SCENE:9‐5 18時40分 汐生町 水上邸
陸太と海斗が屋敷に到着すると、渚が庭先を掃除していた。
辺りにはつんとしたガソリンのにおいが漂っている。それは、血のりに偽装されたフィジカル・ヴィークルの燃料のにおいだ。
エントランスの芝に目を凝らすと、おどろおどろしい赤色があちこちに飛び散っている。
罠にかかったフィジカル・ヴィークルたちは、まとめて隅に寄せてある。まるで、ばらばに解体された死体の山だ。
「ハロウィンはまだ先だってのに、やってくれるぜ」
ぶつぶつと文句を言いながら、渚はガソリンを水で洗い落とす。ものものしい顔つきの双子を見ると、親指で屋敷を指し示した。
「書斎ではユークの手当中だ。ネムルとさりゅが対処してる」
「ユークは大丈夫なのか?」
「ああ……ひとまず山は越えた」
「良かった」
ほっと息をつく陸太の横で、そわそわと海斗は屋敷を見上げる。この目で友の無事を確かめるまでは気が抜けない。僕、様子を見てきます。
早足になった海斗の後を追うように陸太も続く……が、
ぐえっ、とカエルのような鳴き声を上げて、陸太は身体をのけ反らせる。
「なにすんだよっ!」
「チビ猿はここで俺を手伝え」
「はあ? なんでだよっ!」
「お前みたいな騒がしいガキが、書斎にいても邪魔なだけだ」
「騒がしくなんかねぇっ! オレは物静かな好青年だっ!」
「ハロウィン以上に、エイプリルフールは先なんだが……」
二人のやりとりを聞き流して、海斗は玄関を後にする。
書斎では、ネムルとさりゅが忙しなく手を動かしていた。
彼女たちの間には診察台代わりの書物机があり、ユークが寝かされている。彼女の腰から下は撤去され、胴の断面には幾本もの太いコードが接続されている。机の傍に、赤い液体の入った袋が吊り下げられており、その管は彼女の細い腕に差し込まれていた。輸血に見えなくもないが、その中身は未使用のガソリンに違いない。口元には酸素吸入器があてがわれていた。
ネムルの傍に、もう一体のユークが寝かされている。怪我の痕跡がないところを見ると、こちらが捕らえたフィジカル・ヴィークルのようだ。腹部が開き、中の部品が剥き出しになっている。それは機械部品に違いなかったが、赤黒く塗装されており、人間の臓器に見えなくもない。「作り手のこだわり」というやつだろうか。ひと目に触れない部分も、限りなく人間に近づけてある。
部品交換のため、裸にされたフィジカル・ヴィークルは、恐ろしく
渚が、なぜ陸太を引き止めたのか分かる気がした。人体に耐性のない人間が目にするには刺激が強すぎる。まさしく、実際の手術の現場に立ち会っているようだ。
「早急に取り替えなければいけない部品はすべて交換した」
額の汗を拭いながらネムルは言った。傍で、さりゅもほっと息をつく。彼女は助手のようなことをしていたのだろう。血色のガソリンにまみれた工具箱を膝の上に載せていた。
「ユークは助かったんですね?」
恐る恐る海斗が聞くと、ネムルは強く頷いた。
「ああ。君たちのおかげで救われた」
「良かった……本当に」
「仕上げは海砦へ帰ってからだ。設備の整った場所の方が安心だからな」
「わたしもお手伝いするね!」
「僕も手伝います。なんでも言ってください!」
「ありがとう。君たちがいてくれて頼もしいよ。そうと決まれば、早々に荷物をまとめて出発しよう」
工具や部品をとりまとめ、ユークとフィジカル・ヴィークルを人目につかないよう布で包むと、庭先にいる二人を呼びつけた。
一行が船着場へたどり着くと、一台の漁船が停泊していた。
船長室の窓から日に焼けた老人が顔を出した。
「おぉっ、じーちゃんだ!」と陸太が嬉しそうに手を振る。機転を利かせて、海斗が祖父を呼んだのだ。
「孫たちが世話になっておるからの。困った時は、お互い様じゃ」
金原老人は
船を降りる直前、
「
布の中から不満げな声がした。
もぞもぞと身体を動かしながら、海斗の腕の中からユークが顔を出した。
目を閉じたまま、小さな鼻をひくつかせる。
「そんな服で、デートに行くつもりじゃないわよね……?」
寝言のように静かに告げると、再び眠りの中へ入ってゆく。
その姿を見届けた後、質問に答えるように、陸太が優しい声で言った。
「こんな時まで、人の心配すんなよな」
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