第6話 一年生 春
時間が押している事もあって、積もる話もそこそこに、紗江は咲良と別れて一年桜組の教室に向かった。黒板に描かれた席順を頼りに辿り着いた座席は、四列五段のうち、窓際からひとつ横の最後列だった。
「惜しい。主人公席じゃなかったか」
撫子を目指す身とはいえ、紗江も年頃の女子。ゲームもアニメもラノベだって大好きだ。
残念そうに当の主人公席を見ると、そこには早くも両手を枕に突っ伏して眠る猫がいた。
いや、正確には
制服の上からパーカーを羽織って眠る彼女の頭は、猫のような耳が生えていて時折、ピクピクと動く。
(うわぁうわぁ、
よく見回してみると、教室内には他にも狐耳やら兎耳やらを生やした獣属だけでなく、額から角を生やした鬼属も居るのだが、紗江は初めて見る猫属に心を鷲掴みにされてそれどころではない。
(お耳ピクピク……触りたい。尻尾もサラサラでうにょうにょしてる……触ったらダメかなぁ)
猫カフェで一目惚れしたようなそれを内心で呟きながら、よだれが垂れてないかこっそり確認する。
内地生まれ内地育ちの紗江は、これまで獣属と接する機会に恵まれなかった。
精霊の動きに敏感な彼らは、家伝――現代魔術機器の氾濫する都会を好まず、どちらかというと地方――特に自然の多い田舎を好む傾向にある。その為、紗江はそういう人達も居るとは知っていても、実際に会う機会がなかったのだ。
(ああ、手が勝手に吸い寄せられる……)
欲望に促されるままに紗江は指を伸ばし、隣の席で居眠りを決め込む猫属の少女の揺れる尻尾をキュッと握った。
途端――
「――にゃああぁぁぁッ!?」
悲鳴と共に身を起こしたかと思うと、黒猫の少女は机の上に飛び乗って、両手足をついて警戒するように周囲を見回した。一瞬の出来事だ。まさに猫のようだった。
驚いてポカンとしている紗江と、髪を逆立てた少女の目が会う。だが、紗江はしたたかだった。
「わたし、穂月紗江。一目惚れです。お友達になってください!」
相手が何か言い出す前にたたみ掛けるように握手を求めて右手を突き出す。
「ふえ? ええ?」
状況を飲み込めず、机の上で首をひねる少女に、紗江は更に押しの一手を繰り出す。
「あなたのお名前は? 碧の目が綺麗だね」
「え、えと、
紗江が勝利を確信した瞬間だった。名乗りあったらだいたい友達だ。
「おランちゃんって呼んでいいよね? わたしの事は紗江って呼んで。あ、愛称つけてくれても良いよ。よろしく、おランちゃん」
「よ、よろしく、紗江ちゃん」
差し出された右手を両手でホールドして、シェイクすれば、もう親友と言っても過言ではないだろう。黒猫属の親友、ゲットだぜ。
蘭はようやく机の上に乗ったままだと気づいたのか、気恥ずかしげにして降りて、違和感が残るのか尻尾を撫でて毛づくろいを始める。
「おかしいなぁ、尻尾触られた気がしたんだけど」
首を捻って呟いているが、紗江はあえて聞かなかったフリだ。
「よく寝てたからね。夢でも見たんじゃないかな」
「そうなのかなぁ。この席って、日当たり良くて眠くなっちゃうんだよねぇ」
毛づくろいを終えて机に両手をついて、背を膨らませる猫属独特の伸びをする蘭に、紗江はニコニコ。乗り切ったぞ、と内心ガッツポーズだ。
そこへ別の生徒がやってくる。
見事な赤い長髪を波打たたせた彼女は、紗江の机の前に立つと、腕を組んで紗江を見下ろす。
「――穂月の跡取り娘って貴女ですの?」
「そうだけど、そういう貴女はナニちゃん?」
へらっと笑って彼女を見上げる。
真っ赤な髪は、きっと幼少期から火精に慣れ親しんできた影響なのだろう。となると現代魔術士。中でも火精に秀でた御家をいくつか頭の中でリストアップしていく。
「
脳内の御家リストで、四ツ橋財閥門下の魔術家系がヒットする。
ふふんと鼻を鳴らして見下ろしてくる紅葉に、紗江は蘭にそうしたように右手を差し出す。
「わたしは穂月紗江。四ツ橋には、ウチの甲冑でお世話になりました。これもご縁だし、紅葉ちゃん、お友達になりましょう。よろしくね」
にっこり笑って強引に右手を取って握手。これで友達だ。
