第3話 「許されざる裁きの場」

 大戦中の民族浄化の責任者、逮捕される

                     (セントラル・イースト・タイムズ 七月七日)


 中東の新興国は六日未明、大戦中に西の強国が行った少数民族アリヤ人に対する民族浄化政策の責任者だった、アベルト・カウフマン容疑者(49)を逮捕したと発表した。

 カウフマン容疑者は大戦中、西の強国の親衛隊に所属し、アリヤ人問題の最終解決策、いわゆる民族浄化を担当した責任者だったといわれている。同容疑者は収容所で連行してきた人間にシャワーを使わせてやると言い、毒ガスで殺害し、拷問にかけ、その様子をビデオ撮影し、映画にして、収容者らに見せるといった行為まで行ったといわれる。虐殺の対象になったのは子供も同様であり、収容所には、死体から石鹸を作る工場まで存在したという。

戦後、同容疑者は南の大陸に逃亡していたが、新興国の諜報機関ドジェム・ソが逮捕に向けて動き、新興国は拉致同然に、南の大国から連行したという。人権団体からは逮捕ではなく拉致という犯罪であると非難の声が出ており、中立性の高い国際司法裁判所に裁きを委ねるべきだという声明が発表されているが、新興国はあくまで自国で裁くとの主張を変えておらず、これは自国の問題であるとして、人権団体の声明を内政干渉と非難している。

カウフマン容疑者の裁判は八日から始まるとされており、司法の専門家からは、アリヤ人の感情的な動機が作用し、裁判は有罪がほぼ確実視されており、同容疑者への死刑判決は避けられないとの見方が出ている。












「だってさ。死刑が確実視されている人間の裁判の放送なんてねぇ…。」

 ニコ(ニコラス)とトムは中東の新興国に来ていた。ニコの言葉通り、裁判では異例だが、マスメディアを入れて裁判を行うことが決まり、ニコ達のラジオ局からも報道陣が入国していた。ニコとトムは出張トーク番組として、この裁判をテーマに放送を現地で行うことになった。

 今は放送の打ち合わせと収録場所になる裁判所の下見のため、タクシーで裁判所に向かっていた。

「当然の罰だろうさ。元は同じ国に暮らしていた人間を不満をそらす目的で弾圧したんだ。死刑でも軽いくらいさ。」

 トムが珍しく攻撃的な発言をする。

「どうした?同胞意識でも湧いたか?」

 トムは今回の裁判を強く望んだアリヤ系の人間である。詳しいことは知らないが、世界大戦が始まる前に西の大陸から、ニコの国に家族が移住したそうだ。

「裁かれるべき人間が裁かれる。それだけだ。」

 ニコは機嫌が悪そうなトムの膝に乗ったセントラル・イースト・タイムズ紙を、乗っているタクシーの座席の後ろの網袋に戻し、

「こんな男みたいな人生は送りたくないものだね。」

となだめるように言った。




 裁判所に到着すると、ニコはトムによって義足を付けられ、収録場所となる裁判所の二階部分、つまり傍聴席の展望ロビーに向かった。ロビーでは、世界各国から来た報道陣が忙しく機材の準備に勤しんでいるところだった。

「なんだか私たち、ひどく場違いじゃないか?」

 そう心配したニコだが、

「許可をもらって来たんだ。別に卑屈になる必要はないよ。」

と、珍しく強気な発言をするトムとともに、先に入国していたラジオ局のスタッフとともに、打ち合わせに入った。

 すると、ロビーに新興国の政府関係者と思わしき職員たちが現れた。

「皆さん。お忙しい中、失礼します。しかし耳を貸してください。今回取材を行う皆様には順守していただきたいことがいくつかあります。」

 この言葉を聞いた瞬間、ニコは嫌な予感がした。そしてその予感は当たっていた。

 職員が報道陣に順守するように言ってきたのは、報道内容の厳選だった。

 

