第4話 「クリスマスの輝き」
私の名はトム。介護士兼ラジオタレントだ。色々とあってニコ(ニコラス)という人物とともに生活しているが、果たしてニコが満足してくれているのかはわからない。今回紹介する話は、私もニコもかなりこたえた話だ。
この日、私たちは病院へ慰問に来ていた。それもただの病人を見舞うわけではない。癌などの病気が、もはや、ターミナルケアしか残されていない人を見舞うのだ。そうした人たちの唯一の娯楽がラジオ放送であり、私とニコのラジオ番組が今回選ばれて、慰問を行うことになったのだ。
特に今回対象となったのは、小児病棟である。この手の病棟は毎日が戦場だ。抵抗力の低い子供に治療のためとはいえ、抗がん剤が投与される。無論、髪の毛は抜けるし、呼吸もままならないほど苦しい苦痛に苛まれる。子供たちは病とともに、明日、自分が死ぬのではないかという恐怖とも戦い、医師や看護師たちは幼い子供が残酷な死を迎えることに耐えねばならないのだ。
私は一応病院で働いてきたことで、死に対して、免疫がついていることから選ばれたらしい。ニコは本物の死線をくぐり抜けて、両足を失うというハンディを受けたことから、話し相手には最適だということだった。今日明日を知らぬ命の子供たちに、せめてもの楽しみをというのが、今回の慰問を計画した院長の考えらしい。
断る理由など私もニコも、お互いになかった。死をくぐり抜けた人物とパートナーである私の訪問は子供たちに何かプラスになるはずだ。
「本日はお越しいただきありがとうございます。」
はっきりしたきれいな発音で慰問を行う病院の院長は、私たちを病院で迎えた。
「私たちにできることであればなんでも行います。」
珍しくニコが丁寧に言う。場所が場所だけに、普段のべらんめえ口調が少し入る言い方は控えているのだろう。
「まあそんなにしゃっちほこばらずに。ここの子供たちはみんな元気ですよ。」
案内された病棟は子供たちが作ったイラストや、もうじきクリスマスであることから、クリスマスツリーが飾られていた。病棟全体がクリスマスムードで子供たちも元気そうだ。まず、最初に尋ねたのは六人の子供が入る病棟だ。私たちのことはすでに子供たちに伝えられており、私たちは大歓迎を受けてしまった。
「わあ!ニコさんにトムさんだ!」
「初めまして!ニコさん!トムさん!」
「はい、こんにちは。」ニコが笑顔で挨拶する。
子供たちの質問に答えていくうちに私はこんなことを言ってしまった。
「みんなはラジオタレントになりたいのか。」
「なる!絶対になります!」
「よーし。頑張れ。その頃にはみんな元気になって、病院にも通わずに済むぞ。」
一瞬、きょとんとした子供たちだが、
「はい!元気になります!」
「絶対になります!」
「そうだ!絶対になれる!必ず!」
別の病棟への移動中、ニコは、
「あんな子供たちまで、将来は絶望しかないと思っているんだな…。」
と言い、
「あの子たちは必ず元気になるさ。そして私たちのような職業に就く大人になる。」
私はそう言うしかなかった。
次に私たちが訪れたのは、個人病棟だった。ここではより深刻な患者への処置が行われる。相部屋とは比較にならないほど静かだ。移動中に公衆電話と自動販売機のあるコーナーで、椅子に座りながら、ラジオを聴いている子がいた。一目で小児がん患者だとわかった。髪の毛は一本もなく、肌は青白い。
私たちに気づいたらしく顔を上げた。
「こんにちは。」
「やあ、こんにちは。私たちは…。」
「言わなくてもわかるよ。ニコさんにトムさんでしょ。知ってるよ。」
「それはうれしいな。ええと、君は?」
「ウィルだよ。この病院では一番先が知れてる子だよ。たぶんクリスマスに僕は死ぬ。」
いきなり物騒な話をさせられて、私たちは驚いた。
「そんな風に自分をあきらめるなよ。まだこれからじゃないか。」
ニコが言う。だが、私はこの子の自分への見立ては合っているのだろうと感じていた。
この子からは、病院に努めたことのある人間にしか分からない死の気配がある。不思議なことに、死を迎える人間というのは相応の気配を醸し出しているのだ。このウィルという少年からはその気配がある。
ニコは続ける。
「あきらめなければ、いつか夢は叶う。私たちはそのことを教えるためにここにきているんだよ。」
ウィルは何事か考えていたようだが、
「僕にもやりたいことがあるよ。」
「おおっ。何だい?」
