第3話 「成功者」

 「会いたくない!」

 一軒のアパートの一室から響いたのはニコラス(ニコ)の声だった。

 「そんなこと言っても仕事なんだから、やらなきゃ。」

 なだめるのは、ニコの介護士兼助手のトムの声だった。だがニコは構わず続ける。

 「会わないと言ったら会わない。あの手の人間が大嫌いなのは知ってるだろう。」

 やれやれという雰囲気のトムは封筒を差し出した。

 宛名はニコとトムになっており、送り主は今日出演する人物からだった。

 封筒の中身を見ると小切手が入っていた。

 記載された金額はニコとトムの年収の倍の額だった。

 トムは続ける。

 「会いたくないのなら、それは自由さ。だけどこんなものまで渡されてただ黙っているわけにはいかない。ダニーも金をもらった以上、紹介するのが義務だと言っていた。」

 ぐむむ、と受け付けるべきか突っぱねるべきか悩んだニコだが、トムは続けてこうも言った。

 「ならこうしよう。もしも収録が嫌になったら私が受け答えをする。君はただ聞き手に回ればいい。それならどう?」

 渋々という表情でニコは承諾した。






「ラジオ放送をお聞きの皆様!当ラジオ局人気一番の番組、『ラヂオな時間 -TWO WORLDS-』の時間がやってまいりました。本日は司会とサポーターが入れ替わり、普段は助手を務めさせていただいているわたくしニコがアナウンサーを務めます。そして今日はサポーターを務める、」

 「助手代理のニコと……」

 「こらニコ。もっと元気よく自己紹介しないと。リスナーの人に失礼だよ。」

 「わかったよ。助手代理のニコ。以上終わり。」

 「終わってどうするんだよ。まだ始まったばかりだよ?」

 「いいから始めよう。今日のゲストの方はこの国一の葉巻製造会社の社長さんです。今回はその社長さんから成功者になった秘訣を聞きたいと思います。」

 スタジオに入ってきたのは仕立てのいいスーツに身を包み、赤色のループタイを締めた葉巻を吹かす男だった。見るからに富豪と言わんばかりの男だが、ニコの表情には嫌悪の感情の色が濃く見られる。




「今回成功譚を話してくださるニールさんの登場です!ニールさんこんにちは!」

「どうもこんにちは!ニールです。」

「さっそくですが、ニールさんの経歴を大まかでいいので教えてください。」

「いいでしょう。私がどうして富豪になれたか紹介します。」

 頼んでもいないセリフをニールと呼ばれた男は話す。

「私は貧しい移民の子でした。十代の頃は大した財産もなく、自分は名も残せず死んでゆく人間だと思っていました。ところがある日自分を富豪に変える事件が起こりました。」

「どんな事件ですか。」

「マフィアのボスらしき男が私を憐れんでくれたのか、一本の葉巻をくれたのです。あの葉巻の味は今でも忘れられません。そして思いついたのです。こんなにおいしいものは需要がある。自分で葉巻産業を始めてみようと思い立ったのです。」 

「悪党のおこぼれが商売の始まりですか。」

ニコが軽蔑したように言う。

ニールは別段腹を立てる様子も見せず、

「彼らは慈善活動に熱心ですからね。私のような人間にも成功の種をくれた。」

そう自分の幸運を誇るように話す。

 「そこから先は必至で商売を始めました。葉巻の勉強、産地はどこが一番売れるか、価格の設定、流通ルートの確保、やることを上げたらきりがないです。ただそうした苦労があるからこそ私は成功者になれたのですよ。」

 「人一倍頑張ることが常に変わらぬ成功の秘訣なのですね。」

 「そうです!私は自分を救ってくれた葉巻が人に喜びを感じさせると信じ、会社を順調に

拡大させました。私の会社の葉巻のファンはどんどん増えていき、現在では喫煙率も向上して七十パーセントに増加しました。私の行動は人々に潤いを与えたのです!」

 ニコは軽蔑の色をもはや隠さず、

 「そして国を挙げての禁煙ブームが起きたんですね。」

 ニールは憎いものでも見るような視線になり、

 「まったく理解できない行動です。ある人物は『たばこは人体に有害だ。たばこのパッケージの面積の五十パーセントに赤字でSmoking is kill you. という表記を加えるべきだ。』と言いました。タバコが害だと?とんでもない!多くの人が安らぎを感じる商品にそんなことは書くべきではないとして、その人物を破産させました。」

 絶句するトムに構わず、ニールは続ける。

 「しかし、たばこが社会に有害だと主張する人は相変わらずいました。ある人は『青少年のために路上喫煙をやめるべきだ。』と主張し、路上喫煙を禁じる法律を作ろうとしました。路上喫煙をやめる?そんなことをしたらたばこの楽しさが味わえなくなる!私はロビー活動をして法案を廃止させました。またある時は『公共の灰皿をなくそう。』などという人が現れた。公共の灰皿をなくす?そんなことをするのはたばこをなくせと言っているのと同じだと思い、その主張をした人物も破産させました。」

 表情を鉄面皮にしたニコが尋ねる。

 「これまでどれだけの額のお金を禁煙防止のキャンペーンに使ってきたのですか。」

 「ああ。小国の国家予算五年分ほどですかね。」

 「……」

 「……最後に反論した人の主張は何だったんですか。」

 「あれは一年前、私の妻がたばこでお金を儲けるのは道理に反しているとして私に離婚を申し出てきた。結局あれと子供たちはたばこの楽しさを理解せず、出て行ってしまった。それっきり私に反論する人はいなくなったよ。いまでは清々している。私を救ってくれたものを理解しない人が全員消えたのだからね。」

 「この場でそれを言っていいんですか?」

 不意にニコが話し出す。

 「この放送は生放送です。あなたの意見が何の修正もなくそのまま発信されます。もしあなたの妻と子供たちのような行動をとる人が現れたら、あなたはこの国の全国民を敵に回すことになります。その時あなたはどうしますか?」

 悪魔の宣告のような言葉だった。ニールは獣に出会ったような表情を浮かべ、

 「わかったよ!出ていけばいいんだろう!二度と来るか!こんなラジオ局!」

 ニールは怒ってスタジオから出て行ってしまった。ガラス越しの収録室は騒然となるが、ニコは落ち着いた様子で、動揺しているトムに対し、

 「今日の結果は明日の新聞を見れば分かるよ。」

 と言う。トムはさっぱり分からない様子だった。










 翌日、新聞の一面には「有害産業への規制。本格的な論議が議会でスタート。」と書かれていた。コーヒーを飲むトムは震えた声で言った。

 「これ、昨日の生放送が原因だよね?」

 だがニコは特別関心は示さず、こう言い放つ。




 「間違いは正される。それが世の習いだよ。」





























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