28 これくらい出来なければメイドにはなれませんよ?

「…………」


 鋭い眼光で辺りを視認し、ゆっくりと体を沈める。

 深く息を吸い、目を閉じて空気の循環を感覚で把握していく。


「様になってますね」

「メイ流奥義――」


 腰の位置まで下ろした剣の柄に触れ、さらに体を沈める。グッと力を入れた脚をバネに激しく前へと跳躍する。


「――煌きお嬢様一閃」


 素早く放たれたそれは、瞬く間にメイの間合いに侵入していた。


「いい剣筋ですね」


 速度も相まって、威力と重みの増した斬撃をまるで軽いかのように受け流したメイ。


 シリウスからティアラを弾いたその奥義は、師であるメイには通じなかった。


「やはりメイさんには通じませんか」

「弟子の斬撃をいなせないようではメイドなんて出来ませんから」

「憶測ですがメイドに、斬撃を繰り出す弟子を持つ人なんてメイさん以外いないと思いますよ」

「それもそうですね。さて、気を取り直して煌めきお嬢様一閃の改良といきましょうか」


 スパスパと話を進めていくメイは、マトをある一定の並びで配置していく。


「メイさんこれは?」

「応用の訓練です」


 床にジグザグに貼られたテープ。その角の部分全てに置かれた小さなマト。


 そんなマトを設置したメイは、なんの加工もされていない木の棒をユリオスに手渡した。


「今からその木の棒で奥義を出していただき、そのマトに当てていただきます。一度も足を床に触れずに3回当てれればよしとします」

「厳しくないですか?」

「これくらい出来なければメイドにはなれませんよ?」

「メイドは目指してないですね。それとこれも憶測ですが、物理法則を無視した技を繰り出すメイドなんて他にいないと思います」


 横にはけるメイは、「お気になさらず」と言いながらスッと訓練室の端から取り出したカメラと三脚をセットする。


(いや色々と気になるわ)


 カメラを出来るだけ視界から省きながら、師の無茶振りを繰り返していくユリオスの挑戦は夜まで続いた。



 ♡♡♡



 メイの指導が長時間続いた日の翌日。

 朝のホームルームが終わり自販機にジュースを買いに行っていたユリオスは、従者のエデルと共に廊下を歩いていた。


「ねぇエデル、最近悪い噂は流れなくなってきたね」

「まぁ、そうだな。お前と恋子のおかげだ」


 チューっと絞るようにジュースを飲みながら、横目でエデルを見たユリオスがニヒルに笑う。


「課題をしっかりこなしてくれてるエデルの努力だよ。偉いねえよしよし」


 揶揄うようにエデルの頭をワシワシと撫でるユリオスは、結ばれた髪を意図的にボサボサにしていった。


「しばくぞコラ!」

「照れてる」

「言っとけ。つーか、なんで課題が学園内のゴミ拾いだったんだ?」


 髪を1度解いて、窓ガラスに薄く反射する自分を見ながら結び直すエデル。クルクルとゴムを回してしっかりと留めた後に、エデルは質問を投げかけた。


「特に理由ないんだよね。善行ならなんでも良かったんだけど思いついたのがゴミ拾いだった。恋子も」

「テメェらのボキャブラリーどうなってんだ……」


 ユリオスと恋子は、エデルのイメージを一新するために課題を課していた。

 毎日放課後に学園を見回りゴミを拾っていく。そしてそれが終わったら職員室に袋とトングを職員室に返しに行く。


 ゴミを拾う姿を生徒が目撃。ゴミ拾いを続けているという事実を教師が把握。この現象を強制的に起こさせることがユリオスたちの狙いだった。


 事実、今のエデルの評価は、「さすがユリオスの初めての従者。しっかりとした人格者だったようだ」と口々から囁かれている。


「ユリオスさま」


 エデルを揶揄い続けるユリオスの下へ1人の女子生徒が駆け寄ってくる。隣には恋子もいる。


「昨日はメイが遅くまで付き合わせてしまいすみませんでした」

「ううん、付き合ってもらってたのは僕の方だよ。それと改めて、シアと恋子が作ってくれたアップルパイ美味しかった。ありがとう」

「しゅきぃ♡」


 昨晩は、メイのお手製フルコースの後にシアたちが作ったアップルパイが食卓に並んだ。


「お風呂上がりのユリオスさま……セクシーでした」


 照れながらも真っ直ぐ見据えてシアが手渡したのは、髪が少し濡れたユリオスの写真だった。


「メイが撮ったやつです、恋子さんにも渡したのでユリオスさまもどうぞ。あ、エデルさまもどうですか?」

「いらないよ!?」

「いらねぇよ!?」


 写真を強引に押しつけられた2人は、それぞれ驚きを見せながらシアに突き返す。


「おいユリオス、こいつとその……お前……」

「なに?」

「……ちょっと来い」


 なにやら怒ったような顔つきでユリオスを廊下の角まで引っ張っていくエデル。


 壁までユリオスを追いやると。


「おいお前には恋子がいるだろ? なのに他の女と風呂に入るとかイカれてんのか!? それにあの女も恋子に写真渡すとかイカれ狂ってんのか!?」


 この男は大きな勘違いをしていた。

 