「今度のクリスマス。久しぶりに遊びたい。」
ウィルは説明した。この病院に入院してから一歩も外に出ていないこと。今度のクリスマスが自分にとって最後の楽しみになるから、外出がしたいこと。ただし、担当医からそれを反対されていること…。ずっと外に出ていないウィルにとってはこのクリスマスがチャンスだった。
「わかった。何とかしてみよう。」
「本当に?」
「ああ。約束だ!」
ニコはこんな無邪気な約束をしてしまったが、結果は見えていた。
「無理です。あの子にそれだけの体力は残されていません。」
ウィルの担当医はニコの提案に反対した。
「ほんの一日、クリスマスの日だけでいいんです。なぜダメなのですか。」
「常人と同じ免疫力だと思っているのですか?病院の中ならともかく外に出ることは危険が大きすぎます。あの子の体力が持たない。」
間に私が入った。
「ニコ。がん患者の体力を君は知らない。下手をすれば風邪を引いただけで死んでしまうこともあるんだよ。」
「じゃあ聞くが、ウィルの寿命はいつまで持つ?」
ウィルの担当医の返答は的確かつ残酷なものだった。
「今度のクリスマスまででしょう。ウィルも覚悟は決めているようです。」
ニコは壁に掛けられたカレンダーを見た。
「もう一週間もない。そんな中で最後の望みも叶えられないというのは非情すぎます。」
「医者としてリスクの大きすぎる行動は許可できない。」
「私はウィルに人間として、満足のいく最期を迎える手伝いをして欲しいと言っているだけなのです。」
ずっと沈黙を続けてきた院長が言った。
「結論は出た。ウィルに無茶はさせられない。」
ニコは軽蔑するような目つきをしたが、次に発せられた言葉は信じがたいものだった。
「クリスマスの日、付添人付きでウィルに外出許可を出す。無論、言い出したのはあなたたちだから、あなたたちが付添人を見つけ、ウィルを見守ってほしい。」
担当医は驚いた様子で、
「院長。それは…。」
「確かに、何の楽しみもなく一生を終えるのは、あまりにも酷すぎる。言い出したのはあなたたちだ。あなたたちが責任もってやるんだぞ。」
「ありがとうございます!ウィルにとって最良の一日になるように努力します!」
「やれやれ。大変な宿題を抱えてしまったな。」
そう言いつつも、私はウィルのためなら、という思いがあった。
病院での慰問を終えた次の日、私たちは知り合いの劇団に足を運んだ。付添人が看護師では味気がない。どうせならウィルも男の子だし、美人の付添人とともに遊園地で遊ばせてやろうと考えたのだ。ちなみにウィルの両親は「好きにしていい」との返事だった。もうウィルに対しては諦めの感情があるのだ。
「親としてどうなのか…。」
ニコはあきれた様子だったが、
「気持ちはわからないでもない。寿命が迫った人への扱いなんて、そんなものさ。」
私はそうニコをなだめ、劇団の事務所の扉を開けた。
「ごめんください。」
「はいはい。どちら様?」
現れたのはハンサムな美男子の青年だった。確か、この劇団で一番の有望株とされているキーマンという青年劇団員だ。
「おや。ニコさんにトムさんじゃないですか。どういった御用で?」
「悪いが、ジョンソンを呼んでくれるか。」
「ジョンソンさんなら次の公演の詰めをしているところです。いつものデスクにいますよ。」
「ありがとう。助かる。」
私たちはこの劇団の長を務めるジョンソンに話すことにした。ジョンソンは先の世界大戦中に、世界各国で慰問公演を行ったことのある筋金入りの演者だ。この手の問題には何かいい答えが返ってくると思ったから、話してみようとニコが提案したのだった。
ジョンソンはパイプを吸いながら、書類仕事をしていた。書き物に夢中で私たちにも気づかない様子だった。机の上の書類の束にボールペンを走らせながら、
「今忙しいんだ。アポイントメントも取らない人間には会わないよ。」
と返答してきた。ニコが、
「私だ。ジョンソン。ニコラスだよ。」
そこでようやくジョンソンが顔を上げた。
「やあ、ニコにトムじゃないか。これは失礼。」
「実は相談があって来たんだ。」
「相談?私に?」
十五分後、ウィルの話を聞かされたジョンソンはパイプを吸いながら、
「なるほど…。状況は理解した。」
「協力してくれるか?」
「一つ聞きたいのだが、そのウィルという子の体力はクリスマスの一日中持つのか?」
