SCENE:6‐1 16時22分 海砦レムレス 管理区 曼荼羅ガレージ

「曼荼羅ガレージ」の玄関扉を開けてすぐ、うわっ、とネムルは悲鳴をあげた。


リリー・タイガーが長い足を組んで、一同の帰りを待っていたからだ。


 にっこり微笑み、「ハーイ」と手を振る。


 海砦レムレスの留守番システムが解除されていたので、嫌な予感はしていたが、まんまと的中するとは……。


 我が家のようにくつろいだリリーに手を振られると、驚きを通り越して呆れてしまう。

リリーの隣では、さりゅが両手を合わせて拝み倒している。


〝ネムルちゃん、ごめん。本当にごめん!〟………苦痛に耐えるような表情の上には、毛筆で書かれたような謝罪の言葉が浮かんでいる。


 うずくこめかみを抑えながら、ネムルはリビングの小階段を登り、回転椅子に座った。


 目の前には、巨大なコンピューターが薄灰色の眠りに落ちている。


 海斗からノートパソコンを受け取り、電源ボタンを押す。


 うんともすんとも言わない。


 南雲博士に破壊されたパソコンが再起不能なことを確かめ、ネムルは言った。


「リリー、残念なことに、君のパソコンはご臨終りんじゅうだ」


「オー・マイ・ゴッド!」


ネムルの隣に身をかがめて、リリーもパソコンを覗き込む。長い爪で電源ボタンを連打するが、結果はネムルが試みた通りだ。


「オゥ……、完全にデッドしてマスネ」


「全力を尽くしたがダメだった。すまない」


「ドント・マイン! ワタシはアナタの奮闘をたたえマス!」


「ありがとう! 君の前向きな言葉にはいつも励まされるな!」


「胸を張って下サイ! ネムルは、我が軍が認める最高のメカニックデス!」


「その言葉を糧に精進しょうじんするよ、リリー・タイガー!」


二人は固い握手をがっちり交わし、穏やかに微笑み合う。


 まるで平和条約を結んだ首脳同士の記念撮影のようだ。


 しかし、手が離れるや否や、ネムルはノートパソコンを素早くリリーに突き返した。


「ワッツ!?」


目を白黒させているリリーを、出口へぐいぐい押してゆくネムル。両腕をばたつかせるリリーの、床をるピン・ヒールがキキキキキーっと嫌な音を立てる。


 ネムルも負けてはいない。


「これで契約終了だ! さっさと出ていきたまえ!」


「オー、ノー! ワタシたちは、互いの健闘を認め合った仲間ではないのデスカ?」


「仲間? 馬鹿なことを言うな! ボクたちは一介のビジネスパートナーに過ぎない!」


歯がみしながら扉のつがいを掴んで踏ん張っていたリリーは、ネムルの最後の一押しで、「曼荼羅ガレージ」から追い出された。


 ネムルはすぐさま扉を閉め、頑丈な錠を掛ける。セキュリティーレベルを最高値にセットし、一息つく。


 まったく、とんでもない依頼人だった。


 人工知能にリリーの顔を覚えさせ、攻撃対象に加えておこう、とネムルは思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る