27 恋愛はフェアであるべきです
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色とりどりの果実が実る、ゼラニウム邸シアの果樹園。現在ここに、恋子とユリオスが招待されていた。
「ユリオスさま、どうですか私が管理している果樹園は」
「壮観だね! 立派に実ってて、シアが大切に育ててるのが伝わるよ」
赤々と色付くリンゴ。それを慣れた手つきで収穫するシアは、カゴに数個入れる。
「もう全て収穫できるので是非やってみてください。果物の収穫は心安らぎますよ」
「シアちゃんこれってどうやって穫ればいい?」
「それはですね、こう……くいっと大胆に」
分かりやすく説明するために擬音を交えて再びリンゴを収穫するシア。ゆっくりと慎重に上下に捻りつつも、大胆に根元付近にハサミを入れていく。
「サクッといっちゃってください!」
「リンゴってこんなにずっしりしてるんだね〜」
「市販されてるリンゴって結構軽いイメージあるよね」
「うふふ、私の自信作なんですよ! どっしりとした中玉、おしりまで真っ赤に色付いた見た目なんです!」
収穫したリンゴを丁寧にカゴへ入れるシアは、少し自信なさげに笑いながら言葉を続けた。
「これが初収穫なので少しの不安はありますが、見た目からしてすごく手応えがあります!」
「シアちゃん楽しそうだねぇ。見ててほっこりする〜」
「そうでしょう、そうでしょう。果樹園にいらっしゃる際のお嬢様の笑顔はとても輝いてらっしゃる」
またもやぬるっと現れたのは、黒を基調とした全体的にフワフワとしたメイド服を着用した専属メイドのメイ。
常に閉じられた瞳は、アクセントとして付けられた赤いカチューシャのインパクトで違和感を軽減されている。
名家の専属メイドとは思えないほど特徴的な姿をしたメイのその手には、武器のような壮大さのレンズが付けられたカメラが構えられている。
「あぁいい! いいですよ、ユリくんもう少しお嬢様に寄ってください。あぁいいですね、その表情頂きます!」
「メイさんはやらないんですか?」
「ええお構いなく。私めはお嬢様の表情を収穫せねばなりませんので」
パシャパシャとシアを撮り続けるメイ。ユリオスといることで一段と輝くシアの表情に身悶えながらも最高の1枚を追求し続ける。
「えっとシアちゃん、この人は? ユリオス様と随分親密みたいだけど……」
「私の専属メイドであり、ユリオスさまに奥義を伝授した師でもあるメイです」
「あの謎ネーミング奥義の師匠……!」
恐る恐るメイに視線を送る恋子は、この人は変わり者だと本能で察した。
「貴方が恋子さんですね。ふむふむ、出るところは出ているのにキュッとした素晴らしきボディ……これはお嬢様では敵いませんね」
もにゅもにゅと恋子の胸を持ち上げるメイの手は、次第にくびれへと移動し、仕上げに程よく肉付いたお尻をさする。
「メイさん!? そこはちょっとくすぐったい……!」
「感度も良好……これはますますお嬢様に勝ち目が……」
「メイ!! 今すぐやめなさい?」
ピクピクと口角を動かすシアの笑顔には、怒りが滲み出ていた。
「申し訳ありません。お嬢様以外の女性を褒めてしまいました。お嬢様の嫉妬心を刺激したこと、深く反省致します」
「恋子さんに失礼なことをしでかしたことについて反省しなさい」
見当違いなことで深く反省するメイを注意するシアは、リンゴを入れたカゴを持って恋子とキッチンへと移動した。
「――で、ユリくんはお嬢様と恋子さんどちらがお好きなんです? 1周回って私めですか?」
「メイさんは何を言ってるんですか?」
果樹園に取り残された師弟コンビは、辺りを探索するように見渡しながら出口へと向かって歩いていた。
「あんな綺麗な女性2人にアプローチされてなんとも感じないなんて馬鹿みたいな感性の持ち主じゃないでしょ?」
「まぁ……そうですね」
「ですよね。して、3択ですよ? 男性ならスパッと動機もセットでお答えしないと」
シアと答えれば本人に伝わり拗れかねない、恋子と答えればシア狂いのメイに折檻されるかもしれない。
