SCENE:6‐4 16時32分 海砦レムレス 管理区 曼荼羅ガレージ

 内部を伺う絶好のチャンスだった。


「曼荼羅ガレージ」を追い出されたリリーは、海岸とは反対方向へ歩き出した。

 急な坂の頂上には、他の建物とは一線を画する高層ビルが建っている。

 おそらく、あれがレムレス全域を覆い尽くす管理システム。衛星からの監視を阻む、妨害電波の発信機もありそうだ。


 リリーは洋服の下に隠されたヒップホルスターから二丁の大型拳銃を抜く。

 上空を飛び交っている鳥型ロボットが気になるところだが、鉛玉を一つでも撃ち込むことが出来れば、レムレスの防壁にダメージを与えることができるだろう。


 カチッ。


 金属音が聞こえ、リリーは反射的に音のする方へ銃口を向ける。近い過去に、耳にした覚えのある音だった。しかし、上手く思い出せない。

 銃口の先には、草むらがあるばかりだ。


 カチッ。


 別の方向から、同じ音がする。どうやら牽制けんせいしているらしい。


 二度目の威嚇音でようやく音の正体を思い出した。


 リリーは、きらきらするグロスリップを一舐めして、口を開いた。


「グッド・ルッキング・ガイは大好物……でも、今はデートする気分ではありまセン」


「そりゃぁ、残念だなぁ」


 はははっ、と乾いた笑い声とともに物陰から現れたのは渚だった。

 腰に下げた軍刀のつばを親指で弾くと、カチッと金属的な音が響く。


 リリーは何食わぬ顔で銃を構え、渚のジーンズめがけて発砲する。


 と同時に、細い太刀が火花を散らして弾丸を切り裂いた。


 金と金がぶつかり合う、耳のつんざく音がする。


 銃の衝撃に少しだけ後退したが、渚は余裕の表情だ。特殊金属で出来ているのか、構えた軍刀は傷一つついていない。


「俺は、女の子を傷つけない……」


 片手でサングラスを外して、胸元のシャツにかける。茶色の瞳が、鋭くリリーをにらみつけた。


「……しかし、家族に手を出すんなら、話は別だ」


 きらびやかな装飾が施されたリボルバーを構え直し、リリーはひゅうっと口笛を吹く。


「その攻撃力、その信義心………我が軍にスカウトしたいくらいデス」


「遠慮しておくよ。野郎だらけの職場にゃ興味がないんでね」


「スナーク隊は女性比率が高いのデスヨ。彼女たちに手取り足取り剣術を教えていただきたいデス」


「うっ……心を揺さぶってきたか。負けないぞ、俺は」


 話をしながら、リリーは意識を上空に向けていた。


 二人を取り囲むように浮遊している球体が気になった。


 レムレスにやってきたときは、監視システムの一部だと思っていたこの球たちに不穏な動きを感じる。

 訪問者識別機能以外に、危険なオプションが付属されているかも知れない。


 謎の球体にくわえ、渚に威嚇されている今、強行突破きょうこうとっぱは無理がある。


 リリーは銃をホルスターに戻した。


 渚も軍刀を鞘にしまう。


「リリーちゃん、君の目的は何なんだ?」


 サングラスの向こう側で、黄色に変わった瞳がリリーを見据える。少しばかり困惑しているようだ。


 吟味するように、ゆっくりと渚は言葉を発する。


「いや……、君の目的が何であろうと、俺たちには関係のないことだ。俺もネムルも争いは望んでいない。レムレスに厄介ごとを持ってこなければ、戦う必要はない」


 厄介ごと……軍に関わっておきながら、あたかも自分たちが被害者であるかのような口ぶりだ。


 平和の国で育った人間は、奪われることを知らない。


 輝かしいものは正当な権利の元、守られて然るべきだという考えが根付いている。


「ナギサ、アナタの言い分は、全面降伏ぜんめんこうふくを意味しています」


「……どういうことだ?」


「争いは望んでいない、という個人意思は関係ありません。望もうと望むまいと定められた人間の元へやってくる……争いとはそういうものです。そして争いの前には、奪うものと奪われるものが存在するだけ」


 中断された戦闘の残滓ざんしを振り払うように長い髪を掻きあげて、リリーは目を細めた。


「奪われたくなかったら、戦いの準備をしておくことです。見たところ、レムレス軍の兵士は、アナタだけのようですから」


「それは、スナーク隊の宣戦布告ってことかな?」


「敵は、ワタシたちだけではないはずです……いつか、思いも寄らない相手と、戦うことになるかも知れませんよ」


 シー・ユー・アゲイン!  リリーは渚に向け、投げキッスを放る。


 すると、手で受け取ってぱくっと食べる動作を返された。


 レムレスの人間は、面白い人たちばかりね。リリーはくすくす笑う。


 跳躍するように軽い足取りで、坂道を下っていく。



 

 船着場には、チャーターしたアクアバギーが停車している。

 身軽に飛び乗ってアクセルを踏み込むと、巨大な要塞がみるみる背後へ小さくなる。


 片手でハンドルを操作しながら、リリーは衛星電話をかける。


 しばらくして、応答があった。


「ご機嫌よう~、リリーちゃんんん~!」


 地球のほぼ真裏にいる男の声は、電波に乗っても若々しい。その声に混じって、異国語の賑やかな声が聞こえてくる。


 市場にでもいるのだろうか。


「そろそろMARK-Sが動くハズ。混乱に乗じて、接触しようと思いマス」


 簡単にこれまでの状況を説明した後で、リリーは言った。


 ええ~、と受話器先から驚きの声が聞こえてくる。止めた方が良いよぉ~、と男がやわらかな声で言う。


「嫌デス!」


 リリーは男の制止を切って捨てる。


「〝慈悲深き機械〟の存在をつきとめる。それがワタシとアナタの、共通目的だったハズ」


「それは、そうだけどぉ~」


 危ないよぉ~、止めときなよぉ~、と語尾を伸ばして、男はなおも止めにかかる。


「嫌デス!」


 リリーは再び制止の声を切って捨てる。


 水しぶきを上げて、バイクは走り続ける。


 吹きすさぶ風が髪を掻きあげ、リリーは胸元に隠していた一冊のノートの存在を、報告していないことに気づいた。


 チームを組んでいるのだから、情報を共有した方がいいだろう。


 相手のことを、完全に信用しているわけではないが。


「〝慈悲深き機械の考察について〟のノートを入手しまシタ」


「それは、どっちの?」


 途端、相手の声の調子が変わる。


 話に食いついてきた。


「フック・タイガー……パパのノートです。もう一冊も、絶対に手に入れてみせマス」


 にっこり微笑んだリリーの上機嫌は、衛星回路を通じて、相手にも伝わったらしい。


「止めなくていいよ」と男は言った。

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