3話 あれ?でもそんな好き勝手に出来るものなのかな?

 母親との夕食は無事に終わった。

 父親は仕事で遅いらしく母親と二人だけの食事だったが、テレビを見ながら母親が一方的に饒舌にしゃべっていた。

 最初は俺の方も(外見は美少女)相槌をどうすべきか必死だったが、返答に迷っているうちに母親は別の話題へとコロコロと移り変わっていった。彼女は特に返答がなくとも上機嫌にテレビと話せる人のようだった。


 さて……無事に再び部屋に戻ったところで俺(鏡に自分の姿が映ると俺と呼ぶのもためらわれるのだが)は状況を整理し始めた。

 幸いにして机の上にあったスマホも指紋認証により開けたので、SNSなどを見て自分自身の情報や交友関係も少しずつは分かってきた。


 今の名前は小田嶋麻衣おだじままい、17歳の高校2年生。学校は割とお堅い女子校ということから分かるように、父母はとても大切にこの子を育ててきたのだろう。

 30代前半にしか見えなかったあの美女は母親の真希子まきこで実際には40歳を少し超えているそうだ。父親の隆将たかまさも同じ歳で、写真でしかまだ見られていないが、いかにも仕事の出来そうなイケメンだから、まあこの子が美少女に産まれてくるのも当然という気はする。


 ……残念ながら、人は産まれた時から差が付いているものだ。

 今世は大きなアドバンテージを持って有利に生きていけそうなことに、俺は大きな安堵と感謝の気持ちが溢れ出てきていた。

 天使ちゃん、その上役の神様……ありがとう!本当にありがとう! 


 思えば前世はヒドイものだった。

 俺の元の名前は松島寛太。

 ……もちろん「ヒドイ人生だった」なんて言ったら、ある人たちからはお叱りを受けるかもしれない。「平和な現代日本に産まれただけで勝ち組だろ!」「明日食うものに困っている国の人たちの前で同じことが言えるのか!」

 ……いやそれはもちろん正論だし、反論の余地はないのかもしれない。

 だけど前世の松島寛太としての人生も、自分の個人的な実感としては辛かった。マジでツラかったんだよ。

 

 俺は元々特別スペックが低かったわけではない。

 成績も子供の頃は良い方だったし、運動もそこそこ出来た。ルックスも別に良いわけでもなかったけど普通の範囲内だったと思う。

 でも俺は精神的に弱かったのだと思う。大事な場面で勝負弱かった。

 高校のバスケ部の引退試合でも大きなミスをしたし、大学入試も失敗して志望の大学には行けなかった。

 それでも何とか大学に入り卒業とともに就職することが出来た。地方のメーカーの営業職だった。俺は必死で取り組んでいたけれど絶望的に向いていなかった。

「取引相手とちゃんと話さなきゃ!」という気持ちがミスを呼び、そのせいでまた次に会った時も緊張が増す……という悪循環だった。

 見兼ねた会社は俺を直接の営業職ではなく、営業を補佐する部署に配置を換えてくれた。配置転換された当初は良かった。直接お客さんと会うこともなく、資料を作ったりスケジュール管理をして営業職の人のサポートをする仕事は自分の性に合っているように思えた。加えて俺自身に営業の経験があるわけで、彼らの気持ちもよく分かったから俺のサポートは評判が良かった。

 だけど、ある時期から俺への当たりがキツくなった。きっかけはたまたまだったかもしれない。たまたま会社として不振な時期で、半ば八つ当たりのようなものだったと思う。

 だけど俺は元来の性格で自分に責任を感じてしまった。それを見た複数の社員から「コイツはいける」と舐められたのか、多くの仕事を抱えさせられるようになった。


 トラックに轢かれたあの日は、会社の飲み会で呑まされて酔っぱらっていたし、あの事故は間違いなく不運な事故なのだが、自暴自棄な気持ちが常にあったことは否めない。だからといって、わずか30年で生涯を閉じるとは思っていなかった。だから死んだ時あんなにも強く後悔したのだ。


 まあとにかく辛かった前世のことは、もうどうでも良いのだ!

 今の俺はしみったれたサラリーマンではなく、華のJK……それもとびきりの美少女ときたものだ。これを圧倒的勝利と言わずなんと言おうか!

 もういっちょありがとう!天使ちゃん!神様!

 今でもあの時の天使ちゃんの姿がこの目に焼き付いています!


 ……あれ?そう言えば俺、あの時何か言ってなかったっけ?




(WISHのために自分を捧げたかったです!)


 今の小田嶋麻衣の澄んだ声ではなく、かつての松島寛太の籠った聞き取りにくく、しかも恐怖で上ずって震えた声だった。


(WISHのために自分を捧げる?何を言ってたんだろうな?……その前の願いは全然響いてこないって却下されたクセに、なんでよりによって土壇場のヤケクソで思い付いた言葉が受け入れられたんだろうな?)


 ふと冷静になってみると、何か自分はとんでもない間違いをしたのではないだろうか?という気になってきた。

 WISH。今最も人気のある女性アイドルグループである。

 総勢で40人だか50人だかが在籍しており、人気上位のメンバーたちはテレビに雑誌にCMに引っ張りだこ……とまさに国民的な人気を誇っているグループだ。

 お茶の間に出てきたのは3~4年前くらいだろうか?アイドルグループは人気になるに伴いアンチの声も大きくなるのが常で、当初は「すぐに飽きられて人気は落ちるよ」という声もよく聞いたものだが、ずっと人気は第一線を保っている。


(……いや、だが、何で俺は『WISHのために』などと口走ったのだろうか?)


 改めて考えても思い当たる節は見つからなかった。

 もちろんWISHというグループは知っていたし、曲も聞いたことはあるし、メンバーの名前も有名な何人かは分かる。でも俺にとってはその程度だ。俺と同世代の男ならそれくらいの知識は普通に生きていれば嫌でも入ってくるはずだ。

 そして天使ちゃんはなぜそんな薄い知識しかない俺の願いを、産まれ変わりに値する、と判断したのだろうか?

 単に死ぬ間際に街頭ビジョンでミュージックビデオをたまたま見た以外に、理由は思い付かなかった。


(あ、そうか……)

 

 だけど鏡に映った美少女が自分の姿だということを思い出し、一つの考えが浮かんできた。この圧倒的な美少女っぷりは恐らくそういうことだ。


 すなわちWISHのメンバーになりその一生をアイドル活動に費やすように……という神様からのメッセージであり、それが俺が転生を許された条件なのだろう、ということだ。



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