第16話 一年生 GW

「――なんだよ、もー。おまっちゃんてばさー」


 屋敷への前庭を歩きながら、紗江は茉莉まつりに肩をぶつける。


天恵あめ先輩と知り合いなら、教えてくれれよかったじゃーん」


 本当に水臭い。


「いや、ワシとしては、おヌシらが知り合いだった事の方に驚いとるんじゃからな?」


 茉莉は白いツインテールを胸の前で合わせて、モジモジ。


「ワシは中等部からの持ち上がりじゃからの。天恵様の帰宅部には興味があったっちゅうか……」


「卒業した先輩と、茉莉君は親しかったんだよ。その先輩も技術畑の人でね。穴埋めに声をかけさせてもらってたんだ」


 天恵が事情を説明すると、茉莉はコクコクと頷く。


「それを言ったら、わたくし達としては、いつの間にか他組にお友達をお作りになってらっしゃる紗江さんに驚いてるんですのよ?」


「うんうん。紗江ちゃんは懐に入るのが早すぎると思う」


 紅葉もみじらんがつっこむ。


 そうこうする内に屋敷にたどり着くと、環は玄関入ってすぐの宴会用座敷に一行を案内した。


「皆様、個室より一緒が良いという事でしたので、こちらにお泊りください」


 彼女がそう声をかければ、面々は荷物を置いて、欄間らんまふすまに彩られた座敷を見渡す。


「それにしても大きなお屋敷ですわね」


「やっぱそう思うよね?」


 紗江が同意すると紅葉と蘭が首を縦に。


「あたしの家、央洲おうすだけど、アメリアからの移民家系だからこんなおっきくない」


「わたくしの実家も、帝都ですし、欧州建築なのでここまで広いのは初めてですわ」


「だよね? ウチもあそこの中庭に収まるくらいの普通の一戸建てだったよ。

 天恵先輩とおまっちゃんはどう? 二人は華族だから慣れてる?」


 問われて茉莉は肩を竦める。

「ウチは居住区より、工房や蔵がでかい造りじゃな」


 さすが技術一門だ。聞けば、穂月家の蔵サイズのものが五つもあって、今もひとつ新たに増築しているのだという。


「ボクは離れ暮らしが長かったからね。確かに本家屋敷は広かったけど、中に入ったことはあまりなかったから、比べるのは難しいかな。

 絹君は慣れてるんじゃないか?」


「お絹さんも華族?」


「ううん、飛騨の士族なんだけどね~。明治の初めに医療と紡績で成功してね、その頃にお屋敷を構えたの。だから、ここまで古いお屋敷っていうのははじめてかなぁ」


 頬に手を当て、絹はおっとり応える。


「――まあ、ウチも建て増しやら建て直しやらしてるからね、見た目ほど古くはないんだけどね」


 そう言って現れたのは、背後に莉杏と咲良を伴った祖母、静江。


 不意に現れた女伯に、みんな崩していた足を正座させて、彼女を振り仰ぐ。紗江もつられて正座だ。


 咲良と莉杏も一同の後ろに正座すると、祖母もまたみんなの前に腰を下ろし、

「改めて、みんなには紗江の事で心配をかけたね。感謝するよ」

 と、頭を下げる。


「連休中は、精一杯もてなさせてもらうからね。ゆっくりくつろいで、学業の疲れを癒やしとくれ」


 そう言うと、彼女は膝を崩すよう言って、自らも楽にしてみせる。


 いつの間にか離れていた環がお茶を運んできて、一同はほっと一息。


「そういえばおばあちゃん、あの子は?」

 紗江は四つん這いで祖母の横に行き、そう訊ねた。


「今、シロカダ様のトコに行くために、準備させてるよ。一服したら、出る予定だ」

 紗江はうなずき、うしろの友人達を振り返る。


「みんな、この後の予定だけど、わたしちょっと裏山に行かないといけないんだけど、みんなはどうする?」


 そう問えば、蘭と紅葉が手を挙げる。


「その事なのですが、先輩方にぜひお願いがありますの!」


「あたし達に魔法を教えて欲しい。先輩達、お願い」


 二人の言葉を聞き、たじろぐ上級生達をよそに、静江は煙管に火を付け、紫煙をひと吐き。楽しそうにニヤリと笑った。


「面白そうだね? そりゃまたどうしてだい?」


 女伯の顔でそう問えば、二人は背筋を伸ばして静江を見つめ返す。


「あの夜、わたくし達は無力でしたわ。大切なお友達の一大事に、ただ待つしかできないこの身が口惜しかったのです」


事象干渉領域ステージを開けない魔術士じゃ、突発インスタント異界災害ダンジョンじゃ役立たず」

 紅葉の言葉を引き継いで、蘭が続けた。


 すでに固定化された異界ラビリンスと違い、突発異界災害内は瘴気アンチに満ち溢れていて、精霊がほぼおらず、魔術を喚起できない。

 そのため、突発インスタント異界災害ダンジョン内での戦闘は、まず魔法使いが事象干渉領域ステージを開いて瘴気を押し流し、精霊を喚ぶのが基本戦術なのだ。


「ふむ、続けな」


 静江が煙管を燻らせて、先を促す。


「部隊に所属するんだから、足手まといにはなりたくない」


「誰かを助けるための部隊で、誰かに助けられるような無様を晒したくないのですわ」


 二人が言い切り、静江が目を細め、重い沈黙が降りる。


 やがて静江は煙管を灰皿に打ち付け、にこりと相好を崩した。


「よし、なら私が稽古をつけてやろうじゃないか」


「――よろしいのですか!?」


 食いついたのは咲良だ。


「よろしいもなにも、あんたらは見た所、よくて師範代だろ? まったくの素人に教えるのは慣れてないだろう? 変な癖でも付いたら、この子達が可哀想だよ」


 ひと目で実力を見抜かれて、上級生達は押し黙る。いや、咲良だけは違った。


「そ、それなら私にもお願いします! 穂月の魔道の一端、ぜひご教授を!」


 珍しく興奮した様子で食いつく咲良に、静江は鼻で笑って頷く。


「大方、おタマに差を開けられて、焦ってるってとこかい? まあいいよ、この際、全員の面倒を見てやろうじゃないか」


 紅葉と蘭が手を取って喜び、咲良が拳を握りしめてガッツポーズ。天恵と絹も平静を装っているが、こころなしか嬉しそうだ。


「そんなわけで紗江。私はこの子らに稽古を付ける事になったからね、シロカダ様のところにはお前だけで行っとくれ」


 紗江はうなずきで返す。「おばあちゃん、単に山歩きが嫌だっただけなんじゃ?」と思わないでもないが、それは内心だけに留めておく。


 一方、静江の言に目を輝かせたのは、茉莉だ。


「シロカダ様? 上洲かみす伝承に出てくる、貴属きぞくの?」


 次いで、貴属という言葉に莉杏先生が反応する。


「貴属というと、旧き者……いらっしゃるのですか?」


 二人の食いつきに驚きながら、紗江は祖母に視線を向けるが、反らされた。


「いらっしゃるというか、引き籠もってるというか……まあ、ウチの古いご先祖様でね」


 そう応えれば、茉莉と莉杏先生の驚愕の声が屋敷に響いた。

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