30 こんな時に毛布でも掛けてやれればなぁ

 ☆☆☆



 自分の部屋で、机に置いたゲーム機悠貴と睨み合う恋子。

 クッションを抱きながら、椅子に三角座りする恋子は、画面の向こう側にいる悠貴に無言の圧力をかけ続けた。


『なに、なんかあった?』

「……私だけを見てよ」

『また面倒なこと言い始めたか』


 ポツリと溢す恋子は、キュッと結ばれた口を解く。


「ユリオス様が多忙! 私との時間は!?」

『しゃーねぇだろ。そういうシナリオなんじゃね』

「えー! 辛い!」

『紆余曲折があってこそのゲームだろ? 俺だってよく分かんねぇ展開に困惑してんだ、一緒に頑張ろうぜ』


 最終目標が分からないまま進んでいくこのゲームで、なにを頑張るのか考えないままに悠貴は決意表明する。


「うん……そうだね! 監禁してでもユリオス様との時間作るね! そうと決まればしっかり作戦立てないと」

「やめろ!?」


 物騒な計画をターゲットの前で考え始めた恋子は、そのまま1時間後には眠りに落ちていた。


『こんな時に毛布でも掛けてやれればなぁ』


 現実世界では恋子に寄り添えない自分の体を恨みながら言葉を溢す悠貴は、『せめてあっちでは恋子の理想でいねぇとな』と、心に誓った。



 ♡♡♡



 プリンス学園前、商業地。

 恋子が寝落ちしたあと、プリ学へと戻ってきたユリオス。


「やっぱみんなボーッとしてんなぁ。店でも空いてたらアイリに土産でも持っていくのに」


 ユリオスのこの世界での自宅から学園までの通学路に含まれる、たくさんのショップが集まるこの商業地。


 普段は朝から賑わうこの場所だが、恋子が起動していない時はまるでゴーストタウンのように閑散としている。


 商業地を抜けるとすぐに学園の入り口を塞ぐ、上部に湾曲したデザインがあしらわれた門がその姿を現す。


「警備のお姉さんがいないのほんと残念だよなぁ」


 毎日門を警備するお姉さんも、恋子が起動していないと姿を現さない。

 警備服姿の美人が見れないことに肩を沈めながらも、軽々と門を飛び越えて剣術準備室へと向かった。


 準備室の扉に手を伸ばし、ガチャリとドアノブを捻る。


「おっす、元気してっか?」


 ドアを開けてすぐに、ユリオスは目の前でフリーズするようにソファーへ腰掛けるアイリに声をかけた。


「……! 悠貴か。来る時は恋子が起動してる時に言っておいてくれよ。お菓子用意出来てないじゃん」


 真実を知っているからか、アイリは声をかければボーッとした状態からすぐに帰還する。


「別にいいって放課後来る時とかも用意してもらってるし、そんな気使わなくて大丈夫」

「いや、だめだ。これはサザンカ家の家訓なんだ、『誰かと雑談するときは必ず菓子を用意する』というな」


(いやどう言う家訓だよそれ)なんて内心ツッコミを入れるユリオスは、「よし今からアタシの家に行くぞ」と言い放ったアイリに首根っこを掴まれる。


 準備室の端からヘルメットを取り出したアイリ。しばらく放置してたからか、表面についた少しの埃をパンパンと払っていく。


「ヘルメット予備で置いてて正解だったな」

「え、バイク乗るの?」

「おう、アタシはバイク通勤だからな」


 ヘルメットを抱えながらバイクのキーを指で回すアイリは、ユリオスにマウントを取るようにニマッと笑ってみせる。


「教師はいいのに生徒が使ったらダメって理不尽だよな」

「全校生徒がバイクで来てみろ、敷地埋まるぞ」


 学園の敷地は広い。だが流石に全校生徒となるとバイクを止める余裕がない。なので生徒は歩きで、教師はバイクや車通勤というのが常識になっている。


 そのことは悠貴も理解してはいるのだが、学生特有の反抗期なのか納得はしていなかった。


「さ、足掻いてもどうにもなんないことは置いといて早く家行くぞ」

「へーい」


 準備室から出た2人は、学園の端にある駐車場へと来ていた。


 ポツンと1台だけ置かれたバイクに向かっていくアイリは、手に持ったヘルメットをユリオスに投げ渡してから、ハンドルに掛けた自分のヘルメットを被る。


「いや規格外の大型!」

「ちなみに足は届かん!」

「なら乗るな! 危ないわ!」