 現在エデルの中でシアは、クラスメイトの彼氏をたぶらかし、その写真を恋子本人に渡す悪女。ユリオスは、悪女に騙された頭の悪いマヌケという印象に変わっていた。


「エデル、落ち着いて? 僕もシアもイカれてないから。シアのメイドが僕の師匠で、鍛えてもらってたら汗かいたからシャワー借りただけ」


 夜まで激しい特訓をしていたユリオスは、食事をご馳走になる際には洪水レベルで汗をかいていた。


 そこにメイから風呂に入れと促されたユリオスは言われるがままに入って、されるがままにカメラを向けられ続けたのだった。


「マジ……?」

「うん。エデル、超ピュアだね」

「ぶっ飛ばすぞコラ!」


 意外と恋愛の価値観が真っ直ぐだったことを指摘されたエデルは、顔の火照りを怒りで塗り替えていく。


「でもまぁ……勘違いして悪かったな。シアにも頭下げてくるわ」

「僕は先教室行っとくって恋子に伝えといて」

「はいよ」


 お互い反対方向へ進む2人は、振り返ることなく手を振り離れていった。



 ♡♡♡



 昼休憩が終わり、剣術の授業のためコロシアムに来ているユリオスたち1年1組の生徒たち。


「今日はちょっと違うことするぞ。ついてこいジャリども」


 ニマァっと笑うアイリに、生徒たちは本能的に恐怖した。

 恐る恐る警戒しながらアイリの後ろをついて行く生徒たちは1人を除いて、恐怖からか一切口を開かなかった。


「なぁユリオス、今日なんでこんなに静かなんだ?」

「アイリ先生の笑みが怖かったんでしょうね」

「嘘だろ? アタシすっごい満面の笑みだったのに」

「あれで!?」


 アイリとユリオスがする会話を聞きながら、1組の生徒たちはユリオスの社交性を羨んだ。


「ねぇ……アイリ先生、城が見えるんだけど」


 コロシアムの端に埋めるように備え付けられた階段を下り数分歩いたところに、煌びやかな城が堂々と現れる。


「ああ、ここが目的地。防衛戦用訓練城ぼうえいせんようくんれんじょうだ!」


 気分が高揚しているのか、声が弾むアイリ。逆に生徒たちは、今から何をさせられるのかを考え気分は右肩下がりだった。


 城門の前まで移動した一同はユリオスと恋子を残して、アイリに城の中まで連行された。


「え、私たちハブられた!?」

「多分あの先生のことだから無茶振りがくるよ」


 このユリオスの勘は、戻ってきたアイリによって正解だと証明された。


「――説明分かったか?」

「つまり、僕対1年1組ですよね?」

「そうなるな。1回目はプリンスナイト様がお手本を見せるべきだろ?」

「おっしゃる通りです……」


 今から行われるのは、プリンセスが敵の城に幽閉された際に単騎で乗り込むと仮定しての訓練。


 城の頂上以外の各エリアには、6組のペアが守備を固めている。

 頂上の部屋には、恋子と1組のペアが待機している。恋子を監視する1組のペアを倒せばユリオスの勝利。30分以内に倒せなければユリオスの敗北。


「でもこれ無茶ですよね? 30分ってアホが考えたんですか? この授業」

「アホで悪かったなぁ?」

「あ、すみません」


 知らずに地雷を踏み抜いたユリオス。だがよくよく考えればこの学園にこんなことを考えそうな教師はこの人しかいなかった。


「ユリオス、これは全員倒す必要ないんだぞ? 余裕だろ?」


 チラッと城の最上階の窓に視線を送るアイリ。


(嘘だろ!? あそこまで登れとか言わねぇ……いや、これは無言の圧力か)


「よ、余裕ですね……」

「ユリオス様頑張ってね♡」


 説明を聞き終えた恋子はユリオスにエールを送ると、城の中へ幽閉されに行った。

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