第4話 「運命(さだめ)」

 私がラジオ業界に入るきっかけとなったのは両足を失ったからだ。正直言って自分の足が失われたときは人生の終焉を感じたし、今のような楽しい生活も想像できなかった。




 十数年前までこの世界は世界を巻き込んだ大戦に明け暮れていた。

 発端は経済恐慌である。

 私の国で起きた株価の大暴落を受けて、多くの国が不況に立たされた。人々は歪んだ怨念を社会に対して持つようになり、この苦境を打破してくれる「強いリーダー」の到来を望んだ。そして一人の男が西の大陸の強国の首相に任命され、やがてその男は総統と呼ばれる独裁体制を築き上げた。

 準備が整うと西の強国は他国に対して軍事侵略を始めた。あらゆる失敗、人々の軽率さが招いた世界大戦の始まりである。

 軍備を整えた西の強国に対し、他の大国はなす術がなかった。経済恐慌の痛手はいまだ根強く残っていた上、巨額の軍事費を必要とする武力制裁を躊躇わせることとなった。西の強国に行ってきた宥和政策も足枷になった。

 対処を怠っているうちに、西の強国は西の大陸を占領。私の国の同盟国の島国を占領すべく、総統は空軍に島国の首都に対し、戦略爆撃を命じた。

 これにとうとう私の国の首脳部が激怒し、ついに参戦した。総軍参謀長のレパード大将は、「一年で倒せる」と豪語して西の大陸に侵攻した。ところが三年たっても一国も奪還ができず、次第に私の国は国際社会から「口先だけ」と非難され、政府上層部は焦り始めた。そしてついにろくな準備爆撃もせず強襲上陸作戦を始めてしまう。











 この日の海は荒れていた。強襲揚陸艇に乗り込んだ仲間たちの顔には死への恐怖と緊張が見て取れる。ある者は首からぶら下げたロザリオを握りしめ、ある者は遺書を懐に忍ばせていた。

「海岸に到着したら全速力で突っ走れ。誰が倒れようがお構いなしにだ。」

そう言った当時中尉だった私も緊張を部下の前で隠せなかった。おそらくこの作戦に参加する兵士の六割が死ぬだろう。当然私も。

 操舵室からブザーが鳴った。上陸が近い証拠だ。やってやる。今まで多くの人を殺し、他国を自分のものだとガキ大将のような理屈で属国化させてきた奴らに対して、刺し違えてでも倒してやる。私の決意は固まっていた。

 ついに海岸に辿り着いた。ブザーが鳴り響き、強襲揚陸艇のゲートが開く。

 そこから先は地獄絵図だった。

 一瞬赤い花火が破裂したのかと思った。それが毎分千二百発の発射速度のある敵の重機関銃の銃弾で仲間の肉体が四散した為だとわかるのに随分かかった。正面から行ったらやられる。そう感じた私は壁をよじ登ると船から飛び降りて海岸を突っ走った。

 ありとあらゆるところで敵の銃弾に仲間が倒されていた。

 いや、倒されるという表現ではない。肉体が原形を留めないほどの肉片になり、海の水は赤く染まった。反撃したくても手持ちのマシンガンやカービン銃では射程が届かない高所に敵のトーチカがある。何もかも敵が上手だ。だが泣き言も言っていられない。一刻も早く敵のトーチカを潰さなくては。

 途中で銃弾が炸裂したためか、内臓が飛び出し泣きわめいている仲間がいた。

「ママー!ママー!わああああああ!」

 今際の際に母親の名を叫ぶ兵士の声だ。衛生兵でもない自分にはどうすることもできない。そもそもこれでは助からない。この男に詫びるのは自分自身が地獄に行ってからでいいだろう。

 今は全てのトーチカを占領することだけを考えろ。

 二本足で走る私たちに航空支援はない。馬鹿なレパード大将がマンパワーで占領できると考えたためだ。内心で悪態をつきつつ、ついにトーチカの至近距離まで辿り着いた。無事にたどり着けたのは私も含め七人だけだった。

「これだけか?」

 自分でも間抜けな問いだと思いながら、聞かずにはいられなかった。

「他の仲間は全滅です。現在俺たちのような生き残りがトーチカの根元に辿り着いているところです。」

「よし。火炎放射器はあるな?」

「俺が持っています。」

「少しずつ接近しつつ、射程に入ったら火炎放射を浴びせかける。そのあとは皆殺しだ。いいな?」

 全員から応の答えを聞くと、私は、

「よし行くぞ!」と言って飛び出した。

 今思えばなぜこの時、敵の至近距離で作戦を練っていたのかと自分が悔やまれてならない。その時すでに敵の迫撃砲の射程内に収まっていたのだ。

物陰から出た瞬間だった。すさまじい勢いで自分の体が吹っ飛ばされた。どうしたのかと仰向けになった体で顔を上げると自分の左足はくるぶしから、右足は太ももから下がなくなっていた。ああやられた。それが私の第一の感想だった。

 不思議と痛みは感じなかった。これから重機関銃の銃弾で肉体が四散するのだろうと考えると、これが死と言うやつかと、冷静な感情が込み上げてきた。まあ仕方ないと思い、覚悟を決めたが、自分の両腕をすくい上げた人間がいた。自分の仲間たちだった。

「隊長!」

「すぐに衛生兵に見せます!どうかそれまで辛抱を!」

 待ってくれ、自分はここで死ぬ。それでなくては仲間たちに示しが…。

 そんな言葉も出せず、自分に急速に眠気が訪れ、暗闇の中へ意識が落ちていった。






 強襲作戦は予想通り六割の味方を失いながら、数の力で圧倒した我々が勝利を収めた。トーチカにはまず火炎放射が見舞われ、全身が火だるまになった敵兵に銃弾が浴びせかけられた。中には不運にも無傷で生き延びてしまったという敵もいた。

 「降参だ!」という言葉は無視され、武器を捨てた丸腰の敵にも銃弾の雨が浴びせかけられた。敵に人権はなく、死体にも銃弾が撃ち込まれた。中にはカービン銃の銃弾が切れると、拳銃を引き抜いて、敵の顔面めがけて弾倉の弾丸を全弾打ち込んだ者もいた。

 のちにこの戦いはあまりの凄惨さに「ブラッディ・ビーチの戦い」と呼ばれるようになる。






 両足を失った私はそれだけで済み、無事に回復することになった。本国に送還され、負傷者への最高の名誉とされるパープルハート賞を授与されたが、受け取った次の日、勲章をゴミ箱に投げ込んだ。

 病院に入れられた私はひたすらに自分を責めていた。なぜ自分だけが生き延びてしまったのか。仲間たちにどう言い訳すればいいんだ…。私の心はズタズタにされてしまった。

 そしてついに私は行動に出た。病室の椅子を使って三階から飛び降りようとしたのである。もういい。自分もみんなと同じ所へ行く。そう決めていた私だが、

「喜ぶ人はいないよ。」

 静かな口調で音もたてずに私の病室に入ってきた人物がそう言った。

「誰だ。あんた。」

「君の新しい介護士さ。」

 その話は私も聞いていた。入院から半年も経つのに一向にリハビリをしない私を見かねて、私の主治医が、最高の介護士を用意する、と言ってきたのだ。

 だが私は、

「放っておいてくれ。私に生きる価値はない。」

 そう吐き捨てた。もはや何もかも嫌になっていた。

 するとその介護士は大股で私に歩み寄ると、

 バチン。

 思い切り私の頬を張り飛ばした。

「いいかい。生き延びたのならその分、死んだ人たちのために生きなきゃならないんだ。自分をあきらめるなんてどうかしている。」

「だからって、私に何が残っているんだよ。」

 私の声には情けないほど泣き声が混じっていた。

「両足はない。こんな人間がこれから先、どんな幸せをつかめるというんだ。」

「義足を使えばそんな問題はクリアできる。大切なのはせっかく残った命を大事に使うことだ。」

「仕事はどうすればいいんだ。身障者がつける職業なんてない。」

「いや。君でなくては、君だからこそつける職業がある。私と騙された気分でやってみないか。」

 ポカンとした私は、

「何をさせたいんだ。」と言った。






 今でも自分が許せないと感じることはある。だが、あの時あの介護士に一喝されていなければ、自分と同じ境遇の人たちを救うことのできる職業に就くことはできなかっただろう。

 その後、私は紆余曲折あってこの介護士とともにラジオ局の面接に臨み、私の姿に息を呑んだ人たちによって採用され、ラジオタレントになるのだが、それはまた別の話。


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