29 ダメでしょ。プリンセスの綺麗なお顔に手を出しちゃ
♡♡♡
「なんだ足場あんじゃん」
ドシっと構える巨大な城の足元。ユリオスは今から50メートルほどの城の外壁を登ろうとしている。
ツルツルとした表面に、逆に不自然な等間隔な凹み。明らかに足場だと主張しているそれにゆっくり足をかけるユリオスは、安全性を確かめるとスタスタと上へ登っていく。
「たっか……ダメだ下見るな、落ちる。頑張れ俺……」
登るにつれ、顔色が悪くなっていくユリオス。次第に冷や汗も止まらなくなってくる。
「あぁクソ怖ぇぇえ!!」
地面から20メートルほど離れれば、もうすでに高所恐怖症じゃなくても怖くなる高さ。
「アタシも登りてぇな……授業終わりに登るか」
1割の確率で高いところにウキウキする種族がいる。そんな種族の1人であるアイリは、どんどん小さくなっていくユリオスを眺めながら呟いていた。
「やばい手プルプルしてきた……さっさと中に入んねぇと」
怖さを無視して全力で駆け登ったユリオスは、窓から中の様子をこっそりと伺う。
部屋に入るドアを警戒するように立つのは、セシルペア。その後ろに恋子は座らされている。
「全員背を向けてんな」
音を立てずに侵入すれば、セシルたちに気付かれる前に恋子を奪還できる。恋子の安全を確保してから2人を倒せばユリオスの勝利。
完璧な作戦を立てたと自負するユリオスは、窓にそっと手をかけると、
『――侵入者アリ! 侵入者アリ!』
非常ベルが叫び、同時に機械音声が部屋中に鳴り響く。
「はぁ!?」
静かに侵入するつもりが、まさかの派手に登場する羽目になったユリオス。
(アイリに嵌められた……!)
ここからはスピード勝負。そう言わんばかりにユリオスは窓から部屋に飛び込み、恋子の座る椅子へと駆け寄る。
無駄に豪華な見た目の、背もたれが少し短い玉座。そこにちょこんと座る恋子を視認したユリオスは、さらに速度を上げて直進する。
「ユリオスくん派手だね♪」
「これは計算外だったよね」
恋子の奪還を阻止するべく、ユリオスに一撃を浴びせようとするセシル。
そんなセシルの攻撃を、走る勢いをそのまま活かして、椅子の背もたれに手をかけた状態で飛び蹴りして応戦するユリオス。
「うわっ!?」
「ごめん恋子、椅子ってこんなに動くんだね」
ユリオスの勢いに耐えかねた椅子がぐらりと揺れる。倒れるの可能性を潰すため、背もたれから手を離したユリオスは、恋子の前に大胆に着地する。
「ユリオスしゃまカッコいい♡」
「ユリオスちゃん、ほーんとカッケェな」
ぐるぐると肩を回して近付いてくるのはセシルのパートナー、ユピナ・ストローク。
立ち上げられるようにセットされた短髪。赤が混じったその黒髪からどこかファンキーなイメージを抱かせる。そして、開いた瞳孔からは何かしらのヤバさを感じる。
「ユピナ、相変わらず闘志湧きまくりだね」
「まぁねぇ、ユリオスちゃん強いんだもん。さぁ全力であたしとぶつかろうぜ」
「えぇ怪我したくないんだけど」
プリンスナイトであるユリオスは、この戦闘狂に気に入られていた。
ユリオスがジリジリと後退するのは、以前模擬戦闘でユピナに惜敗してしまったからだ。
「今回は圧勝めざぁす!」
拳を構え、しゃがみ込むような動作をしたユピナは一瞬にしてユリオスの前へと現れる。
「まずは1発――」
繰り出される拳の影に、何かが迫っているのに気付くユリオス。その奥に視線を送れば、手を伸ばすセシルの姿。
「危――ない!」
頬を掠める拳を繰り出したユピナを抱きしめる形で引き寄せたユリオスは、自分の体ごと横へと倒れる。
「ユピナちゃん邪魔♪」
「だ! だ……! 抱き……!!!」
弾むような声と共に薄い笑みを浮かべるセシルは木剣を投げ放っていた。そして嫉妬で語彙力を失う恋子は、その場にしゃがみ込んで何かを呟いていた。
「邪魔ぁ? あたしが特攻してるんだからサポートすべきじゃない?」
「え〜? プリンセスなんだから大人しくボクに護られててよ! ボク、共闘するって考え嫌いなんだよねぇ。足手まといは後ろで黙ってて♪」
ピョンピョンと跳ねるようにユピナとユリオスに近付くセシル。そのままユピナの顔に向けて拳を放った。
