SCENE:5‐1 13時07分 汐生町 繁華街
「なるほど……ユークの故障を治すために、お二人は、ここで情報収集をしていたわけですね」
ネムルの説明を聞いて、納得のいったように海斗は頷く。
頭の回転が早い海斗にごまかしは効かないと判断したネムルは、つまびらかに真実を話した。
ユークは脳以外の肉体を失っており機械の身体で生活していること、故障の危険があるため修理方法を探しているということ……もちろん、〈MARK-S〉との繋がりがあることや、彼女の生まれた経緯などは伏せてある。
「ユークを失いたくない」
両手でミルクティーのカップについた水滴を愛おしそうに撫でながら、海斗はつぶやいた。
「僕に出来ることはありませんか?」
「ないな」ネムルより早く返事をしたのは渚だ。
サングラスを胸ポケットへしまうと、茶色の瞳で睨むように海斗を見据える。
「俺たちとつるめば、ユークとさりゅが不審がる。あいつらを不安にさせたくない。お前には、いつもどおりに振る舞っていてほしい」
「それは出来ます。本心を隠すことには慣れていますから。でも僕は、もっと別のことで役に立ちたい」
「見かけによらず頑固だな。でも、余計な手出しはすんな。大人しく俺たちに任せとけ」
「渚さん、僕はこれまでに様々な人と付き合いました。相手がどういったタイプの人間なのか見抜くことができるし、交渉役も得意です。どうか、僕にも手伝わせてください」
渚は小さく溜息を吐く。
「それなら、なおさら手伝わせるわけにいかない」
「何故ですか?」
「自分のことしか考えられないやつに、仕事を振ると危険だからだ」
「……」
黙り込んでしまった海斗を見て、渚は頭を掻く。
二人のやりとりを聞きながら、ネムルはパソコンに目をやる。
“慈悲深き機械”について何も知らないと、返答してから十分以上が経過している。その間、南雲からの返信はなかった。I字型のカーソルも同じ場所で点滅したまま、動く気配がない。
相手は何を考えているのか。
そう思った矢先、突然、文字が打たれ始めた。
海斗に感づかれないように、ネムルはこっそりと返信を目で追う。
――承知しました。
――“慈悲深き機械”について、楠木ネムルは何も知らないということを私は知りました。
――返礼に、フィジカル・ヴィークルをご提供いたします。
――どうぞ、お受け取りください。
ネムルは息を飲む。どうぞ、お受け取りください。その一文が表示された瞬間、ディスプレイは真っ暗闇の中に沈没した。
システムの中核を破壊されたらしい。
リリー・タイガーのパソコンはその後、何回電源ボタンを押しても起動することはなかった。
抜けるほど青い空の下で、爆発音が鳴り止まない。
浅黒い足をぶらぶらさせながら、陸太は未だスマートフォンの画面に見入っている。
「愚か者」
「ん? なんか言ったか?」
「愚か者と言ったのよ」
「なんでオレが愚か者なんだよ。見ろよ、このトラックが爆発してる動画、大迫力だぜ」
強引にスマートフォンを見せつけてくる陸太を
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「貴方、さりゅに告白する気あるの?」
「も、もちろん! あるに決まってる!」
思い出したように陸太は携帯電話をポケットにしまう。鼻息荒くユークを見つめ、早口にまくしたてた。
「そんで、次は何をすればいい?」
「映画を観たあと、何をする予定でいたの?」
「……る予定」
「え? なに?」
「だから、その……。ちゅー……する予定」
もじもじしながら答える陸太に空いた口が塞がらない。陸太は顔を真赤にして、自分の発言に照れている。
ユークは深い溜め息を吐く。そして、片手で金髪の後頭部を叩いた。
「何考えているのよ! このエロチワワ!」
「きゃんっ!」と小動物的な悲鳴を上げて縮こまる陸太。涙のにじむ大きな目でユークを見上げながら、
「オレ、分かんねぇんだよ。デートがどういうものなのか、ぜんぜん分かんねぇ」
「少なくとも、エイリアンVSアドベントヒーローズVSトランスフォーメーションVSポセイドンを観た後にちゅーすることじゃないわ。それは絶対に違う」
「違うのか……。徹夜して考えたプランなのに、違うのか……」
陸太はがっくりと頭を垂れると、たたでさえ低い座高をますます低くさせた。
一晩中、こいつは映画とちゅーのことを考えていたのかと思うと力の抜ける思いがしたが、ユークは何とか持ちこたえる。
友達として、ここは励ますべきなのか、厳しい
ところが、口を開いたとき、ユーク自身、思いもよらない質問を投げかけていた。
「人を好きになるって、どんな気持ち?」
「えっ?」
「デートプランはグダグダでも、さりゅを好きな気持ちはホンモノでしょう? どんな気持ちか教えてよ」
恋するコード、とユークは思う。
人間に限りなく似せて作られたこの身体には、恋するコードが備わっている。恋をすると反応する。
そのとき、私はどんな気持ちになるのだろう。普段の気持ちと見分けがつくものなのだろうか。
傍から見ると、恋するコードが反応している金原陸太の言動はかなり滑稽だ。百戦錬磨の狂犬チワワを涙もろくさせて狼狽えさせる、「恋」とはそもそもどんなものなのだろう。
何気なく尋ねた質問の答えに仮説を立てようと試みるが、モヤモヤとした霧がわずかに揺らぐばかりでそれらしき答えは見つからない。
言葉で定義できないものを感じ、ユークは苛々した。
彼女の内心を知る由もなく、陸太は腕を組んだまま、空を見上げる。
眉間にシワを寄せ、つるつるに近い脳みそにシワを刻もうとしているらしい。
しばらく考えてから、
「よく分かんねーけど」と前置きして陸太は言った。
「さりゅが笑うと、テンション上がるの。たくさんの良いことがこれから起こりそうな気がして、ドキドキしてくるの。だから、色んな場所に行って、色んなことをして、たくさん笑った顔を見て、オレもテンション上げたいわけ。さらに、オレのことで笑ってくれたら、オレもすげー笑うと思う。そのために、出来ることがあったらガンガンやっていきたい」
「……つまり、どんな気持ちなの?」
「笑っちゃいたくなる気持ち。あと、テンション上がる」
「はあ……」
陸太に聞いたのが間違いだった。頭の霧は晴れるどころか、
陸太には恋するコードではなく、理路整然と考えられる思考回路を授けて欲しかったわ、神さま……。
がっくりうなだれるユークの隣で頭をかいていた陸太は、閃いたように携帯電話を空に向けた。
カシャっと作り物のカメラの音が響く。
「例えばだけど」
浅黒い手が支えている携帯画面に、撮影した空が写し出される。肉眼で見るよりもぼやけていて薄暗い。
「これが、恋する前」
陸太は慣れた手つきで携帯電話を操作する。ややあって、再び見せられた画面には白飛びするほど明度の高い空が映し出されている。
紺色の空は見事なスカイブルー。灰色の影を孕んでいた雲は、一点の汚れもない白。
キラキラしていて、底抜けに明るい非現実の色。
「これが、恋してるとき」
「……デジタル世代らしい例えね」
「ちょっとくらい、分かった?」
「ええ、なんとなく。言いたいことくらいはね」
へへへっ、と陸太は得意げに笑い、携帯電話をポケットにしまう。
それから、わっ! と悲鳴を上げた。
突然、ユークがもたれかかってきたのだ。
抱き合うような形で受け止めたため、陸太は一瞬照れてしまったが、彼女の顔を見てすぐに緊急事態だと察した。
ユークは目を見開いたまま、ピクリとも動かなくなっていた。
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