2話 何で俺が美少女になってるの?

 気付くと俺はとある部屋のベッドの上にいた。全体的にパステル調の部屋でしかも何だか良い香りがする。

 だけど俺には、天使ちゃんの言葉がついさっきのことのように頭に響いていた。

 天使ちゃんの微笑みの真意は分かるはずもないけれど、ここは間違いなく天国でも地獄でもなく現世だろう。さっきまでのふわふわと夢の中にいるような感覚とは違う、確かな五感からの情報に俺は確信した。

 ということは俺は俺の人生をやり直すことが出来るはずだ!そうだろう?

 そうでなければ、この現世に帰ってくることなど有り得ないのだ!神様、天使ちゃん、どうもありがとう!アイラビュー!

 何よりも俺の頭には前世の記憶がはっきりとあった。あまり思い出したくもないものだが、それがあるということは人生をやり直すことが許されたことの何よりの証拠だろう。

 これからは、せっかくやり直しさせてもらった人生、どうか悔いのないようにしっかりと生きたいと思います!

 頑張ります、本気で、はい、ありがとうございます!




 ……でも、なぜ元の俺の部屋ではなく見ず知らずのこの部屋なんだろうか?

 喜びを少しだけ噛みしめると、疑問が湧いてきた。

 元の俺の部屋と言えば、殺風景な割に掃除も行き届いておらず帰りたい場所でもなかった。ま、実際に最後の方は仕事が忙しくなりすぎて、ただただ寝るために帰る場所、という感じになっていたが。

 まあ、やり直すに当たっては細かいルールがあるのだろう。天使ちゃんはそういった説明を一切していなかったが。……アイツ立派な天使なんだよな?俺と同じ落ちこぼれのポンコツじゃないだろうな?


「マイ~!早くご飯食べちゃいなさい~!」


 どこかでそんな声が聞こえた。

 ここが元の俺の部屋でない以上それも仕方のないことだろう。元の部屋で隣家の物音が聞こえたことはほとんどなかったが、部屋の内部の様子がこれだけ変わっているということは、部屋の場所そのものが全然違う可能性もあるわけだ。

 隣にどんな家があるのか想像もつかない以上、しばらくは大人しく様子を窺うのが賢明だ。だが少なくとも今聞こえてきたのは間違いなく日本語だった。ということはここが日本であることは確かなわけで、状況もすぐに把握出来るだろう。


「マイ!聞こえてるの?早くご飯食べちゃってってば」


 急にドアを開けられて俺は心臓が止まりそうになった。……ここで心臓が止まったら、天使ちゃんはまたやり直させてくれるのだろうか?

 ドアを開けて入ってきたのは30代前半くらいの美女だった。

 恐らくほぼノーメイクにも関わらず目鼻立ちのくっきりとした容貌と、デニムにパーカーというラフな格好にも関わらず細身のモデル体型は隠しきれていなかった。


「……どうしたの?ボーっとして?」


 美女が俺を見てニコリと微笑んだ。

 切れ長の眼はクールな印象が強かったが、くしゃりと笑った顔はとても柔らかく穏やかなものだった。

 ……え、何これ?一発で惚れたんだけど?

 前世の俺ならこんな美女に話し掛けられること、絶対に有り得なかったんだけど?どうなってんの?生まれ変わりスゲーな!

 

「大丈夫?マイ?」


 引き続きボーっとしてたら、美女が俺のもとに近付いて来た。

 わ、わ、ちょっと待って!何かめちゃくちゃ良い匂いがするんだけど!

 あたふたしてたら、美女が俺のおでこに手を伸ばしてきた。

 スゲーすべすべの手で、触られただけで気持ち良いんだけど……何か騙されてないか?あれか?法外な料金を請求されるってやつか?それとも一目で反社会的勢力の構成員と分かる怖い兄ちゃんが出てきて『俺の女に何してくれとんねん!』って展開か?


「う~ん、熱はなさそうね。どこか痛いとか、気分悪いとかあるのかしら?」


「え?や、別に……」


 美女に微笑まれて俺はドギマギしっぱなしだったが、ようやくそれだけは返すことが出来た。


「そう?じゃあ待ってるから、下りてきて一緒に晩ご飯食べよ?」


「あ、うん。分かった……」


 そう告げると美女は部屋を出ていった。

 細い腰、やや無造作ではあるが束ねた黒髪からのぞく白いうなじ……後ろ姿も抱きしめたくなる完璧な美女だった。


 だけどその時には俺はもう異変に気付いていた。

 返事をした俺の声が……明らかに元の陰気なボソボソとした自分の声とは違っていたのだ。妙に高く、鼻にかかるような甘い声は……女性の、それも少女の声に間違いなかった。

 部屋の中に姿見を発見した俺は、その前に立ち自分の姿を確かめた。


「……え、や、ま……」


 マジかよ!と大絶叫したい気持ちはあったが、それが声にならなかったのはすでにどこかそれを予想していたからだろうか。姿見に映った俺の姿はさっきの美女にそっくりの、どこからどう見ても美少女そのものだった。


「……お、おう」


 再びそんな声にならない声を出していた。

 姿見に向かって微笑んでみる。……ヤバ!めちゃくちゃ可愛いんだけど!

 しかめっ面もしてみる……いや、どんな表情したってめちゃくちゃ可愛いんだけど。

 待て待て……自分の可愛さを堪能する時間はたっぷりあるはずだ。恐らくここは自分の部屋で、接し方から察するにさっきのあの美女が母親なのだろう。

 母親にこれ以上不審に思われないよう、まずは下りていき夕食を共にすべきだろう。そして自分のことや周囲の環境のことを探るのだ。

 有り得ない状況にも関わらず俺の頭はとても冷静で、次にすべきことが見えていた。そもそもが「天使に会って生まれ変わる」という有り得ない体験を経てきているのだ。それなら美少女に生まれ変わるくらいのことが起こっても、さして不思議ではないだろ?

 ロクなことのないクソみたいな人生を前世では送ってきたのだ。今度は二度と後悔のないように思いっ切り人生を謳歌してやるんだ!


 ……そんな決意に満ちた表情もとても凛々しくて、どこからどう見ても完璧に可愛かった。



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