「え? そ、それはこちらこそ、お買い上げありがとうございます? じゃなくて、貴女、もう甲冑を持ってらっしゃるの? でもなくて、ええ!?」
「紅葉ちゃんの髪って綺麗だね。わたしは地味な黒だから羨ましいよ。お家の会社って、魔術アプリをいっぱい出してるんだよね? わたし、最近までスマホ使えなくて、アプリとか色々教えてくれると嬉しいな」
「え、ええ。毎朝、メイドが梳かしてくれてましたの。明日からは自分でやらないといけないと思うと、不安ですが……アプリに関しては、学校にも攻性魔術アプリを卸しておりますから、聞いて頂けましたら教えて差し上げてもよろしくてよ」
「ホント!? 助かるよぉ」
そうして両手でホールドしてシェイクすれば、もう親友だ。二人目の親友、ゲットだぜ。
「――じゃ、なくて!」
シェイクの勢いそのままに紗江の手を振りほどく紅葉。
「む、往生際が悪い」
「なんですの?」
「いや、別に」
「そんな事より、紗江さん、貴女――」
そこまで言いかけたところで、蘭が二人の肩を叩く。
「ねえ、入学式始めるから、講堂に移動だって。行かないと怒られるんじゃないかなぁ」
見ると、クラスメイト達はぞろぞろと教室から出ていこうとしているところで、
「し、仕方ありませんわね。紗江さん、あとでお話がありますから、逃げずに待ってるんですわよ」
「え、親友飛び越えて、まさかの告白!?」
「紗江ちゃんも、あたしに一目惚れーって告ったよ?」
「やっば! 嵐の三角関係じゃん」
「――紗江さん!」
紅葉が叫ぶのを尻目に、紗江は蘭の手を引いて、逃げるようにして教室を飛び出した。
入学式は中学の時とさして変わらず、校長や偉い人の長い話が続き、祝福されているのか説教されているのかよくわからない空気を醸し出してきた頃に、各クラスの担任紹介があり、校歌斉唱があって終わった。途中、理事の一人として、静江が登壇して「撫子心得」を元に一発ブチかまし、居並ぶ女生徒達を陶酔させていたが、身内の紗江としては誇らしいのか恥ずかしいのか、どんな顔をしていいのかわからず、膝頭を見つめてやり過ごした。
その後、新入生は校庭に集められ、体力測定と魔道測定が行われる事になった。全寮制の為、入学式を終えた後もカリキュラムを詰め込めるのだ。
体力測定を行い、昼食をとって、午後からは魔道測定。その後、寮に入るという流れなのだと測定の補助をしてくれる上級生から説明があった。
「体力測定は身体強化なしでの、純粋な体力を測るから、魔術もなしねー」
という上級生の言葉に、新入生達が「えぇー」と応える。様式美だ。本気で嫌がってる者などいないと上級生もわかっているから、すんなり受け流して、説明を続ける。
「不正防止に封喚器を着けてもらうから、みんな取りに来て」
グラウンドに置かれた机の上に、精霊による事象干渉や魔術の喚起を封じる腕飾りが置かれている。小粒な水晶がはめ込まれた親指の爪ほどの青銅板の左右に、紅白の組紐が結わえられたものだ。
紗江は蘭と二人並んでそれを取りに行き、うまく巻けずにいる彼女を助けて巻きつけてあげた。うん、友達っぽい。
そんな二人の元に、紅葉がやってきて、
「――紗江さん、勝負ですわ」
と右手を紗江に突き出してくる。
「あ、紅葉ちゃん、封喚器、ちゃんと結べてないよ。それじゃ途中で落ちちゃう。結んであげるね」
その手を捕まえて、一度組紐をほどくと、締めすぎないよう気を遣いながら、結い直した。
「あ、ありがとうございます。
――ではなくて、紗江さん勝負ですわ!」
「やり直すんだ」
蘭がぽそりとツッコミを入れるが、ギロンと睨まれてそっぽを向く。
「勝負っていってもさぁ」
紗江は頬をぽりぽり肩を竦める。
「わたし、体力測定はともかく、魔道測定じゃド底辺。総合評価でも底辺レベルだと思うよ?」
「手を抜くおつもりですの!?」
「や、そうじゃなく。単純に実力って話でね。まあ、見てればわかるよ」
そうして始まった体力測定で、紗江は可もなく不可もなく、中程の成績を出し続けた。唯一、毎朝習慣にしているジョギングのおかげか、持久走だけは上位に滑り込むことができたが、どの測定でも上位に食い込んでいた紅葉に比べれば、大したものではない。
