SCENE:6‐6 17時32分 海砦レムレス 管理区 曼荼羅ガレージ

 ネムルとユークが声と文字の対話をする中、さりゅは作業部屋の前に立って、ユークの回復を待っていた。


 「君も中に入れば良い」というネムルの誘いは断った。自分がいても邪魔になるだけだと思ったからだ。


 わたしも誰かの役に立ちたいと思うけれど、具体的にどうすれば良いのか分からない。


 ネムルのような聡明そうめいさはないし、ユークのような特殊技能とくしゅぎのうも、兄のような身体能力も持ち合わせていない。


 誰かを守りたいと思う自分は、実のところ、誰かに守られてばかりだ。


 廊下の窓を開け、潮風を肌に受ける。


 窓枠に顎を乗せ、空を見上げた。


「わたしって、迷惑かけてばかりだな……」


 ふと、陸太の顔が思い出された。さりゅは廊下の隅にしゃがみこむ。ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱しても後の祭りだ。あの失態は完全に自分の責任だった。それなのに、八つ当たりをしてしまった。あんなものを見せられて、陸太も迷惑きわまりなかっただろう。


「わたしって本当にドジばっかり。りっくんにも迷惑かけて、たぶん怒っているだろうな……」


 情けなさと申し訳なさで、さりゅの心は深海まで沈む。


 明日の学校で、どんな顔をして会えば良いの?


 その心配は一瞬のうちに杞憂きゆうに変わった。


 学校で会うまでもなく、陸太が階段を登ってきたからだ。


 顔から火が出ているのではないかと思うほど、自分の顔が熱く火照っているのを感じた。

 しゃがみこんだ体制のまま、後ずさりして尻餅をついた。真っ先にスカートを見下ろすが、制服の長い丈は、膝頭まで届いている。


 良かった、パンツ見えてない。


 座った体勢から見上げる形になったからだろうか、陸太の背がいつもより高く感じられる。


 無言で差し伸べられた手を、恐る恐るさりゅは掴んだ。


 思っていたより強い力で、助け起こしてくれる。


 戸惑って俯いた高さに陸太の顔が見える。なぜか、彼の目頭は真っ赤に腫れていた。鼻の頭も、ほんのり赤い。


 殴りすぎちゃったかも……。


 さりゅは彼のスニーカーが見えるくらいに視線を落とした。顔の火照りが耳元まで広がっていくのが分かった。


「あ、あの……」


「あのなっ……」


 同時に発した声が被って、二人はハッと目を合わせる。それから、慌てて左右にそむけた。


 ごめんなさい、とさりゅは謝った。陸太の目を見ようと頑張っているのだが、思うように行かない。


 高鳴る心臓を抑えながら、一つ一つの言葉をゆっくり発する。


「ごめんね、りっくん。さっきのこと……」


「お、オレも、謝りたくて……なんて謝れば良いのか分かんねーけど、ごめん」


「ううん。悪いのはわたしだから」


 さりゅは俯いた顔をゆっくり上げる。


 陸太も真っ直ぐに、さりゅを見た。


「話があるんだ」


「話?」


「うん」


「何の話?」


 陸太の顔が益々赤く腫れ上がったのでさりゅは驚いた。炎症しているのではないだろうか。


 わたし、そんなに強く殴っちゃった?


 紙袋って、意外に凶器?


「りっくん、大丈夫?」


 さりゅが頬に触れようとすると、陸太は飛び上がって後ずさった。


「だっ、大丈夫!」


「りっくん?」


「俺は大丈夫っ! そ、それより明日、時間ある? ほ、放課後っ! 顔、貸してくれないかっ?」


「う、うん……良いけど……」


「場所は、あとで連絡するっ! 絶対、絶対、来いよなっ! 来なかったら、ぶっ飛ばす!」


「ひっ……!」


 さりゅの顔からさっと血の気が引く。反対に、陸太は血が上って真っ赤だ。


「な、殴らないで……!」


 ばかやろうっ! と鼻息荒く陸太は怒鳴った。


「殴らねーよ! 殴らないに決まってるだろ! とにかく、オレからのメッセージを待て!」


「うぅ……分かりました……」


 うなだれるさりゅと正反対に、陸太はよっしゃぁあ! とガッツポーズをする。


「じゃあ、明日な! 覚悟、決めとけよっ!」


 ビシッと、さりゅを指差して陸太は踵を返す。


 スキップに揺れる背中を見つめながら、さりゅは両膝がガクガクと震えるのを止められなかった。


「どうしよう……」


 両頬に手をあて、再びしゃがみ込む。


 そして、震える声でつぶやいた。


「りっくん、めちゃくちゃ怒ってる……」

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