「ダメでしょ。プリンセスの綺麗なお顔に手を出しちゃ」
「ユリオス様そこじゃない、仲間に手を出しちゃダメ」
顔に当たる寸前のところで、セシルの腕を止めるために自分の腕を絡めるようにして威力をいなすユリオス。
「やっぱり癪に触るなぁ君は♪」
声は相変わらず弾むような明るさを含むが、表情からは笑みや余裕が消えていた。
「ユリオスちゃぁん。これあたしが売られた喧嘩だよな?」
「どうだろう、セシルの考えはよく分かんないからなぁ」
「やだなぁユピナちゃん。ボクはただユリオスくんに勝ちたいだけなんだよ、1人で。その後の授業は自由にしていいからひっこんでて」
足元に転がる木剣を拾い上げると、ついでと言わんばかりにユリオスへと斬りかかる。
剣先を自分の木剣とぶつけるように応戦するユリオスだが、セシルの猛攻は止まる気配がない。
「ねぇセシル。君は何に焦ってるの?」
「うるさい黙れ! ボクを探るな!」
機嫌を損ねた子供のように強く言い放つセシルは、さらに剣の速度を上げる。
「ユリオスちゃんとの時間奪うなよなぁ」
常に開いている瞳孔をさらに開くように目に力を入れるユピナは、セシルの肋を深く蹴り込む。
「自由ってのは他人に貰うもんじゃない。自分でやりたいようにやった結果が自由なんだよ。だからあたしは、あんたの指示は聞かない」
他人からの自由なんていらないと主張するユピナは、「あたしはいつ何時でも自由でいたい!」と力強く言い放った。
「「かっこいい〜!」」
ドラマのワンシーンでも見ているかのようなくつろぎ具合のユリオスと恋子。そんな2人の意識を取り戻させるように、城全体にアイリの声がスピーカーを通して響く。
『セシルペア、仲間割れのため失格! 勝者、ユリオスペア』
淡々と告げられた言葉に、他のエリアに配置されていた生徒たちは困惑する。そんな生徒たちにアイリは、一度城門前まで戻ってくるように続けて指示した。
♡♡♡
レンガが積み重ねられ、大きく建てられた城門前に生徒が集合している。そして、生徒と対峙して並ぶアイリが呆れるように頭を抱えていた。
「初の防衛戦はどうだった? って聞きたかったんだけどほぼ全員何もしてないよなぁ」
「正直なにが起こった分からないです」
「警報が鳴ったと思ったら急にセシルたちが失格だもんな」
生徒たちが状況を把握しようとお互いの知り得ることを話し合っていく。そんな中ユリオスとアイリは、恋子とユピナを交えて雑談繰り広げていた。
「ユリオス、さっきはよく止めた。さすがだぞ」
「いえ、当然のことをしたまでなので」
「かっこよすぎりゅ♡」
「ユリオスちゃぁん助かったよ」
部屋の状況を中継して見ていたアイリ。セシルの拳を止めたユリオスのファインプレーを褒め称えると、雑に頭を撫でた。
「にしても、ユリオスのことになると急に危険になるな。セシルは」
「僕そこまで嫌われるようなことした記憶ないんですよねぇ」
「ユリオスちゃんはプリンスナイトってだけで恨まれる理由としては充分じゃな〜い?」
グイーッと伸びをしながら投げやりに言葉を繋いだユピナ。アイリはそれに同意するようにコクコクと軽くうなづいた。
「大丈夫! ユリオス様は絶対護るから!」
「気持ちだけで充分だよ恋子」
誰よりも王子様マインドの恋子は、グッと拳を胸の前で強く握り決意を表す。
(最近プリンスに影響されつつあるよなぁ……)
ボケーっと心の中で思ったユリオスだが、キャラブレになるのでキュッと心に封印する。
「まぁとにかくだ! 今後はユリオスとセシルのマッチを見直す必要があるな」
「え、だったらあたしがユリオスちゃんとボコし合う機会も減る!?」
「ああ、そうなるな。月に何度か放課後にアタシ立ち会いのもと、2人で訓練する時間を作ってやるから我慢してくれ」
「さっすがアイリ先生だ! 我慢する!」
「私のユリオス様がだんだん共有財産に……!」
話が進むにつれ忙しくなっていくユリオス。そのため2人きりの時間を過ごせないことが多々ある恋子は、フラストレーションが少し溜まりつつあった。
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