 今回、人権団体から圧力を受ける形で、裁判の経過をマスメディアに生放送させることになったのだが、新興国は、はなから被告のカウフマンを死刑にするつもりらしい。

 報道陣は聴取者の同情を買うような報道は一切しないこと、被告人へのインタビューの禁止、更には、アリヤ人の人権問題を取り上げることを必須条件とした。

「おいおい。いくら何でもやりすぎじゃないか!」

 そう言ったのは東の島国の帝国の報道陣である。

「裁判は公平であるべきだ。まるで、やる前から死刑判決が決まっているような報道なんてできないよ。」

「ならば、あなた方の報道は認めません。お引き取りを。」

「そんな…。」

「じゃあ、こういうのはどうだ。」

 そう言ってきたのは西の大陸の中立国の報道陣である。

「民族浄化の責任はカウフマンだけじゃない。総統が指示したことが原因だ。そのことを伝えるべきだと思うがね。」

「それも認めません。」

「なぜだ?虐殺の指示を下したのは総統だろう。」

「この裁判ではカウフマンの罪状が争点になります。今回、総統の民族浄化に関わる指示は取り上げません。」

「だが…、このことは有名な歴史的事実だ。私たちマスメディアの人間には、真実を伝える義務がある。」

「今回の裁判では、総統は関係ありません。あなた方に伝えてほしいのはカウフマンの罪への罰です。」

「それはメディアコントロールじゃないか。真実を捻じ曲げている!」

「不満があるようでしたら、ご退場ください。放送の中断はいつでも認めていますよ。」

 そう言うと、職員はロビーから出て行ってしまった。

 何を言っても無駄だ。ニコはそう思った。

 アリヤ人への民族差別は中世から問題視されてきた。五百年の間にあらゆる国、民族から差別されてきたことによるアリヤ人たちの負の感情は想像を超えるものがある。

 この新興国はアリヤ人が多数を占めるが、元を正せば、別の民族が暮らしていた土地を強引にアリヤ人たちが奪ったのだ。本来なら国際機関を通じて非難されるべき事象であるべきにも拘らず、この国が認められているのはニコたちのような大国の政財界に、多数のアリヤ系の人間がいるためだ。「もう二度と流浪の民になりたくない。国を持たないと我々は殺される。」彼らはそう頭から信じているのだ。


 七月八日、裁判当日。

 傍聴席には多くの市民が駆け付けた。

 史上最悪の民族虐殺を行った人物への死刑判決をこの目で見たいらしい。

 不満を感じているのはニコ達のような招かれた報道陣だった。

 自分たちはこの国の御用メディアではない。そういう雰囲気が二階のロビーに漂っていた。

「こんな裁判、やるだけ無駄だよ。有罪と死刑判決は決まっているじゃないか。」

 ニコは愚痴るが、

「ニコ、真面目にやれ。一つの民族の敵が裁かれるんだ。私たちには、それを見届ける義務がある。」

 この国に来てからというもの、どうもトムとは馬が合わない。トムは口では公平な裁判を期待しているような口調だが、怒りの感情がにじみ出ている。やはり同胞意識があるのだ。

「トム、気持ちは分かる。でもそんな風に私情を持ち込むのは、裁判では厳禁だ。」

「あのな。ニコ。あんな奴に同情する必要なんてないぞ。」

 はっきり言ってしまった。カウフマンは死んで当然だと言い切ったのだ。

「怖いぞ、トム。少し冷静になれ。」

「しっ。そろそろ始まるらしい。」

 裁判官席に裁判官が座り、被告人のカウフマンが二人の屈強な刑務官に連れられて、入廷した。

 パッと見た限り、カウフマンの印象は「普通の中年男」だった。

 とても虐殺の主導者には見えない。これからあの人物に対して死刑判決が下されるわけだが、ニコの感想は「やり過ぎていないか?」というもの以外、出てこなかった。

「それでは裁判を始める。検察官は起訴状を朗読して。」

 裁判長の一言で裁判は始まった。二階ロビーには巨大な拡張スピーカーが設置されているので、声はクリアに聞こえる。

「被告人、アベルト・カウフマンは大戦中、西の大陸の国々から強制連行したアリヤ系の人間を、収容所で殺害する計画の責任者であったことが提出した証拠から裏付けられています。スクリーンに映し出される写真がその証拠です。」

 検察官がスクリーンに映し出した写真は、最初のうちはわけの分からない書類の写真だったが、途中から収容所のアリヤ人たちの惨状に代わり、中には、親衛隊の隊員が一人のアリヤ人の頭部を拳銃で撃つ映像が映し出された。