「ウィルに院長から許可が下りたと言ったら、目を輝かせて元気を出したよ。」
「それならいい。私たちは看護師ではないからな。不測の事態が発生した時に、対処ができる人材はいない。」
一瞬、ジョンソンが断るかと思った私だが、
「理想の女の子という人物なら紹介できる。ウィルは七歳だったな。ちょうど同い年の子役の娘が入ってきたところだ。」
話は思ったよりも簡単に進みそうな気配だった。
私たちは劇団の演技の練習に使われている講堂に、ジョンソンとともに足を運んだ。
講堂ではジョンソンが計画している次の公演の仕上げが行われているようだった。
「ミズキ。ミズキはいるか?」
よく通る声でジョンソンは舞台に声をかけた。すぐにミズキと呼ばれた少女は出てきた。どうやら東洋人の子らしい。黒髪のショートヘアーに黒い瞳が印象的な子だった。年齢はジョンソンが言っていた通り、ウィルと同じぐらいに思える。
「すぐ行きます。ジョンソンさん。」
またよく通るアルトの声で、ミズキという少女は答えて舞台から降りてきた。
ミズキは私たちの提案に初めは驚いた様子だったが、ウィルの現状を聞くと二つ返事で了解してくれた。
「ミズキちゃん。無理にとは言わないからな。」
「ちゃん付けは好きじゃないです。ミズキって呼んでください。」
「…わかった。ミズキ。本当に引き受けてくれるんだな?」
「困っている人を助けるのは当然です。ウィルさんを騙すことになるけど、それも仕事のうちだと思って頑張ります。」
「別に騙せとは言っていないが…。」
「結果としては同じです。引き受ける以上、最高の彼女を演じます。」
ここで私が話に入った。
「わかっていると思うけど、ウィルの体調が急変しない保証はどこにもない。自分では無理だと感じたら、すぐに隠れてついていく私たちを呼んでくれ。」
「わかりました。…でもいいんですか?」
「何がだ?」
「私のことがもしもバレたら…、ウィルさんはあなたたちを恨んで死ぬかもしれませんよ。」
ニコはため息をつき、
「それが大人の仕事さ。」と言った。
ニコは続ける。
「天国から私たちはウィルにどやされるだろう。だからと言って、見捨てておくこともできない。この世にいる間に幸せを感じてくれれば、少なくとも生きている人間は救われる。重病の子が幸せを感じる間もないなんて、フェアじゃないよ。」
ミズキは何か言いたそうな表情だったが、特に何も言わなかった。
クリスマス当日、その日はよく晴れていた。
ウィルがこの日、外出許可をもらい、遊園地に行くことが決まり、ウィルの両親が付き添うことになった。だが、ウィルには内緒でニコと私は彼が楽しめるプランを考えていた。
「じゃあ行ってきます。先生。」
「苦しいと感じたら、すぐ助けを呼ぶんだぞ。」
まるで出征する兵士を見送るような口調で、ウィルの担当医は病院の玄関から見送った。
ウィルは両親とともにタクシーに乗り、遊園地へ向かう。
担当医は見送りを終えると、病院一階ロビーの公衆電話から、メモに書かれた電話番号に電話した。
「ウィルがそちらに向かいます…。これでいいんですよね?」
電話の相手は遊園地で密かに待っているニコと私だった。
「ばっちりです。後は私たちがどうにかしますから。」
電話を切ると、ニコと私、ミズキの三人が計画を再確認し、
「みんな予定通りにやるんだぞ。ウィルに偶然だと思わせるんだ。」
「了解。」「もちろんです。」
私とミズキは応の返事を返し、準備にかかった。
タクシーは三十分ほどで遊園地に到着し、ウィルと彼の両親が降り立った。この日、ウィルはカツラをかぶり、どこにでもいる休日を満喫する男の子という服装だった。
「じゃあ行こうか。」
ウィルの父親は笑顔を隠せないウィルを連れて、遊園地の入り口に入っていった。母親もその後に続く。
入口に入ろうとするとファンファーレとともにクラッカーが鳴った。
「おめでとうございます!あなた方は登園一万人目の来園者です!」
びっくりした様子のウィルだが、来園一万人目の特典として、行列に並ばなくとも最優先でアトラクションが楽しめると聞いて、やった!という表情になった。
無論、これも私たちの仕込みである。今回遊園地側にウィルのことを話し、最大限の配慮をしてほしいとお願いし、行列に並ぶことなくアトラクションが楽しめるようにしたのだ。
周囲の来園者たちは事情を知らず、幸運に恵まれたウィル達を祝福する拍手を送っていた。
