋着でも隠しようがない。

 うんまあ、間違いなく神様の意向によってこのルックスが与えられたことは間違いないだろうな。


(ってことはやはりWISHのために、自分は一生を捧げなければならないってことか?)


 当然その疑問が湧いてきた。

 俺が何の脈絡もなく思い付いた願いを、神様は生まれ変わりの条件として認めたというわけだ。それに従った生き方をしなければ……普通に考えて生きていけるとは思えない。どこかで約束を破ったら神様によって自分の人生は終わってしまう……そう考えておく方が自然だろう。

 でも、一生を捧げるって言っても現実的には年齢の限界があるだろう。特に女性アイドルは卒業が早い。

 一般的に言って5年も活動を続けられるアイドルは少ない。まあ、WISHが日本でトップクラスの人気グループだということを踏まえれば、もう少し長く20代後半くらいまで活動を続けられる可能性もあるわけだが、それでもそうしたメンバーはごく少数だ。 

「一生を捧げる」というのは自分の口から出た言葉なわけだが……俺はその言葉をどう解釈して生きていけば良いのか、確信が持てなかった。


(……まあ、考えてもはっきりとした答えは出ないよな。どっちみちボーナスステージみたいな人生だ、その時にその時に考えていくしかないか)


 俺は気持ちを切り替えた。

 とっくに俺は死んでいるはずだったのだ。こうして生きていられること……それも圧倒的な勝ち組の美少女としての人生を生きていられることは幸運でしかないのだ。悩むよりも楽しんでしまえば良い。

 そんな風にあっさりと気持ちを切り替えられたのが自分でも意外だった。

 元の松島寛太の時はいつまでもジメジメと過ぎたことを悩んでいた気がする。

 

 まずはもう少し情報を仕入れなければならない。どんな風に生きるにしても状況をもう少しはっきりさせておくべきだろう。

 俺は机の上にほっぽり出しいたスマホを再び手に取った。


(……ん?2024年?)


 その時初めて、スマホのトップ画面に表示されている現在日時に気付いた。当初はこれも何かの一時的なバグだろうとしか思わなかった。(今日何年だっけ?なんて迷う人がどれだけ存在する?)今が2034年だということに疑問を持ったことはなかった。

 一度目をパチパチとしばたかせ、そっぽを向いてからもう一度スマホを見てみた。

 ……やはり2024年10月10日と表示されていた。


(いやいやいや、そんなわけあるかい!)


 仕方なく俺はスマホを再起動してみた。

 一度電源が落ち、再び電源が入るのがこんなにもじれったく感じたのは初めてだった。

 再起動したスマホに表示されたのは、やはり2024年10月10日の文字だった。


(……まあそうか。生まれ変わりがあるなら、時間が巻き戻ることも不思議ではないか)

 

 これも受け入れるしかなかった。……神様スゲーな!時間も戻して生まれ変わらせるなんて何でもアリかよ!まるで神様みたいだな!

 

 ひとしきりのツッコミを終えてから、俺はスマホでの情報収集に専念することにした。

 元の松島寛太としての人生なら2024年当時の俺は、20歳の大学生だったはずだ。当時は自分のことを「冴えない大学生」としか思っておらず幸せだとは微塵も感じてはいなかったが、後の社会人になってからの苦労を考えると気楽な大学生活は幸せそのものだったように思える。


(あれ、でもその頃にもうWISHは活動していたのか?)


 WISHという存在を俺が認識したのは恐らくここ1~2年のことだ。アイドルに特別興味のない人間にとっては、今をときめく国民的アイドルといえどそんなものだ。10年前のグループがどんな状況でどんな活動をしていたかなど、知るはずもなかった。


 俺はスマホで「WISH」と検索してみた。

 ……無数のランダムの情報がスマホには並んだ。単に英語の「WISH」」として調べる人間がほとんどだということだ。

 もう一度俺は「WISH アイドル」と入れて検索してみる。


(……なるほど、そういうことか)


 出てきたのは「あなたもアイドルを目指しませんか?あの滝本篤たきもとあつしがプロデュース!」といういかにも安っぽい広告サイトだった。

 そうだった。滝本篤という人物は、WISH以前にも幾つかのアイドルやテレビ番組のプロデュースを行い成功を収めていた、芸能界の仕掛け人と言って良い人物だった。

 WISHも結成当時は中々人気が出ず「あの滝本がプロデュースしたのに失敗だという声もよく聞かれた」……といった話を最近ネット記事で見かけたことを思い出した。彼女たちも決して順風満帆に国民的アイドルになったわけではないのだ。


 神様がこの時期に俺を小田嶋麻衣として転生させたのは……そういうことなのだろう。オーディションを受けてWISHに入り、国民的アイドルとしての活動に尽力しろ、ということなのだろう。どう考えてもそれ以外の意味は見出せそうになかった。

 一応、気になって自分の名前「小田嶋麻衣」でも検索してみた。もしかしたらすでに何か芸能界に入って子役やタレント活動をしており、そうした経歴を経てWISHに加入したのではないか……とも思ったのだ。これだけの美少女なら世間が放っておかないはずだ。

 だが結果は何も出て来なかった。

 ついでに元の自分の名前「松島寛太」でも一応検索してみたが、こちらも何も意味のある情報は出て来なかった。同姓同名の一般人であろう人のSNSが出てきただけだった。


(……まあ、やってみるしかないか!)


 オーディションの締め切りはちょうど2週間後だった。

 神様や天使ちゃんから具体的にそう言われたわけではないが、状況から考えるに他の選択肢はないような気がした。

 それに……本音を言えば、俺自身アイドル活動が少し楽しみになってきていたのだった。

 アイドルとして人前に立つこと、そしてそれを続けてゆくが大変なことはもちろん分かっていたが、それでも今までの冴えない人生に比べれば華やかな舞台に立てることは素晴らしいことに思えた。

 再び鏡に自分の全身の姿を映してみる。

 そして、クルリと一回転してポーズを決めてみた。

 うん、何度見ても完璧な美少女だった。こんな恵まれたものを与えられていて人前に出ないことはむしろ罪なことのようにすら思えてきた。

 何か才能を持っている者はそれを世の中のために使うことは義務だ、という話を聞いたことがある。そういうことだ。


「……まあ、やってやろうじゃないですか!」


 ニコリと微笑んだ鏡の中の完璧美少女に俺はそう呟いた。



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