傍聴席から悲鳴が上がり、バタンという音とともに、傍聴者が気絶したことが分かった。

「いかれてる…。やりすぎだ。」

そう言ったのは、帝国の報道陣だった。

気絶した人物の搬送が終わったところで、検察官は続ける。

「我々、検察庁はカウフマンを殺人の主導を行った罪で起訴します。容疑は殺人教唆。我々検察は死刑を求刑します。」

 裁判長はカウフマンの方を向き、

「被告人、容疑を認めるか?」

と尋ねた。

 するとカウフマンは、

「私は総統の指示に従っただけだ。なぜ私だけが裁かれねばならないのか。」

と答えた。

 すると傍聴席から、

「ふざけるな!」「この人殺し!」「お前がいなければ、私の息子は死ななかった!」

と罵声が上がった。

「もういい。こんな舞台、ただの見世物だ。」

 そう言ったのは、西の大陸の中立国の報道陣だった。

「我々は帰る。おたくらは好きにしてくれ。」

 そう吐き捨てて、カメラなどの機材をしまい込んで出て行ってしまった。

 ニコは従わないだろうなと思いながら、トムに尋ねる。

「私たちも行こうか。」

「いいや。この裁判は見届ける。」

 トムの返事はつれなかった。




 弁護側の陳述も始まったが、あくまでも減刑を求めるだけであって、主張に気迫がこもっていなかった。結局全ての陳述が終わり、

「判決を下す。」

 裁判官の求刑が始まった。

「被告人、アドルフ・カウフマンの所業は明確な大量殺人という行為への加担であり、情状酌量の余地はない。よって、当法廷は被告の罪状を認め、正義の名のもとに死刑を求刑する。」

 我慢できなくなったニコは二階ロビーから一階の法廷へ飛び出した。

「一言言いたい!」

 傍聴席や裁判官たちがざわめくのが分かった。

「あの男は本来、戦場で殺されるべき存在だったんだ!それなのになぜこんな見世物のような裁きをする?」

 その場にいた全員が動揺したのが分かった。

「ショーのような裁判で殺すべきではないはずだ!殺害したいのなら、なぜもっと早く、それこそ戦時中に殺さなかった?なぜ今なのだ!」

「静粛に!」

 裁判官が木槌を叩いて場を収めた。

 傍聴席がざわめいていた。

 やってきた刑務官が、

「失礼ですが、出て行ってください。」

とニコに言い、ニコはトムとともに法廷を後にした。




 まともな収録にならず、上司のダニーから恨み言を国際電話で言われてしまったニコは、ビールをあおりながら、ホテルのベッドに腰かけていた。

「ニコ、なんであんなことを言ったんだ?」

 非難するような口調でトムは言ったが、

「やりすぎだと感じたからさ。」

 白ビールをぐいとあおり、

「確かに許されざる罪を犯した人間には、相応の罰が下されてしかるべきだろう。だからといって、何をしてもいいという論理はまかり通らない。特にあんなショーみたいな裁判。私はそれが言いたくて、ああいうことを言っただけさ。」

 トムは不満そうな顔だったが、

「とにかく判決は決まった。後は絞首刑を待つだけだよ。」

「よく素面でそんなことが言えるものだ。人の所業を悪く言うだけなら、誰にだってできる。」

 ニコは本日三本目の白ビールを空にし、トムは聞き流したようだった。












 民族浄化の責任者、絞首刑に処せられる

                 (セントラル・イースト・タイムズ 七月十一日)


 中東の新興国は本日、大戦中のアリヤ人に対する民族浄化の責任者だったアベルト・カウフマン死刑囚(49)を十日夕刻、絞首刑に処したと発表した。

カウフマン死刑囚は絞首刑直前に、何か言い残すことはないかという問いに対し、「歴史とは聖者と悪人と詐欺師による壮大なゲームである。嵐は来るように来て、去るように去るだろう。自分のような人間はこれからも現れる。」と言い残し、絞首刑に処せられた。

人権団体からは、早すぎる死刑の執行に対し、批判の声が上がっているが、中東の新興国は「我々は正義を成しただけだ。批判されるには当たらない。」と声明を発表しており、これからも大戦中の民族虐殺に関与した者の逮捕を進める方針を崩していないとのことである。

なお、同被告の裁判終了間際にラジオアナウンサーの一人が、行き過ぎた裁判の経過に抗議するという事態が発生したが、新興国はこの行為に対し、沈黙を守っている。

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