31 そ、その……1番美味しかったのってどれだ?
はみ出るユメミーくんを見て見ぬ振りした悠貴は、アイリに促されるまま、ソファーへと身を委ねた。
「悠貴、ちょうど今プリンがあるんだ。試作品だが結構な手応えを感じてる」
そう言ったアイリはキッチンに置かれた冷蔵庫をガチャリと開けて、銀色のバットに置かれたガラスカップをローテーブルまで運んでくる。
「昨日の夜、新しい挑戦も兼ねて作ってみたんだよ。初めて作るから不安だが……プリン嫌いか?」
「ううん、プリン好き!」
ニパッと明るい表情を見せる悠貴は、ゆっくりとスプーンをプリンへと沈めていく。
なめらかな生地にスーッと馴染むように、容器の底へとスプーンが到達する。
「いただきます!」
「おう、召し上がれ」
生地にとろりと絡んだ、黄金色のカラメルソース。溢れないように素早く口へと運び、じわぁっと解けていく口溶けに驚きを隠せない悠貴。
「うまっ! この出来で初挑戦……!? ていうかもしかしていつも用意してくれてるお菓子って手作り?」
「気付いてなかった!?」
「ごめん、美味すぎて市販だと思ってた」
悠貴のまっすぐな言葉に顔を赤らめながらプリンを頬張るアイリは、あまりの嬉しさに悠貴を直視できなかった。
「そ、その……1番美味しかったのってどれだ?」
「どれも美味しかったけど、マカロンかな。元々好きってのもあるけど、あれは今まで食べた中でダントツで1番だった」
この後、必死にマカロンを研究したアイリだった。
♡♡♡
アイリ宅でプリンを食べた翌日。ユリオスは現在、厄介な俺様王子に絡まれていた。
「ユリオス! おめでとう、君は明日俺様と決闘することが決まったぞ」
「辞退で」
「そんなシステムない。いいか? これは俺様に認められたらすごい報酬がある、特別な決闘なんだ。断る理由無いだろ?」
「辞退で」
突如決められた、ルークとの決闘。楽しげに弾む声でユリオスに話しかけ続けるルークは、気付けば1年の教室がある階まで、それもユリオスの教室前までやって来ていた。
「決定事項なんだこれは」
「辞退で」
「お願い今回は諦めて!?」
「辞退で」
ルークに話しかけられてから、ユリオスはずっと同じひと言しか繰り返していない。
そんな様子を察してか、1人の凄腕教師が助け舟を出した。
「ユリオスこれはプリンスナイトの、従者を4人以上持つ者の運命なんだ。諦めてルークに認められとけ」
ニマァっと嗜虐的に笑いながら言うアイリは近付きながら、トントンとユリオスの肩を慰めるように叩く。
「そうだユリオス、受け入れるんだ! 1年でそこまで従者がいるのは偉業なんだぞ!」
(アイリが言ってた、『あれが来る』ってこいつのことだったよかよ。いらねぇ……イベントでもマシなの来いよ)
はぁ……とため息を漏らすと、両目を潤わせてルークを上目遣いで見つめる。
「ルーク先輩……僕のこと認めてくれませんか?」
「うぐっ、仕方ないなぁ……じゃないじゃない!! 戦って認めさせろ! 俺様としたことが、絆されるところだった」
破壊力の高い、恋子直伝の上目遣いアッパーおねだり。男のユリオスが使ってもルークを絆せるほどの威力はある、優秀な技だ。
「分かりましたよ、渋々ですよ」
「そうこなくてはな! 明日、楽しみにしてるからな!」
ルンルンと弾むステップで廊下を駆けていくルークは、女子生徒からの黄色い歓声を浴びながら2年の教室へ戻って行く。
「早い段階で来たな決闘の申し込みが」
「これって恒例行事なん?」
「ああ、だが後期辺りで来ると思ったんだがな。それほど期待されてるってことだ」
「恒例がどうとかはこの際どうでもいい、面倒ごと持ってきたあいつは徹底的にぶちのめす」
必ず一撃で仕留めて恥をかかせてやろう。そう心に誓ったことが、後にユリオスをもっと面倒ごとに巻き込んでいくことをアイリだけが確信していた。
「ユリオスくーん! 早く教室入って! そろそろやばいよ!」
