第2話 「天才の脳みそ」

 風も冷たさを増してきた秋の中頃の時期だった。この日ニコ(ニコラス)とトムは違う州にある工科大学にいた。今回、この工科大学の学生たちの取材をするのだ。

 「天才が集う学校ねえ……。」

 ニコが胡散臭げにつぶやく。

 時刻は朝と昼の中間ぐらい。すでに二人はエクスカリバー(注:高級四輪駆動車のブランド名)を降りて、自然あふれる大学のキャンパスを歩いていた。

 「いつも思うけど、その皮肉っぽい口調、直した方がいいと思うけど。」

 トムがニコを注意する。だが、ニコの過去を知るものとして、そう思うのも無理はないと思ったのか、

 「まあ、今回の仕事はお遊びみたいなものだよ。ダニーですら『この学校は成功するかわからない変人の集まりだ。そしてほとんどが夢破れる。』と言っていたくらいじゃないか。」

 「そこだよ。私が言っているのは。」

 ニコが気に入らなさそうに、

 「成功するかわからないことをして、今を使うという考え方がよくわからない。まあラジオ局なんておかしな職場に就職した私が言える道理じゃないけど。」

 「ニコ。頼むから、人を怒らせるようなことを言わないでよ。少し無神経が過ぎるよ。」

 ニコは面倒くさそうに、

 「わかったよ。」とつぶやく。






 「さて、まずはどこから行こうか?」

 「どうせ取材するなら、とてもじゃないけどあり得ない発明をする学生を取材しないか。」

 ニコとトムが話していると、目の前の研究棟から怒号が聞こえた。

 「どうしたんだ?」

 「ああ、いつものことですよ。」

 二人のそばで粗末な身なりをした学生が足を止めた。

 「ここの研究棟には、いつも現実離れした発明をする人が大勢いて、激論を交わすことが多いんです。今やこの学校の名物ですよ。」

 「いったいどんな研究をしているんですか?」

 「それは実際に聞いてみたほうがいいでしょう。ただ、とても現実にできるものだとは思えませんがね。」






 問題の研究棟に入った二人は「電子機器研究室」とプレートが貼られた研究室に入ることにした。ノックをすると、

 「忙しいんだ!後にしてくれ!」

と返事が返ってきた。

 「お忙しいことは承知しています。私たちはラジオ局のものです。取材のために訪れています。」

 すると勢いよくドアが開いた。ニコは思わずよろけてしまい、慌ててトムがニコを支える。

 「おや、失礼。」

 現れたのはぼさぼさの髪をした男だった。

 「ラジオ局の方ですよね?ならぜひとも私たちの研究を見ていただきたい。」

 ほとんど強引に部屋に入らされると、中はさらに雑然とした様子だった。いたるところに分厚い本やペーパーの束、わけのわからない電子機器の数々が、回線もむき出しの状態で放置されていた。

 「私はノアといいます。散らかっていますが、ようこそ私たちの城へ。」

 礼儀も全く無視した自己紹介をしたがニコは気になったことがあった。

 「私たちといいましたね。他にも仲間の方がいらっしゃるのですか。」

 「残念ながら今ケンカしてしまってしばらく会わずにおこうということになって、出て行ってしまったんです。質問は私が受け付けます。」

 「ではさっそくですが取材の準備を。」

 トムがショルダーバッグからマイクを取り出し、電源を入れる。ニコとトムの胸元に小型マイクが付けられ、トムがメモ用紙を取り出し、準備は完了した。

 「さて、それでは取材と行きたいと思います。ノアさんでしたね?いったい何をここでは研究しているのですか?」

 ノアは自信ありげに、

 「未来の電話を作っています。」




 「未来の…ですか。」

 「あまりよくわからないのですが…。」

 「順を追ってお話しします。現在使われている電話は一家に一台のただ会話するための機械にすぎません。私は近い将来一人に一台、持ち運びができる小型の電話が普及すると考えています。」

 「小型の電話ですか。」

 「半導体回路の研究で将来十分可能です。私はさらにこの電話にテレビのような機能をつけることを考えています。」

 「つまりテレビのようなブラウン管のついた電話を研究していると?」

 「ブラウン管よりも小型で電圧によって画面表示が変わる特殊な液体を使うことで、メモ帳のような薄さの電話を目指しています。」

 「私にはピンとこないのですが、それに何の利点があるのです?」

 「利点だらけですよ。一人一人が電話に写真を表示したり、内蔵したカメラでテレビ電話ができたり、遊びのための機能をつけられたりするなど、無限の可能性のある電話です。この電話が未来を変えるでしょう。」

 「しかしその様子ではまだ発明までは至っていないようですね。」

 「いつの時代もそうです。発明に必要な技術力が整っていないのですよ。だからここで一から作成しているんですけどね。」

 「本当に普及する日が来ると思うのですか?」

 「絶対に普及します。人が電話を単なる連絡の道具と思わずに、仕事に、生活に、娯楽に使う日が必ず来ます。私はその日を夢見て日々の発明を続けるのですよ。」






 取材を終え、ニコとトムはお礼を言った。

 「いつか私たちの発明を目にしてください。」

 「ええ、お約束しますよ。」

 研究棟を出た二人はしばらく無言のままだった。

 「どう思う?ニコ。」

 「多分実現はできるだろう。人が娯楽にかける思いは常に進歩を促してきた。」

 「でも技術が追い付いていない。」

 「夢を追いかけるというのはそういうものだ。結局理想と現実に折り合いをつけることしか人間にはできないんだよ。」



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