SCENE:2‐6 17時49分 部屋 

「ちょっと豪、独り占めしないで! 私にも見せなさいよ!」


「や、やめろよっ。今、良いところなんだよ……。あと少しで音声も拾えそうなんだ……ふふふっ」


「それなら、なおさら貸して。盗聴してるあんたって、目も当てられないほど気持ち悪いのよ」


「ちょっ、フランボワーズ! 僕の望遠鏡だぞ! 勝手に触ったら壊れるからっ! う、うわっ……! や、やめろってばぁ!」


 嫌がる南雲を押しのけ、彼女――フランボワーズは望遠鏡ののぞき穴に顔を近づける。


 何百倍にも拡大されたレンズの先には女性が見える。美しい顔をリスのように膨らませ、卵焼きを食べている。

 ビル風が強いのか、青い髪がリボンのように広がって彼女の白衣を覆うように取り巻いている。


 その隣には、背の高い赤髪の男。彼が動くたび、首や指についた銀色のアクセサリーが光の反射で鋭く光る。

 コートが風を受けてひるがえると、太いベルトにくくりつけられた軍刀が見えた。


「楠木ネムルとその友達……相変わらず、仲良しね」


 やがて一台の軍事ヘリが二人の元へやってきた。ヘリの中からリリー・タイガーが降り立って、ネムルに熱烈なハグをする。


「僕の言ったとおりだろう?」


 南雲の声は得意げだ。


 パソコンを壊されたリリー・タイガーは、楠木ネムルに助けを求めると予測したのは南雲だった。

 海砦レムレスを監視すること数日、どんな電気器具も使い物にならなくなってしまう妨害電波やステルス電波が解除され、砦全体が筒抜けになった。


 これはまたとないチャンスだ。


 すぐさま情報収集用のドローンを飛ばし、砦内部の構造や設備を盗めるだけ盗むことにした。

 海軍が海砦に接近した今、こちらも遅れを取るわけにはいかない。


 収集した音声データがパソコンへ転送されてくる。


 ――我々は神ではない。死よりもむごい苦痛を与え、アナタを戦いへと駆り立てることだってできる。


 リリー・タイガーの冷酷な声が部屋に響き、フランボワーズは背筋の凍る思いがした。


「あの女、どっちが本性なのか分からないわ……」


「どちらともが本性なのかも知れないよ。ともかく、楠木ネムルは軍に加担していないのか。これは特ダネだな」


「あっ、リリー・タイガーがアタッシュケースを渡したわよ。あの中にパソコンが入っているのね」


 ――ワタシは当分、汐生町に滞在しておりますノデ、犯人が分かったら教えてくだサイ!


 ネムルに荷物を預けると、リリー・タイガーは悲しげな顔で肩をすくめる。


 ――やれやれ。世の中にはいたずらに人を攻撃する、テロリストが絶えまセンネ。ラブ・アンド・ピースを信奉しんぽうしているワタシには、とても悲しい出来事デシタ。


「ふん、何がラブ・アンド・ピースよ。先に喧嘩を売っておいて白々しいわね」


 ぷりぷり怒るフランボワーズの傍らで、南雲は考え込む。


 今のセリフに引っかかる部分がある。


 リリー・タイガーが知る事実と矛盾していることがあるのだ。


「どうしてリリー・タイガーは、“犯人を探してください”なんて言ったんだろう?」


「どういうこと?」


「先に攻撃を仕掛けたのはリリーだろう? パソコンの故障が、僕たちの報復攻撃だと気づかないはずがない。だから犯人を探す必要なんてないんだ」


「……それもそうね。おかしいわ」


 考え込むフランボワーズの隙をついて、南雲は望遠鏡を覗く。


 ちょうどリリー・タイガーはヘリコプターに乗り込むところだった。

 手にした電子パットを操作し、音声収集ドローンを方向転換させる。


 見事、スナーク隊のヘリにドローンを紛れ込ませることができた。


 収集域を最大限まで広め、南雲は耳をそばだてた。


 ――ああ、ネムルはとっても可愛いデス。ベッドの傍に置いて、毎晩抱っこして眠りたいくらいデス。


 うっとりしたリリー・タイガーの独り言に、お付きの軍人が笑い声を立てる。

 そのまま彼らは楠木ネムルと海砦レムレスについてつまらない雑談を続けていたが、会話の終わりかけに、誰に聞かせるともなくつぶやいた。


 ――ネムル、“慈悲深き機械”とは何デスカ?


 南雲はごくりと唾を飲んだ。


 “慈悲深き機械”……!


 どうしてリリー・タイガーが、そのことを知っているんだ?


「これは、まずいことになるかもしれない……」


 震える声で呟きながら、南雲は盗聴器から目をそらすことができなかった。


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