ユリオスは思考がはち切れるほど知恵を絞り出す。
「……メイさんですね。大切な人と真剣に向き合うその生き様が素敵です」
「入籍しますか?」
「え!?」
なかなかの爆弾発言をしているメイだが、そのまぶたはピクリともせず瞳を現す素振りがない。
「冗談ですよ。お嬢様と恋子さん、どちらを選んでも角が立つ可能性がありますからね。正しい判断です」
(なぜ角の立つ質問を投げかけたんだ)と心の中で問うユリオスを他所にメイは、「そもそも」と言葉を付け足す。
「お仕えする方の想い人を寝取ろうだなんてそんな愚行致しませんよ」
「僕の判断力を試した。って捉えておけばいいですか?」
「ええ、それで構いませんよ。次は奥義の馴染み度合いを試しましょうか」
「よろしくお願いします」
淡々と言葉を重ねるメイは、訓練室の鍵を差し出して見せた。
♡♡♡
「恋子さん、先程はメイがご無礼を。あらためてお詫びします」
「大丈夫だよ! それより心配なのはメイさんとユリオス様を2人にしてよかったのかってことだよ!」
肩を並べてシンクでリンゴを洗っていく恋子とシア。2人はこれからアップルパイを作る下準備をしていた。
「なにかいけませんでした?」
「多分だけど、メイさんってユリオス様に惚れてるよね!?」
「……メイの思考はいまだに読めないところがあります。ですが恐らく、恋子さんの感は正しいかと」
「やっぱり!? でもそれなら尚更良かったの!? シアちゃんもユリオスさま好きだよね」
テンパりから、気付いていても聞けなかった質問をぶつけていく恋子。シアは呆気に取られたように目を見開いたものの、ゆっくりと恋子と向き合った。
「私はユリオスさまが好きです。だからと言って大切なメイの恋路を邪魔するようなことはしたくないんです。嫉妬しちゃうことはあっても足は引っ張りたくない」
恋する乙女の瞳に闘志が宿る。
「それに、恋愛はフェアであるべきです」
ニコッと微笑むシアの笑顔は、まるで浄化の光のような神聖さを放ち、荒みかけていた社畜OLの心を照らし焦がした。
(内面で私に勝ち目なくない!? 聖人かな? シア・ゼラニウムと書いて聖人って読むのかな!?)
「……? 恋子さんどうしました?」
「な、なんでもないよ!?」
「そうですか、では気を取り直して作業の続きをしましょう」
「よろしくお願いしますシア先生!」
リンゴをまな板へ置いた恋子は、ギュッと包丁を握ってリンゴと対峙する。
(あれ? いつもは包丁軽く当てたくらいで切り終わってるんだけどなぁ)
「恋子さんもしかして包丁をお使いになるのが初めてでしたか?」
「ううん! これはあれだよ! 気合い入れてたと言うかなんと言うか……」
「なるほど、恋子さんなりの食材への礼儀なんですね!?」
「ザッツライト!」
さも、その通りですと胸を張る恋子だが内心は、(ゲームのキャラと料理する時は時短されないんだね。新発見だぁ)なんて能天気なことを考えていた。
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ゼラニウム邸訓練室。
広く見通しのいい空間。屋根が高いことで室内なのに圧迫感を感じさせないこの場所で、ユリオスは師匠に実力を示していた。
「ユリくんまずはどのレベルまで奥義を身につけましたか?」
「射程距離は程々ですが、精度はほぼ必中レベルです。メイさんに教えていただいた奥義は1つですし集中して会得できました」
物は試し。メイはユリオスに剣を渡し、自分も剣を構える。
授業で使う木剣とは違い、ずっしりとした重みが手に加わる本物の剣。扱いを間違えれば人を傷付ける凶器を握る2人の眼差しはとても真剣なものだった。
「まずは20メートルほど離れたところで構えますので、そこまで来てください。出来ますか?」
「はい勿論です。射程範囲内なので」
正確な空間把握能力で20メートル離れて構えるメイ。鞘に収められた剣を握るユリオス。
向き合う2人の間にバチバチとした雰囲気が漂う。
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