 重厚感のあるボディーに、車に使われるサイズより大きなタイヤ。ライダーが届くように作られた長めのハンドル。


 明らかに乗り辛いであろうそれに悠々と跨がるアイリは、腹を殴るような重低音でエンジンを一度ふかす。


「でも自然と乗れるし、安定してんだよな」

「そういやここゲームだったな」


 もうなにも考えまいとヘルメットを被るユリオスは、アイリの後ろに乗った。


「やべぇな。すげぇ安定感」

「アタシの知り合いが悪ふざけして生み出したマシンだが、出来は十二分だ! こいつに跨がって見える景色気に入ってんだよなあ」


 タンクをさするように手を置くアイリは、悠貴がしっかりとシートの端を持ったことを確認して徐々にスピードを上げた。


「ひゃっほーーー!! アタシらは風だぁぁあああ!」

「さいっこう! 体に伝わる振動もやっばい!!」


 閑散とした道路を、低く唸るような排気音を奏でて疾走する2人。


 今この瞬間を駆け抜ける2人に障害物なんてものはない。車も人もいないこの道を時速200キロで駆け抜けていった。


「そろそろ着くぞ」

「高級住宅街に突入したんだが!?」


 悠貴を待ち構えていたのは、庭やバルコニー、それにプールなどを装備した豪邸の数々。汚れひとつない外壁に包まれるそれらは、圧倒的な美を誇っていた。


「やべぇルーフバルコニーがある豪邸初めて見たすっげぇ」

「そんなに珍しいか?」

「なかなか無くね? 少なくとも転生する前は見たことなかった」


 一際悠貴の目を惹いたのは、ガラス張りのフェンスが付けられたルーフバルコニー付きの屋敷。

 地上からはどの程度の広さかは分からないが、恐らく敷地からしてデカいのだと確信していた。


「……て、え?」


 アイリのバイクが屋敷の門へと近付いた瞬間、チカっと赤く光るライトと共にピピピという電子音が聞こえる。そして、ギギギと重たい鉄を引き摺りながら屋敷の入り口が開放される。


「ウェルカムマイハーウス!」

「アイリ何者!?」

「ふふ、ただの金持ち……さ」


 バイクをテキトーに門の端に止めて、スポッとヘルメットを取ったアイリは、ニヒルな笑みを浮かべてみせた。


 つられるようにヘルメットを取る悠貴は、プルプルと首を振って乱れた髪を落ち着かせる。


「こっちだ悠貴、中に案内する。多分綺麗にしてたはず」

「案外マメなんね」

「こう見えても乙女の端くれだからな?」


 アイリにひょこひょこと雛のようについて行く悠貴は、(授業での大雑把なイメージとはかけ離れてるな)なんて考えていた。


 少しの段差を数回乗り越えて、小さな丸窓が付いた木製ドアを開けて、いざ屋敷の中へと進む。


 実剣が数本飾られた廊下を進み、1つのドアの前で足を止める。


「悠貴、ここがリビン――」


 どのような部屋かを紹介しながら、半透明のガラスが埋められたドアを開けるアイリだったが。


「ストップ! ちょっとストップ!」


 大慌てで悠貴を食い止めてリビングに閉じこもる。


 呼吸を乱しながらもアイリは、ドタバタとソファーに置かれた何かを持ち上げる。


 その姿は半透明のガラスにうっすらと透けていて、


「ユメミーくん、ちょっと移動させるな? 我慢しててくれよ。えーっとどこに移動させる!? 食器棚の奥でいいか」


 1人で悩む声は筒抜けになっていた。


(聞こえてんだよなぁ……)


 推測するに自分が渡したお土産を大事にリビングに置いてくれているアイリ。そのことに少し照れながらも、あくまで冷静を装いドアを3回ノックした。


「もういい?」

「お、おう! どんとこいだ」

「じゃ、お邪魔しまぁす」

「どうぞどうぞ」


 ガチャリとドアを開けて視界に飛び込むのは、ジャージの女性が異様に浮いて見えるほどの小洒落た部屋。


 まるでホームセンターの展示コーナーのような機能性をフル無視した、ソファーとローテーブルがメインのレイアウト。


 そして……。


(……ユメミーくん見えてる)


 食器棚に強引に食い込まされたユメミーくんの足がピョコっとはみ出していた。

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