SCENE:9‐3 18時02分 部屋

 泣きやんでくれよ、フランボワーズ。


 無事に逃げ切れたじゃないか。



 南雲がいくら呼びかけても、フランボワーズは答えない。頭の上から布団をかぶって、丸くなっている。


 リリー・タイガーに捕まったことがよほどショックだったのだろう。気の毒に。


 トラウマになっていなければいいが……と思うと同時に、ちょっと怖い思いをした方が、勝気かちきな性格も弱まるのでは? と意地悪なことも考える。


 心に傷を負ったと見るべきか、おきゅうを据えられたと見るべきかは、姉の今後の行い次第だ。


 そう思った矢先、どちらともつかない行動を、彼女は起こす。


「あーっ!」と叫びながら、フランボワーズは布団から飛び起きた。


 赤いマニキュアが塗ってある鋭い爪で、ビリビリとシーツを切り裂く。


 飛び出した羽毛があたりに広がった。


 フランボワーズの逆襲は終わらない。渾身の力で、枕を壁に打ち付ける。そして目に映る物を手当たり次第に、破壊し始める。


 時計、机、書物、お洋服(南雲が着るものだけ)、窓ガラス、パソコン……大怪獣と化した彼女を、南雲は指をくわえて眺めていることしかできない。


「ムカつくっ! ムカつくっ! むーかーつーくぅぅぅぅっ!!!」


 落ち込んでいると決めつけた自分が馬鹿だった。


 他人に首を絞められた程度で、心が折れる姉ではない。


 むしろ、しいたげられた悔しさを燃料として、怒りの炎はいつまでも燃え続けるだろう。


 物を破壊しているのは、仮初かりそめの消火活動に過ぎない。


 僕の部屋が壊れていく……お気に入りのパソコン、お気に入りの椅子、お気に入りの家電……。


 この光景が、トラウマになる前に目を閉じる。頭の上から布団をかぶって丸くなりたかったが、その布団はビリビリに引き裂かれ、いまでは見る影もなかった。


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