32 最高の結末は、いつだって苦痛の先にある
「最高の結末は、いつだって苦痛の先にある」
アイリから言われた言葉を口ずさむユリオスは、勢いよくルークに先手を打った。
「メイ流奥義――煌きお嬢様一閃」
脳筋に鍛え上げられた強靭な肉体から繰り出される、人間離れした居合い。
その場から動くことのなかったユリオスからの一撃で、見事粉々に粉砕されるルークの木剣。
あまりの勢いに焼き切れるソードホルダー。添えていた左手は摩擦によって怪我を負い、鮮血がジワッと滲みポタポタと地面へと垂れている。
「何が……起きた? 俺様もユリオスも動いてなかった」
「僕の奥義は出し方が2つあるんすよ。1つは風圧で牽制するパターン。もう1つは一瞬で間合いに入ってから剣を素早く振るパターン」
今回ユリオスが使用したのは、風圧で牽制するパターン。シリウスからティアラを奪ったのは別のパターンだが、当然今ほどの威力はなかった。
「昨日アイリ先生にルークを泣かせろって言われて本気でしごかれたんすよ。だから奥義の威力も格段に上がってるっす」
木剣を構え直すと、ニヤッと笑う。
「と言うわけで本気で行くっすね」
「降参だ! 剣が無くては試合にならないからな、俺様の完敗だぜ」
泣くまで攻撃し続けようと息巻くユリオスだったが、ルークがあっさりと負けを認めたことで、握られた木剣は行き場を無くす。
「え、ルーク様が降参……? ユリオス様の勝ち!?」
「ユリオスやべぇ!」
「ルーク様も潔く負けを認めるなんて素晴らしいですね!」
徐々に盛り上がりを見せていくオーディエンスたち。ルークも潔さを評価されている。だが、ユリオスは気付いていた。
「ルーク先輩なにが目的っすか? わざと負けたりなんかして」
「さっきも言ったが、剣がなければ試合にならんだろ? 俺様は剣でしか戦えんしな。それに……勝つのが目的じゃないからな」
悔しげな表情を見せながらも、優秀な後輩が現れたことにどこか喜んでいるようにも見える。
「ユリオス・リリー! 君の実力を認め、生徒会へ勧誘する。ぜひその力を生徒のため、学園のために活かしてくれ!」
コロシアムの全体に響き渡るように大声で言われたセリフ。オーディエンスはしばらく沈黙すると、また徐々に盛り上がっていく。
「さすがユリオス様ですわ!」
「ユリオスがもう生徒会入り!? 何者だよ! 凄すぎるだろ!」
(ただのゲーム機なんだよなぁ……)
当人を置いて盛り上がり続けるコロシアム。ベンチに座る恋子とアイリも笑みを溢している。そのことから、これはとても光栄なことなのだと理解したユリオス。
そして、理解した上で……。
「辞退で」
「「「嘘だろ!?」」」
会場が一体となり、ユリオスの考えを改めさせようとする声が降り注ぐ。
「おい……ユリオス、俺様が嫌いって理由で断るならやめておけ。勿体無いぞ」
「いや別にルーク先輩が理由じゃないっすよ、恋子との時間減りそうだなって」
「……もしかして生徒会の制度を知らないのか?」
自分が理由じゃない=嫌われていない。と処理して誇らしげに笑うルークは、生徒会をザッと説明した。
「え、生徒会ってペアで入れるんすか!?」
「ユリオス、バイク通学も通るかもしれんぞ?」
ベンチからアイリに言われた言葉でユリオスの決意が固まった。
「恋子と離れる必要がなくなる上に、バイク通学も!? 入ります!」
「そうこなくてはな、さすが俺様が見込んだプリンスだ」
「ヒューヒュー!」
プロポーズとも取れそうな『恋子と離れる必要がなくなる』という言葉に、コロシアムはまた盛り上がった。そして恋子本人は、『恋子との時間減りそうだなって』の段階で昇天していた。
アイリに膝枕される恋子に視線を送り、呆れるように笑うと、ユリオスはコロシアムの観客席に向けて誠意を示すように深く頭を下げた。
「生徒会の名に恥じないように誠心誠意、全力で励んでいきます!」
☆☆☆
「悠貴くんさっきの不意打ちヤバすぎる! そんなに私のこと好きになっちゃったぁ?」
ゲームの世界から帰還した恋子は、興奮気味に息巻いた。そしてニマニマと笑みを浮かべ、揶揄うように言う。
『ペアっていつでも変えれるらしいぞ』
「ごめんなさい冗談です勘弁してください……」
今日も今日とて画面を拭く準備だけは完璧な恋子は、画面に向けて謝罪する。
机には、スタンドに置かれた