わかっていた事だが、ちょっぴり気持ちが沈んだ。
激しい運動には、まだまだ身体がついてきてくれない。
お昼になり、上級生にともなわれて食堂に向かう。
蘭と一緒に食券を買って列に並べば、どうして良いのかわからずおろおろしている紅葉の姿があった。蘭に席の確保をお願いし、紗江は列から外れて紅葉の元へ向かう。
「お嬢さん、お困りでしたら、このわたくしめにエスコートさせて頂けませんか」
低めの声を作ってそう切り出せば、あからさまにホッとした表情を浮かべた紅葉は、それでもすぐに腕組みして鼻を鳴らした。
「そ、そこまで言うなら仕方ありませんわね。お願い致しますわ」
耳まで真っ赤になっているのが可愛い。
券売機の使い方を教え、財布の中に諭吉先生しかいらっしゃらなかった紅葉の分を紗江が野口先生で立て替え、二人でトレイを持って列に並ぶ。あとになった分、進みは早く、あっという間に受け渡しカウンターまで来た。
午前中に式典での気疲れと運動のコンボで消耗した紗江は、がっつりカツ丼を選択。紅葉はメニューの中で唯一知っていると言っていたミートパスタだ。食券をおばちゃんに渡して料理を受け取り、紅葉もそれを真似てパスタの皿をトレイで受け取る。おばちゃんにお礼を言って食堂内を見回せば、手を振って場所を知らせてくれる猫耳の蘭の姿。
さすがに一人では不安だったのか、紅葉は黙って紗江の後ろにくっついてきて、蘭の隣に腰掛けた紗江の、その正面に陣取った。
お友達と一緒にお昼。うん。友達っぽい。
三人とも良家の子女らしく、両手を合わせて頂きますを言い、お行儀よく黙って食事を進めると、お茶を飲んで一息。ごちそうさまを言ってから、紅葉はおずおずと切り出す。
「ねえ、紗江さん。あなた、
「それがお話ってやつ?」
頷く紅葉に、思わず脱力する紗江。おどけて見せていたが、御家同士の因縁があるとかそういう話だったらどうしようと、身構えていたのだ。
「今朝、見ましたのよ? 憧れの守陵様と、手に手を取っての逃避行!」
「あー、あれかぁ」
どうやら紅葉も咲良様フリークらしい。同志だ。だが、ここでヘタに拗れると、同志でも友達でもなくなってしまう。むしろ敵認定だ。
「貴女、鎌倉生まれの鎌倉育ちでしょう? 守陵様は宮城ですし! どこに接点があるんですの?」
「さすが紅葉ちゃん。御家の事情をよくご存知で」
「茶化さないでくださいまし! わたくしもう、悔しくて悔しくて。あの守陵様があんなにも親密そうに――」
「はい、ストップ。紅葉ちゃん、そんな咲良様が好きならさ、会ってみる? 今日、放課後に会う予定になってるんだよね」
「へ? えええ!?」
唐突な申し出に、顔を真っ赤にして驚きの声をあげる紅葉。そんな紅葉をスルーして、紗江は続ける。
「接点ねえ。さすがの紅葉ちゃんも、美咲お姉ちゃんの交友範囲までは知らないか。直接会った事は数えるほどだって、咲良様も言ってたし」
「どういう事ですの?」
「わたしの叔母さん、穂月美咲と咲良様が友達だったんだよ。その繋がりで、面識があったの」
「その割に、親密だったような」
まだ訝しげな表情。
だが、これ以上突っ込まれると、話してはいけない内容にまで触れてしまう。
「まあ、ウチの叔母さん、失踪中だからね。それもあって、気を遣ってくれてるんだと思うよ。
そんな事より、紅葉ちゃん、会いたいの? 会いたくないの?」
強引に話題を反らして紅葉に問いかければ、
「・・・・・・会いたいですわ」
うつむきながら、小さくそう応えた。
「オーケイ、同志紅葉。その願い、叶えて見せましょう」
親指立ててウィンクしてみせる紗江。
「なんかよくわからないけど、よかったねえ。紅葉ちゃん」
食後なのもあってウトウトしていた蘭が、話がまとまったと察したのか、そう言って微笑みながら、くあっと大きくあくびした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます