25 ねぇ、結局は見た目なの!?
☆☆☆
もうすっかり恋子の第2の部屋と化した悠貴の空間。
「ねぇ、結局は見た目なの!?」
「急になんだよ」
「オタクのくせにエロい体で誘惑して先輩のクビ飛ばした性悪女」
「は? なんの話?」
むすっ! と頬を膨らませベッドに腰掛けながら、背を向けて床に座る悠貴をバシバシと蹴る恋子。
「悠貴くんだって性悪が嫌だからペアに選んでくれないんだよね!? 私だってこんな体に生まれたくて生まれた訳じゃないのにぃ!」
「いや、あの。まじなんの話?」
話が乱れまくる恋子、状況が全く飲み込めていない悠貴。場は混沌と化していた。
(唐突に来たと思ったらなんだよ。全く分かんねぇ)
大粒の涙を浮かべながら、恋子はゆっくりと今日の出来事を話した――
「――なるほど? つまり、職場で痴女オタク扱いされて1発3万で頼まれたと」
「そうだよ! 『デカイのぶら下げてるんだからそれくらいいいだろ?』って! いいわけなくない!?」
杉田が退職して数日経ったある日、1つの噂が流れた。それは明らかに恋子を陥れる、悪意のある噂。
『早乙女恋子は頼めばヤラせてくれる』
バカみたいな噂の発生源は不明。だが恐らくそれは杉田が流しただろう。と、須藤は確信していた。
「高校の時からずっとだよ! 胸がデカいからエロいって発想なんなの!?」
恋子の胸に突き刺さって取れない言葉。「胸もデカくて容姿もいいのに気持ち悪いオタク」この言葉は今でも恋子を苦しめる。
「好きなもの好きって言って何が悪いの!? 推しに染まって何が悪いの!? ていうか私の価値は胸しかないの!?」
(まじでなんの話かついてけねぇ……でもまぁ、溜めてた気持ちが爆発した? みたいな感じか)
恋子の前に立ち塞がるように構える悠貴は、口を開いた。
「恋子の魅力は中身もだろ。分かってくれてるやつは絶対いるから、そんなバカどもなんて気にすんなよ」
照れを隠すように手を頭の後ろに回し、視線を逸らしてから続ける。
「まぁよく胸見ちまう俺が言えたことじゃねぇけど」
「でも悠貴くんペアでシアちゃん選んだじゃん! 見た目だよね? 私よりシアちゃんがタイプなんだよね!?」
ひとしきり叫ぶ恋子は、「タイプじゃなかったら胸しか無い私に勝ち目ないじゃん!」と泣き喚きながら悠貴の胸に飛び込んだ。
「感情ぐちゃぐちゃになってんのは分かった。けど俺がシアを選んだのは単に負けて悔しかっただけだ。次は恋子を選ぶつもりだったんだよ」
「……ほんと?」
ユリオスは元々、2回目から恋子と組むつもりだった。
だが1回目の敗北を払拭できる可能性がある、『武術に取り組めばプロ級』という言葉を聞いたら試したいことが浮かんできた。だからシアと再び組んだ。
シアにはこれが終われば恋子と組むと伝えていたが、肝心の恋子に伝えていなかったことが、間接的に恋子を傷つけてしまっていた。
「ああ、そんなつまんねぇ嘘ついても得ねぇだろ。それに、ユリオスと恋子がペアなのは必然だろ?(攻略対象として)」
「そうだったね! 私たちは運命で結ばれてるね!(未来の恋人として)」
メチャクチャな発言をしながら激しく感情を爆発させた後、「しゅきぃぃ♡」と叫びながらすっかりいつもの緩い恋子に戻っていた。
(最近プリ学じゃ無くても言ってくるから困惑するんだよなぁ……)
わしゃわしゃと恋子の頭を撫でながら悠貴は、恋子に1つ質問を投げかけた。
「てかそんな噂流されて、無理やり襲われたりとかは大丈夫なのか? 中にはヤベェやついんだろ」
「あー、それは大丈夫だよ。今日ずっと部長と華ちゃんが横にいたから。まぁ離れた一瞬に声かけられたりとかはしたんだけどね」
「おぉ……」
恋子からの話を聞くだけだが、悠貴の中では既にこの2人は男なんか一捻りで潰せる存在と認知している。
「噂を真に受けてお金出してきた人はみんな減給するって言ってた」
「なぁ部長と後藤ちゃんって何者?」
「分かんないんだよねぇ。昔ヤンチャしてたとは聞いたけど、それ以降は聞いてないかな」
話を聞いた悠貴は、「うん、それ以上は絶対深く聞かないほうがいいな」と話題を終了した。
♡♡♡
