第7話 「カードゲーム狂騒曲」

 始めるドキドキ、楽しむワクワク



 ケアトル、ウィザード社はきたる九月二十八日、全く新しいゲームを発売します。

その名も「ワンダーワールド」!

このゲームはカードゲームの一種であり、集めたカードを使って、山札(以降、デッキと呼びます)六十枚を作り、相手と戦うマインドゲームです。

強いカードばかりで勝てるわけではありません。様々なカードの組み合わせによって、強力なコンボを作り、戦略で勝つことも可能です。

誰でも遊べて、誰もが楽しめるゲーム、それが「ワンダーワールド」!

今回発売されるのは、中身の分からないスターターセット(十六クレジット)と拡張用のブースターパック(一・六五クレジット)の二つです。今後も商品のラインナップを続々増やしていく予定です。

今後の情報をお楽しみに!






 そんなPRで始まったコレクタブルカードゲーム(カワグチの故郷ではトレーディングカードゲームというそうだが)はその後、発売から三か月間、全く売れなかった。

「そんなものオタクがやるものだ」

「お金の無駄遣いだ」

「野球カードを集めた方がいい」

という声が広がった。

 ところが、あるきっかけで大人気を得ることとなる。

 ある芸能人が公園のチェス盤のテーブルで、このゲームを知人と行っていたことがきっかけだった。その様子をニコ達のライバルラジオ局の取材が取り上げたのだ。

 翌日の新聞の芸能欄はこの話題で占められていた。

「大人を魅了するカードゲーム!その正体に迫る!」

「トランプとは違う、自分で集めたカードで遊ぶ対戦型カードゲーム?」

「ウィザード社、各地の問屋から注文が殺到」

 このニュースがきっかけで、子供から大人まで「ワンダーワールド」に飛びついた。

 気がつけば、一大ブームとなり、第二、第三の拡張パック、スターターセットが発売されていた。今やすっかり、「ワンダーワールド」旋風が飛び交っていた…




「みんな、やり過ぎなんじゃないか。」

 そう言うニコはラジオ番組のトーク中に苦言を呈した。

「みんながやっているから、自分もやる。そんなのブームでも何でもない。」

「そう言わない。このゲーム、やってみると楽しいよ。」

 ラジオなので見えないが、ニコとトムの放送室には、テーブルの上に「ワンダーワールド」のカードが散らばっている。

「ワンダーワールドねえ…。」

 ニコがその中でレアカードの「カレイアのドラゴン」を取った。

「こんなカードをみんな必死で集めるなんて、どうかしている。これって特殊な構造が施された紙だろう。何でこんなものに価値を見出すんだ。」

「みんな楽しいから集めているんだよ。私も楽しみなんだ。」

「確か、このカードゲームが発売された日から、ずっとやり続けているんだよな。」

「そう!今や、七百種類あるカード全てを四枚ずつ持っている!」

 はあ、とニコはため息をつき、

「この手のモノには『大バカ理論』というのが付き物でね…。」

 ニコは続ける。

「つまり、ある一定の期間、人気のある商品はブームが過ぎれば、急に人気が落ちて、価値を失い、企業が大量の在庫を抱えるということ。」

「まさか。これだけの人気ゲームが。そんなわけない。ウィザード社は海外展開も視野に入れているとか。」

「ともかく私は買わない。こんなものにお金を費やすなんて、時間の無駄だ。」





 ニコの懸念をよそに、人々のカードゲームの熱狂はますます燃え上がった。

 オークションでは、レアカードが高値で落札されたり、大人も朝からゲームショップに並んで新商品の購入に精を出したり、自分の財産のほとんどをつぎ込んで、手に入れようとする人も現れた。気がつけば、国民の四人に一人が遊んでいる状態になっていた。

 そんな四人に三人の中に含まれる、「ワンダーワールド」をやらないというニコはこの状況を危険視していた。




「行き過ぎだよ!行き過ぎ!」

 ニコは番組の中でそう叫んだ。

「もうバブル崩壊寸前だ。これ以上は危険すぎる。」

「何を言っているんだ?ニコ?ますます人気が出る状態じゃないか。」

 トムはカードのコレクションファイルを広げて、

「これだけの楽しみは他にない。私たちはいい時代に生まれた。」

 ニコは呆れた表情で、

「トム、まるで麻薬中毒みたいな表情だぞ。そんなファイルを購入する時点で行き過ぎている。いい加減、このゲームから退場する時間だ。」

「退場なんてとんでもない!」

 トムは驚いた様子で、声を上げた。

「これから夏のスペシャルパックが発売されるんだ。エキスパートセットも楽しみだよ。このゲームは世界中に広がり、ますます人気になっていく。」

 はあ、とため息を漏らしたニコは、

「警告はした。それでもやり続けるのなら、その代償を払うといい。」

 結局、ニコの言葉を真剣に聞く人はいなかった。






 そして事態はニコの予想通り、悪くなり始めた。

 徹夜で並んで手に入れたカードをひったくられるという事件が多発した。

 学校では、このカードを賭け事に使う子供も増え、カードの買いすぎで全財産を失うという人も現れ始めた。

 一番の問題は転売だった。大量に買い占めたパックを高値で売り飛ばして利益を得るのだ。とうとうこのやり口をマフィア組織がやるようになり、司法が動き出す事態となった。

 こんなことなら「ワンダーワールド」なんてない方がよかった。もっと別のことにお金を使えばよかった、そういう声が出始めていた。




「いやな世の中になったもんだ。」

ニコとトムはこの日は休み。公園のベンチに来ていた。もう今では、「ワンダーワールド」をやる人々はいない。最盛期には、この公園のテーブルで多くの人がチェスの代わりに「ワンダーワールド」をやっていたが、今ではやる人はゼロだ。

カードゲームが金もうけの道具になってしまい、ついていけないという人が増えたためだ。現在では、司法が販売元のウィザード社に対し、厳重注意をするようになったという。

「悪かったよ。」

 憔悴したトムは、昨日、カードのコレクションを全て売り払っていた。

「自分がバカだったことは認める。でも、仕方なかったんだ。」

 天を見上げて、ニコは言う。

「無知は罪なり。その言葉がこれほど似合う事態はないな。」

 ニコは容赦なく告げる。

「ブームに踊らされるのは結局人間の性だが、その後が問題だ。自分を追い詰めるほど、やりこみ過ぎてはいけない。同じ事態は今後も起きるだろう。人間が収集に生きがいを見出す限りはな。」

 ふと遠くを見つめると、公園の近くのゲームショップで窓に貼られた「ワンダーワールド、好評発売中!」というポスターが剝がされているところだった。あの店も「ワンダーワールド」の取り扱いをやめるのだ。

「いい勉強にはなっただろう?」

 トムはうなずく。

 ニコは杖をついて立ち上がり、

「昼ごはん、食べに行こう。おごるよ。」と言った。

 トムはゆっくり立ち上がり、ニコとともに、公園のわきに止めたエクスカリバーへ向かった。


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