「まずは第一関門はクリアだな。」
遊園地の入り口に入ったところの物陰から、私たちはウィルを見守っていた。
「このままうまくいけばいいけど。」
「大丈夫だ。絶対うまくいく。次はミズキ、いよいよ君の出番だ。」
ミズキは自然な笑顔で、
「頑張ります。」と言った。
「じゃあ、私たちは食べ物買ってくるから。ウィル、ここで待っていてね。」
ウィルの母親は父親とともに、そう言って売店へ向かった。
ウィルは一人、椅子に座り、待つことにした。
「待つのはつらいなあ…。」
そんな独り言を呟いていると、
「じゃあ、一緒に来ない?」
「うわあ!」
背後からやってきたのはミズキだった。この日のミズキの服装はセーターにスカート、小鹿色のショートコートをまとい、毛糸の帽子をかぶっている。どこからどう見ても普通の女の子。「ええと…。君は?」
困惑するウィルに、
「ミズキっていうの。ねえ、よかったら一緒に冒険しましょうよ。」
「でも…。父さんと母さんが…。」
売店の方に目を向け、商品の代金を払っている両親から離れて、好き放題はできないらしい。
「少しぐらいなら大丈夫よ。せっかくの遊園地よ。一緒に楽しみましょうよ。ね?」
ウィルは何事か考えた風だったが、
「…うん。じゃあ行こう。」
「決まりね!行きましょう!」
ウィルもまんざらな表情ではなく、スキップせん勢いで、ミズキとともにアトラクションへ向かった。
「あー。なぜだろう。ウィルが羨ましい。」
「自分も、あんなボーイミーツガールがやりたかったって?」
私が茶化した。
「ともかくこれでミズキとのデートは開始だ。」
聞かなかったふりをしたニコの元へ、ウィルの両親がやってきた。
「本当に大丈夫なんですか?あの子の容体は…。」
心配するウィルの母親に、ニコは、
「ミズキには、派手なアトラクションは控えるように言ってあります。遊園地の救護室では何が起きてもいいように準備をしておきました。」
「それならいいんですが…。あの子を騙しているような気がして…。」
罪悪感がにじみ出ているウィルの父親に、
「私が教わった考え方に、『不幸な目に会わせるぐらいなら、騙す』というものがあります。それで救われる人もいるのだから、考え方の問題ですよ。」
ニコの尽きぬ悪知恵に、私はもはや舌を巻くしかなかった。
ウィルは楽しんでいた。どこからともなくやってきたこのミズキというかわいい女の子とともに、クリスマスを過ごせるなんて、こんな幸せはない。
早速アトラクションのジェットコースターに向かった。なぜかミズキは難色を示したが、結局、一緒に乗ることになった。ジェットコースターは楽しかった。車とは違うスピード感に今までのストレスが発散されていくのが分かった。
いったん休憩ということで、コーラとペリメニ(北の独裁国家のギョウザ)を食べた。ミズキはウィルの凄まじい行動力に感心しながら、食事を終え、今度はミズキの要望で園内の水族館に向かうことにした。
かわいい子と水族館デートができるなんて、生きててよかったとウィルは思い、マンタの群れやジンベエザメを鑑賞した。派手さはなかったが、ミズキが目を輝かせて嬉しそうにしてくれるだけで楽しかった。
次は観覧車に向かうことにした。次第にミズキに好意を持ち始めていたウィルの提案だった。いつの間にか夕方になり、雪が降り始めていた。
「ホワイトクリスマスだね…。」
「今日、外出ができてよかったよ。」
ウィルはミズキに自分が訳ありのような言い方をしたが、ミズキは気にせず、
「私もあなたと一緒に遊べてよかった。」と言った。
ウィルは何事か考えていたが、決意したのか言った。
「ほんとバカだよな。男って。」
「え?」
「だってそうだろう?人には言えない秘密を抱えて、本当は震えるほど怖いくせに、好きな女の子の前では強がる。これのどこがバカじゃないって言えるんだ?」
ミズキは自分の病のことをウィルが言っていることに気づいたが、
「私は好きよ。あなたみたいな人。」
「え?」
「生きていくのはつらいけど、そんな中でも夢を持ち続けられる。男の子はみんな素晴らしいロマンチストってことよ。私は強がってでも生きようとする人が好き。」
「…ありがとう。そんな風に言ってくれて。」
観覧車も地上にもう少しで降りようとしていた。
「次はどこに行く?」
「もうじき花火だって言ってた。中央広場に行ってみよう。」
「結局、派手なアクションさせてしまったね。ジェットコースターなんて。」
