SCENE:5‐5 15時30分 汐生町 港
ちょっと待ってろ、とネムルに言いおいて、渚はアクアバギーに飛び乗った。片膝にユークを乗せるとエンジンをかける。片手ハンドルのまま、器用にバランスを取りながらゆっくりと海砦へ進んでいく。
「本当なら、この膝の上に水着美女が乗ってるはずなんだけどなぁ」とため息を吐く渚に、
「真面目に運転しなさい」
刃物のような鋭い声が突き刺さる。
「私を海に落としたら死刑。夏らしく呪い殺すわよ」
「怖いこと言うなよ。そんなところで夏を感じたくないっつーの」
「仕方ないわね。それなら普通の死刑にしてあげる」
「普通の死刑ってなんだよ。なんで譲歩した感じになってるんだ」
そんな二人のやり取りも、海の彼方に消え失せる。
姿が見えなくなるのを待って、海斗はゆっくりと桟橋へ向かう。
アクアバギーのもう一人の運転手・陸太には、海砦へ連れて行ってもらうのを待ってもらうことにした。陸太は桟橋から少し離れた防波堤の周りをぐるぐる回りながら、魚たちを蹴散らしている。
桟橋の突き当たりにはネムルがいる。小さな体を丸めて、渚の往復便が戻るのを待っている。海斗がやってきたのを見て、座る位置をずらしてくれた。
二人並んでいると、若々しい外見の楠木博士は同級生の少女のようだ。緑色の目をこすって、アクアバギーが描く軌跡をぼんやりと見つめている。否、呆けているように見えて、深い考え事をしているのかもしれない。
楠木博士は、頭脳明晰な海斗でも見抜けない、底知れない器を抱えている。彼女の過去について、海斗の知るところではないが、相当な辛苦を重ねてきたのではないかと感じられる。外見と内面が噛み合わない、不思議な人だ。
声をかけて良いものか迷ったが、場所を空けてくれたということは、
海斗は口を開いた。
「ネムルさん」
うん、とネムルは言った。
大きな目で、海斗を見上げて、
「何かね」
「僕は、自分のことしか考えていなかったと思います。渚さんの言う通り」
あれからずっと考えていた。海沿いのカフェで話したことを。
「ユークを助けたい」と言った自分を否定された。自分のことしか考えてないと言われたその意味を、海斗はずっと考えていた。そして、気づいた。
「僕はユークの故障を修理する手伝いをしたかった。でも、それはユークのためじゃない。僕のためだった。自分では気づいていなかったけれど、僕はユークに、陸太のデートプランをめちゃくちゃに壊して欲しかったんだ」
海斗は、わずかに声を小さくして言った。
「陸太と同じくらい、ユークも恋愛音痴だと思います。彼女は物事を理屈で考えすぎるし、経験も少ない」
「君は人間をよく見ているね」
くすくすとネムルは笑う。
「君は陸太のことが好きなのかな? それともさりゅのことが好きなの?」
「どちらもです」
海斗も目を細めて微笑む。
「もちろん、ユークのことも好きです。僕は、みんなでいるこの時間が好きなんだ。今まで感じたことのないほど、楽しくて、美しい日々。誰かが大人になってしまったら、僕はこの恋を失ってしまう」
海斗は海の上を駆け回る、双子の兄弟を見つめる。真っ赤なアクアバギーはきらきらした水面を切り裂くように駆け抜ける。楽しいと思う時間は、全速力のアクアバギーより早く過ぎ去る。
ネムルも海斗の視線にならう。はしゃぐ陸太の背後には海砦レムレスがそびえている。
子供時代の淡い夢。
過ぎ去りし思い出の日々。
君の恋は、永遠の片思いだね、とネムルは言った。
「君たちは、成長し続ける。刻一刻と美しい過程を描いてね。いつか、すべてが変わり、すべてが終わる時が来る。終わりがあるからこそ、四人でいる極上の一瞬を、愛おしく思えるんじゃないかな」
「ネムルさん……」
「誰かの成長を、祝福してあげるようになれるといいね」
海斗! と遠くから呼ぶ声が聞こえる。陸太が大きく手を振っている。
挨拶ではなく合図のようだ。
見てろよ、と言うようにアクアバギーを旋回させると、真っ平らな海の上を高速で走り出した。ハンドルを背後に引っ張って、ウィリー走行を行う。
いつもなら横転するはずが、今日は珍しく成功した。激しい水しぶきをあげて目の前を横切る。高い歓声が、
使い切っている、と海斗は思った。陸太は逃げ水のような時間を一秒も無駄にすることなく使い切っている。
馬鹿だから、先の未来に思いを馳せない。逃げゆく過去を追いはしない。
ただ真っ直ぐに、アクアバギーが駆けてゆく。
きらきら光る水面がまぶしい。
兄弟の描いた
「陸太はすごいな」
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