学園の中庭。カフェテリアからも来れるここは、生徒たちの昼食場所として、とても重宝されている。
「ユリオスさま。短い間でしたが、私とペアになっていただいてありがとうございました」
「ううん、こちらこそありがとう。メイさんにまた武術を習いに来てって言われてるんだけど、行っていい?」
「メイが!? も、もちろんです! いつでもいらしてくださいね!」
主人の知らないところで何か行動を起こすメイド。シアは、「メイったらまた勝手なことを……でもありがとう……」なんて心の中で呟いていた。
緩む口元を見られないように顔を逸らした時、閑散とした中庭の端に佇む1人の悪漢。に見える筋肉質の男と目が合ったシア。
「ユリオスさま……えっと、従者のお1人が」
「あー、ごめんね。怖がらせちゃった? シアとゆっくり話したかったから連れてきたんだ」
シアが向いている方向を見るユリオスは、「エデルが中庭に来たらみんな逃げていくんだってさ、本当にすごいよね」なんて笑う。
「エデル、ご飯もう食べた?」
「昼飯前に急に呼ばれたんだぞ? まだに決まってるだろ」
「あ、そっか。サンドイッチ食べる?」
カフェテリアで販売されている人気商品の1つ。全粒粉食パンを使用した、ヘルシーサンドイッチ。
ペーパーに包まれたサンドイッチを紙袋から取り出したユリオスは、ズイっと差し出して見せた。
「いやいらねぇよ教室に弁当あっから。もう戻っていいか?」
「あ、そうなんだ。ごめんね時間使わせて、これせめてものお礼だから受け取っといて」
同じく紙袋から出した何かをエデルに向けて投げたユリオス。
「……ん。なにこれ……」
エデルが受け止めたのは、小さな紙パックジュース。なのだが……。
「……おい、『凝縮! 3日分の納豆ジュース』って絶対ゲテモノじゃねぇかコラ!」
「ナットウキナーゼがやばいんだよ?」
「やべぇのはテメェの頭だわ」
「まぁそう言わずに飲んでみなって、感想聞かせてね」
と、エデルは徐にストローをジュースに突き刺した。
そして、不敵な笑みを浮かべながら着実にユリオスへと距離を詰めていく。
「味が知りたきゃ自分で飲まねぇとなぁ?」
「え、ちょ、まっ……」
ズブリ、そんな効果音が聞こえても違和感がないほど勢いよくユリオスの口に、細いストローが突っ込まれる。
エデルの豪快な手で握られた紙パックは、ぐしゃりと形を変えて液体を噴き出した。
「……んん! ん!」
流れ込んでくるゲテモノドリンクに苦しめられていたユリオスだったが、何かに気付いたように目を見開く。
「ど、どうした?」
「これ……」
窒息しかけなのかと心配になったエデルは、恐る恐るストローを引き抜いた。
ストローを引き抜かれたユリオスは、絞り出すように声を発する。
「これ……案外いける」
「嘘だろ!?」
「嘘だと思うなら飲んでみなよ?」
子供が初めてアイスを食べた時のような輝きを含んだ笑顔を放つユリオス。その笑顔を信じてエデルはストローを咥える。
「ゲテモノでもたまに美味いのあるって聞くし、これがそうなのか――」
物は試しと言わんばかりにジュースを口に含むエデルだが、吸い込む勢いはまるでタピオカ初心者のような全力吸引だった。
「――ッブハッ! ま、不味いじゃねぇかボケ! クソほど不味いしなんだこのねっとりした……」
「ユリオスさまお口直しにいちごミルク飲みますか? 私の飲みかけですけど」
「え、いいの? 助かるよ。ありがとー」
ストローをユリオスに向けて差し出された紙パック。少し頬を赤らめるシアを気にすることなく、ユリオスはストローを咥える。
「……って聞けやコラ」
嗚咽を堪えながらなんとか味を解析しようとするエデルに見向きもせず、シアのいちごミルクを分けてもらうユリオス。
「エデル怖いもの無しすぎない? ゲテモノをあんな勢いよく……」
「エデルさまはユリオスさまが騙しているのに気付かなかったんですね」
「き、気付いてたけど乗ってやったんだよ!」
早く不快な口内をリセットしたいのか、エデルは足早にその場を去った。
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