焦った雰囲気のシオンは、背後に威嚇モードの恋子がいることを気にもせず教室に入るように指示を出した。
と同時に、数十のバタバタと騒がしい足音が響き渡ってくる。
「ユリオス様、明日への意気込みを聞かせてください!」
「門前の張り紙見ました!」
「明日のためにハチミツ漬けレモン持ってきました!」
「シャャャャァアアア!!」
突進してくる女子生徒に押され始めた恋子たちは急いで、ユリオスが前にいる教室へと駆け込もうとする。
威嚇し続ける恋子の手を引き全力ダッシュをしだしたシオンを見て、ユリオスとアイリは只事ではないと確信した。
「ユリオス、一旦入れ! シオンたちも急いで入れ、ここはアタシに任せ――あぁぁぁぁああ!!」
教室に逃げ込んだ3人だが、暴走する女子生徒を食い止めようとするアイリは突進してくる暴徒に流されていった。
「……アイリ先生大丈夫かな」
「あの女子生徒たちは多分反省文地獄を見るのは確実だろうね」
「シャァァァァ!」
「恋子落ち着いて」
教室で一呼吸おくユリオスたちは恋子を落ち着かせながら、女子生徒の無事を祈る。
「で、シオンあれなにがどうなったの?」
「門前とか校舎の至る所に、『ルークVSユリオス! 明日に迫る!』って張り紙がされててね」
呆れるようにため息を溢すシオンは、苦笑いしながら言葉を続ける。
「ついさっきルーク先輩がユリオスくんに宣戦布告に行ったって聞いたみんなが押しかけたんだ。押しかけられるの多いよねユリオスくん」
「気のせいでしょ、それにしてもみんな耳が早いね。そんなチラシだれが貼ったんだろ、僕もさっき聞かされたからね」
誰があんな事態を引き起こすきっかけを作ったのか。そんな疑問に悩まされている最中、ボサボサになった髪のアイリが目を血走らせて教室に帰還する。
「あんのバカ泣かすぞ……ユリオス!」
「その前に身だしなみ整えましょうか」
体に触れないように着崩れたジャージの前をシャーっと上げていくユリオスは、携帯しているコームでアイリの髪を整える。
「ジェラシー!!」
♡♡♡
賑わうコロシアム。観客席に悠々と手を振りファンサするルーク。少し身を震わせ棒立ちするユリオス。
「おや? 怯えてるのかなユリオス。まぁ仕方ないさ、相手がこの俺様だからな!」
「違うっすよ、あんた怒らせちゃダメな相手を怒らせたっすよ」
「……え?」
悠然と立っていたルークだったが、ユリオスの怯えようから大まかな事態を悟った。
「も、もしかして……あの人か?」
「……」
無言で端のベンチを指差すユリオス。その指の先には怒りのあまりか、フシューッと息を吐きながらその目には怒りを滲ませているアイリがいた。
「チラシ貼りまくったのルーク先輩らしいっすね。あれのせいで暴走した女子に巻き込まれたあの人、カンカンっすよ」
「いや、そのほら……盛り上げた方がいいかなって……思った、だけでその……」
「なにどもってんすか、らしく無いっすよ」
焦りを隠せないルークは言葉にキレがなく、いつもの威圧さを感じない。
物珍しさからか、ユリオスは気持ちばかりウキウキして見えた。
(1発で決める……! そのために昨日は地獄を見た。絶対成功させるぞ)
キョドりながら剣を構えるルークに対して、ユリオスはしっかりと息を整え奥義の体勢をとる。
息を吐きながら、ユリオスは昨日の地獄を思い返す。
重りを付けた木剣を振り回して、筋力を上げるトレーニング。腕の筋繊維をブチブチに引き裂いて、回復しきる前にまたブチブチに痛めつけていく。
腕が上がらなくなったら、次は脚におもりをつけさせられてウサギ飛び。ここでもまた筋繊維をブチブチに引き裂く。
ウサギ飛びをしている間に、アイリの知り合いが特殊調合した漢方薬で腕の筋繊維を回復させる。それの繰り返し。
1日で過酷なトレーニングを強要されるユリオスの心は折れかけた。だが、凄腕教師の一言でユリオスは闘志を奮い立たせた。
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