第3話 「怒る人たち」
普段は味気ないビル街に夏の太陽が降り注いでいた。無機質なビルの窓に反射した光が地上に降り注ぐ。多くの人たちが涼しい屋内に引っ込む中、一人の青年はタクシーから降り立つと一呼吸して、暑さも顧みず足早に進み始めた。
青年がつぶやく。
「さあ、いよいよだ。」
その日のニコたちのラジオ局は警備員たちが緊張していた。なにしろこれから訪れるゲストは普通ではない。
「だからといっても、ここまで物々しくしなくても。」
トムが思わずぼやく。相方のニコはできの悪い生徒をとがめるような口調で、
「仕方ない。なにしろ祖国で政治犯扱いされた大国嫌いを迎えるんだ。このラジオ局のスタッフが銃を持っていたらどうする。」
ニコの言う通り、今日のこのラジオ局では、スタッフは一人残らず警備員によって厳重な持ち物検査をされていた。出勤用の車も調べられ、ニコたちのエクスカリバーに至っては車のトランクまで調べられた。護身用の銃は家に置いてきてよかった、とニコは心中で胸をなでおろしていた。そこまでして迎える今日のゲストとはどんな人物なのか。
エントランスのほうでがやがやとざわめきが広がった。
「来たようだ。」
ニコがつぶやくと、二人はエントランスへと向かった。
エントランスでは一人の青年が立っていた。
身長は百八十センチはあるかという巨漢の青年だった。ひげがきれいにそり落とされた顔は少し日焼けして浅黒くなっていた。着ているものは安物の夏用のスーツでネクタイは締めていない。明らかにこの国の人間ではなかった。
トムが今までの不満はどこへやら、丁寧に挨拶をする。
「こんにちは。フィデリトさん。今回あなたのインタビューを放送させていただくトムです。」
ニコも挨拶をする。
「相方のニコです。今日はお世話になります。」
フィデリトと呼ばれた青年は、
「こちらこそよろしくお願いします。有名なあなた方に会えて嬉しいですよ。」
「さあやってまいりました!『ラヂオな時間‐TWO WORLDS‐』の時間です。今日は南の島国からとあるお客様をお出迎えしています。また今日は非常に政治的に際どい話も出るため、苦手な方は別のチャンネルを回してください。」
「おいおい。それって視聴しなくていいですよって言っているんじゃないのか?」
「ニコ、細かい話は置いといて、今日のゲストの方を紹介しないと!」
「わかったよ。申し訳ありません。トムは放送になるとハイテンションになるので…。」
「構いませんよ。それが自由というものですから。」
「改めて紹介します。今回のゲストは南の島国の革命家、フィデリトさんです。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
「早速ですが、フィデリトさんの経歴を紹介します。元は母国で農家の長男として生まれ、大学を出て弁護士になったとか。」
「はい。元をただせば弁護士でした。」
「革命家になったのはどういうきっかけが?」
「実は私の国は独裁体制に多くの人が苦しめられているのです。国民は満足に食事もとれない、住居はボイオと呼ばれる掘っ立て小屋、義務教育も満足に受けられないというありさまで政府高官たちの私腹は肥え太るばかりです。」
「それで革命を起こそうと?」
「はい。この国のような民主国家は選挙で気に入らない政治家を引きずり落とすことができますが、我々の国では武器を持って立ち上がる以外に社会の変革を企てることができないのです。」
「今回、このラジオ放送に出演したのは革命の援助と祖国の現状を知ってもらうためだとか。」
「あの国では人間扱いされる人は政府の人間以外、まずいません。病気になっても牛や豚は注射を打ってもらえるのとは対照的に、人間は全く治療してもらえません。貧乏人に薬はもったいないという考えがあるのです。教育を受けられず、奴隷のように働かされることも私のような人物を恐れてのことです。貧乏人に知恵をつけさせると政府を批判し始める。何の支援もしなければ、知恵を蓄えることもなく、おとなしくしみったれた人生を送って、困窮で自然と死んでくれる…。これが今の政府の貧困層に対する政策です。」
「フィデリトさんはまず裁判を起こして政府の腐敗を糾弾したとか。」
「そんなことをしてもまず受け入れられないという顔をしていますね?ただ、私がまずやることは手順を踏まねばならないと思い、こうしたのです。」
「結局国家反逆罪で懲役十三年の刑を受けて、孤島の監獄に放り込まれたとか。あきらめるということはしなかったんですか?」
「私は最後まであきらめません。監獄でも自分が教師役を務めて受刑者に自分の意志で立ち上がることの大切さを教え続けました。時に講義がラディカルに過ぎて独房に放り込まれましたが、あきらめずいつか出られると信じていました。」
「そして出られたと。なんでも腐敗した大統領の人気取りのための恩赦だったそうですね。」
「過程はさして気にしません。出迎えてくれたのも姉一人だけでしたが。」
「それはつまりあの国において革命を企てることが、肉親からも冷たい目で見られていたということですね。」
「それで俄然やる気が出ました。」
「それでですか…。」
「失礼ですが、にわかに信じがたいですね。」
「誰もがあきらめて、政府の人間とそれに連なる者たちのみが贅沢をすることが私は認められなかった。大統領に対し武器を持って立ち上がることは国民の権利であり義務だと再認識したのです。」
「なるほど、ではここでフィデリトさんがお好きだという南の大陸の音楽をお聞きください。」
かけられた音楽は現地の言葉で「すすり泣く」という意味を持つ悲哀が込められた曲だった。バイオリンのもの悲しい旋律がフィデリトの母国の悲しみを歌い上げているようだった。
「いい趣味とは言われないかもしれませんが、この曲で再認識するのです。自分の国がどれほどの苦しみを抱えているか、人々の悲しみはどれほどのものか。みんな本心では思っています。ニコさんやトムさんのような国に生まれたかったと。」
「……。」
ニコとトムは答えもなくただ黙って曲を聴いていた。
「今日はありがとうございました。」
放送を終え、フィデリトが帰るためのタクシーを待つ間、いつものようにニコとトムは雑談をしていた。
「こちらこそ。今日で私の主張がこの国にも届きました。」
「フィデリトさん。これからどうするのです?」
ニコがつぶやく。
「あなたの国はあなたの主張通り、武装蜂起以外に国を変える手段はないでしょう。それをどうやって行うのです?」
フィデリトはオフレコですが、と断ったうえで、
「実は一番近い国から海路でゲリラ隊を率いて進攻しようと考えているのです。すでに訓練をして兵を揃えています。」
「それは…事実上のクーデターですね。」
「さすがにそのことについては放送で発言はできませんでした。ただお約束しますよ。必ず我々は勝利すると。そしてその時最初に出迎える報道関係者はあなたたちだと。」
フィデリトが帰った後、ようやく落ち着きを取り戻したラジオ局の食堂でニコはつぶやいた。
「革命は成功するだろうよ。」
珍しく強気に発言したニコに対し、トムが言う。
「その根拠は?」
「だってそうじゃないか。あれだけ不満がたまっている人たちの国だ。民衆の怒りというのは恐ろしい。いつの時代も怒りが多くの悪政を葬ってきた。」
「出張することになるわけか。ダニーがどう許可を出すか。」
トムがさらに心配そうにつぶやく。
「それまでフィデリトの仲間たちがどれだけ生き残っていられるか……。」
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