最近はこの6つで創意工夫している恋子だが、悠貴は不満なようで。
『いつも言ってるけど雑巾と霧吹きって窓掃除でもするつもりなのかよ』
「違うってば! ちゃんと濡らしたら大丈夫だと思うんだよ! だから雑巾使わせて!」
『クロス用意してるならそれ使え!』
恋子は雑巾でも濡らせば傷付かないと考えているようだが、ユリオスは断固として拒否していた。
「もぉ仕方ないなぁ」
渋々といったような表情でクロスを握ると、シュシュっとアルコールを吹きかける。
『ぬぁぁああ! 全体的になんか染みる!』
「オーバーリアクションでびっくりさせないでよー。毎回心配になっちゃうじゃん」
『心配になるならアルコール濃度低いやつにしてくれ。ガチで』
毎度アルコールを吹きかけられるたび、目ではないがどこかが染みる。ジワジワと体全体に広がる痛みに悶えながらも、恋子からはオーバーリアクションだと言われる始末。
(ゲーム機の苦しみはゲーム機にしか分かるまい……いつも拭いてくれてありがとうございます)
画面の向こうで揺れる脂肪の塊に絆されながら心を落ち着ける悠貴は、(この尊さもゲーム機にしか分かるまい)などと噛み締めるように堪能した。
「にしてもプリ学、結構いろんな要素出てきてるよね〜」
『そうだな、恋子が休みの日は一気に何週間か進めるしだいぶ進展するよな。向こうの世界の季節感わかんねぇけど』
「楽しければいいんだよ!」
恋子が生活する世界ではまだ1ヶ月ほどしか経っていないが、プリ学はもう数ヶ月は経っている。進級の話などが出てこないことを疑問に思うが、恋子は今が楽しければそれでいいとまとめた。
「よし! もう少し遊ぼう悠貴くん!」
『またプリ学行くのか?』
「違うよ、実はやってみたかったことがあるんだよねー」
言うと、カチャカチャと素早くボタンを操作してアプリを立ち上げた。
『優しくして!? ゲーム機は丁寧に扱おうな?』
「はいはーい」
☆☆☆
何かに噛み潰されたような骨が足下に転がる、薄暗い洞窟。隙間から小さな木の根が生えたようなでこぼことした石の壁に囲まれたここは、カイハンの世界。
『おい正気か!?』
「いぇーす!」
ふふふんと鼻歌混じりに返事する恋子は、自室のベッドに腰掛ける。
そしてスティックを前に倒し、悠貴を物音がする方向へと動かしていく。
『ちょっとまてあいつ相当レア素材落とすから強いぞ!? 俺1人でやらせろ! 嫌な予感しかしねぇ!』
悠貴が突進させられる先には、ゴツゴツとした見た目のゴーレムのような怪物がタップダンスをしていた。
ステップを踏むたびに辺りは揺れ動き、パラパラと岩の破片が舞い降りる。
「ダメダメ! イケメンを自分の意のままに操る! これぞ女の夢なんだから!」
『物理的に操るのなんて恋子ぐらいだろ! あぁもう早く武器構えさせろ!』
悠貴に気付いた怪物は、軽快なステップとご機嫌な雄叫びで近付いてくる。
「射程範囲内!」
聞き覚えのあるフレーズを口ずさむ恋子は、満を持してボタンを押し込む。そして……。
【上手に炙れました〜!】
『今やる必要あった!? 体力満タンだぞ! つうか俺のフレーズをパロったならキメろよ!』
軽快なメロディーが流れた後、棒に突き刺された魚を掲げる悠貴。
直後、怪物の強固な拳が炸裂した悠貴は派手に宙を舞う。
「ごめん悠貴くん! このゲーム苦手で……」
ならなぜプレイした? と言いたい悠貴だが、怪物の攻撃を食らった痛みと、恋子のボタン操作で食らった痛みで意識を保つのが精一杯だった。
両方から来る痛みと、恋子への呆れからくる涙を堪えながら悠貴は思う。
(ここが地獄か……)
苔が生えるジメジメとした岩の集合地に落ちた悠貴は強打した頭を押さえながら、こんがり魚を横取りして食べる怪物に殺意を向けた。
『テメェ……レア素材絞り出してやるから覚悟しろよ』
ギンッ! と睨まれた怪物は、降伏を宣言するように額を地面へと擦り付けた。
『これ……くれるってのか?』
『ガゥガゥ……ガゥガウ!』
大切そうに抱えた、悠貴と同じくらいの大きさの岩製タップシューズを差し出す怪物。
怪物の心意気に免じて見逃すことにした悠貴と恋子は、【追い剥ぎマスター】の称号を獲得した。
「称号ゲット〜!」
『いや人聞き悪りぃわ!』
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