第24話 一年生 五月
回廊を集団で進み、分岐のたびに互いに挨拶を交わしてそれぞれが別れていく。
「――なぜ
そんな間も絹の講義は続き、一年桜組の三人娘は首を捻る。
「そー。防人だけじゃないよ、撫子も
「そういえば、欧州の魔女や騎士でも銃を使う人は見た事ありませんわね」
首を捻っていた
「魔術の方が効率が良いからですわ!」
「んー、それじゃ三十点かな」
「魔物には効かないから!」
「合わせて六十点」
「もしかして、防人にも鉄砲が効かないから?」
「三人合わせて大せ~か~い」
絹は拍手して講義を続ける。
基本的に魔物には、
欧州の一部の国では、銃弾に刻印処理を施すという試みを行っているそうだが、現状では魔術や魔法による一撃の方が遥かに強力なのだという。
それだけならば、対人戦に銃が用いられそうなものだが、銃弾は魔術や魔法による結界を貫けず、人によっては
結局、銃は魔道の心得のある者にとっては足止めにしかならず、自然、使う者が居なくなるのだ。
「あれ? でもお絹さんの弓矢は?」
「弓矢は銃弾と違うからねー」
身体強化を行い、その延長で弓矢をも強化して放たれる一矢は、銃弾を遥かに超える一撃となるのは、先程、絹が実演した通りだ。
「銃をいくら構造強化しても、結局は火薬で放たれるものだからねぇ。詰め込める火薬量が限られる以上、どうしたって魔道の一撃よりは弱くなっちゃうんだよー」
そんな会話をしつつ、回廊を進み、やがて周囲の人もまばらになってきた頃、前方から戦闘音が聞こえてきた。
「魔物の甲殻なんかは、受付で買い取ってもらえるから、基本的に他の部隊や班の戦闘には介入厳禁ね。介入して良いのは、助けを求められた時と、魔物がこちらを標的とした時の自衛だけ」
その場合は、最終的にトドメを刺した方に魔物の残骸の所有権があるのだという。
戦闘を覗いてみると、上男の腕章をつけた五人組が刀を手に、狼型の魔物を取り囲んでいた。
肩高一メートルはあろうかという、鈍色の甲殻に覆われた魔物なのだが、
「あれがここでの一番の雑魚だねぇ。小鬼と戦闘経験のある紗江ちゃんなら、余裕なんじゃないかな。まあ普通は群れで出るから、一人だと危ないんだけどねー」
絹はなんでもない事のように言って、先に進む。
あまり長く戦闘のそばにいると、標的が移って巻き込まれてしまうかもしれないからだという。
やがて回廊はなだらかな下り坂となり、紗江達以外の人が居なくなったところで、絹はパンと両手を打ち鳴らした。
「この辺りから上層第二層でーす。そして前方に注目~」
手の平で示された先には、狼型を二匹連れた、陣笠を被った武者のような造形の魔物の姿。小鬼や狼同様、鈍色の甲殻に覆われ、黒色の粘液質の身を鎧っている。
白く光る眼の下で、裂けた甲殻が口のように開き、だらだらと涎のように黒色の粘液を滴らせていた。
「あれが本日の目標、陣笠くんでーす」
正確な種属名は陣笠武者なのだという。
「危なくなったら助けるから、まずは三人でやってみようか」
「はい!」
紗江達三人は返事して、目線を交わす。
三人での基本陣形は休み時間に打ち合わせ済みだ。
「お奏でなさい、
紅葉が自身を包み込む
片手に杖を片手にスマホを構えて、両手を前に突き出す。
「奏でて、
蘭もまた、
「響け、
鈴を転がすような音が辺りに響き、それが連続して高音域を奏でて自身だけではなく、紅葉と蘭をも包み込む、
「あ――」
の唄と共に鈴鉄扇を降れば、紅葉と蘭の士魂がより強く輝く。
「――選択、<火精>、接続!」
ひとつの接続詞で四つの火球が、紅葉の鉄杖の前に浮かび、
「……行くよ!」
蘭が地を蹴って陣笠目かげて駆けた。
紗江の
わずかに遅れて、
「そこですわ! 喚起!」
放たれた四つの火球が陣笠の左右の狼に炸裂する。
眼の色を赤の攻撃色に変えた魔物達が、ギャリギャリと不快な硝子を擦り合わせたような声を響かせ、三方から蘭に攻撃を仕掛けるが、彼女は後ろに跳んで宙返り。
紅葉が追撃の魔術を喚起し、陣笠からわずかに後退した蘭がスマホを取り出して、雷精を喚起する。
紗江が駆けた。
再び太鼓の打音。
紅葉の火精が左の狼を蘭の雷精が右の狼を捉え、甲殻を残して霧散させ、駆け抜けた紗江が開いた扇を縦薙ぎにする。
「あ――ッ」
高音を意識して放たれた唄は、陣笠をかち上げて宙を錐揉みさせる。
三度の太鼓音。
「今だ、おランちゃん、紅葉ちゃん!」
「――喚起!」
紗江の言葉に二人は頷き、魔術を連打で叩き込む。
紫電と爆発に彩られた陣笠は、地に落ちる頃には甲殻だけになっていた。
残心。そして吐息。
太鼓の音が最後に大きく響いて紗江の
「――おー」
と、絹が拍手すれば、蘭と紅葉は身体を震わせて紗江を見た。
「で、できましたわー!」
「すっごくバッチリ決まってた!」
「すごいすごい! 二人とも初めての戦闘なのにすごい!」
三人は輪になってハイタッチを交わす。きゃあきゃあ声をあげて喜び、抱き合った。
「なんですのなんなんですの? 紗江さんのアレ! いつもより魔術の喚起が上手くできましたわ?」
「うん、身体もすごく軽くなってたし、パンチの威力も上がってた!」
紅葉と蘭が不思議そうに問えば、紗江はよくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を張る。
「ほら、わたし、
それはシロカダ様に課せられた神器を扱う為の課題なのだが、みんなには言えないので、そういう鍛錬なのだと伝えていた。
「それなら丁度いいって、おばあちゃんが教えてくれた新しい魔法でさ、
今回で言えば、紅葉は魔術を、蘭は身体強化が強化されて、二人はそれを実感したという事だ。
「ああ、それで咲良ちゃんは紗江ちゃんを中衛にって言ったんだねー」
味方を強化できる紗江を中央に置けば、前衛後衛全員を
絹は咲良の思惑に気づいて納得したように頷いた。
「けっこう集中する必要があるから、あんまり人数が多いと破綻しちゃうんだけどね」
そもそも高音域を維持するのが難しいのだ。例えるなら息継ぎなしで泳ぎ続けるような感覚。
味方の強化をするあの魔法は、それに加えて他者の魔道器官に触れる必要があり、息継ぎなしで泳ぎ続けながら、知恵の輪を解くようなものだと紗江は考えていた。
「今年の一年は本当に頼もしいねー。お姉ちゃんも負けてられないなぁ」
それから四人は魔物の残骸を回収し、両手も埋まっているからという事で帰還する事にした。
帰り道でも一年三人娘の興奮は冷めやらず、新たな陣形や、絹や他の先輩を交えた場合での立ち回りを話し合い、絹はそれを暖かく見守りながら歩を進め、四人は無事に
ちなみに魔物の残骸は受付で買い取ってもらって五千円になり、部隊のお茶請け代に備蓄される事になった。
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