私は若干ニコを責めたが、
「まあ本人が楽しめたようだし、よかったとするしかない。」
ウィルの両親、特に母親は、
「大丈夫なんですか?」と言ったが、
「あとは花火を見るだけです。問題は特に起きないでしょう。」
とニコは気楽な口調で言った。だが私たちが間違っていたことに、この時気づくことができなかった。
色とりどりの光が夜空に花咲き、ウィルとミズキは中央広場から少し離れたベンチに座って一日の終わりを満喫していた。
「楽しかったね。」
「うん、楽しかった。」
するとウィルがミズキを仰天させることを言った。
「人生最後の日には悪くない。」
「…え?何を言っているの?」
ウィルはカツラを取り、頭髪が一本もない頭を見せた。
ミズキが息を呑んだのが分かった。
「ぼくは今日死ぬ。自分でわかる。今日で僕の人生は終わりだ。」
ウィルは寂しげな微笑を浮かべて、物騒なことを言い出した。
「最初から分かっていたよ。ニコさんとトムさんの配慮だろう?僕が後先長くないことを聞いて、楽しめる一日を準備した。ついでにいろいろな根回しをして。君もあの人たちが用意した役者さんなんだろう?」
「……。」
「皮肉抜きで言わせてもらうけど、楽しかった。ニコさんとトムさんに伝えてくれ。あなたたちのお陰で僕は輝ける一日を過ごせたって。本当に楽しかった。」
うそを言っているような雰囲気のないウィルに対し、ミズキはこう答えるしかなかった。
「そんなことを言わずに。きっと良くなるよ。明日も無事迎えられるわ。」
「気持ちは嬉しい。でも僕はここまでだ。」
ふうぅと息を深く吐いたウィルは、
「遺言だと思って聞いてほしい。」
ミズキは息を呑む。
「僕の今日一日を舞台で再現してくれないか。僕と同じような境遇の人たちのためにも。」
「…わかったわ。何とかしてみる。」
もはや正体を隠さないミズキはそう答えるしかなかった。
「頼んだよ。」
そう言うとウィルは頭をミズキの肩に預け、
「眠くなってきた…。そろそろ寝ることにするよ…。おやすみ、ミズキ。」
「おやすみ、ウィル。」
ミズキの頬に一筋の涙が流れていた。
後日、ウィルの葬儀の後、ミズキはジョンソンにウィルの遺言を伝え、ミズキとウィルの最後の一日を再現した舞台が脚本化されることが決まり、トントン拍子に舞台化が決まった。無論、ジョンソンの劇団での公演である。
「たった一日の幸福」
「輝ける命の物語」
「このミュージカルはあなたを変える」
そんな謳い文句で封切られた公演は一年以上のロングラン公演になり、ジョンソンの劇団とミズキが一躍有名になるきっかけになった。
ミュージカルの名は「クリスマスの輝き」。
一人の少年と少女の出会いとたった一日の楽しみを描いた作品である。
「よかったじゃないか。ウィルが幸せな人生を送れて。」
トーク番組の最中、「クリスマスの輝き」が話題になった時、ニコは言った。
「そうかな。」私は疑問があった。
「ウィルは果たして、最期まで幸せを感じて一生を終えられたのかな。もしかしたらミズキに言った言葉も全て一応の社交辞令だったのかもしれない。」
私はそこが疑問だった。
ウィルの最後の言葉が本当だったのか、本当のところは誰にもわからない。幸せを感じて最期を迎えられたのか、周囲を気遣って言っただけなのか。結局生きている人間が結末を決めるしかないのだ。
「私はウィルの言葉が本心から出たものだと思う。その証拠がウィルの死に顔だ。」
確かにそう思えるかもしれない。涙を流しながらウィルを肩に預けていたミズキの元へ大急ぎで向かった私たちはウィルの死に顔を見た。
まるで全力疾走して、満足のいく結果を残したスポーツマンのような穏やかな顔だった。ニコの見立ては正しいのかもしれない。最期にあんな顔を見せられるのは満足した人生を送れた人間だけだ。
「ともかく生きている人間は、亡くなった方の分まで楽しく生きなくちゃならないな。」
「うん…。そうだね。」
「さあ。皆さん。そろそろ私たちのトーク番組も終わりの時間です。先ほどから紹介している通り、ミュージカル『クリスマスの輝き』は今も絶賛公演中です。」
「人生の最期はどのような幸せがふさわしいか、それが知りたい方はぜひとも足を運んでみてください。それではまた次回!」
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