23 なんか親密になってるし……一体なぜ!?

 ♡♡♡



 シアとお菓子作りを通して親交を深めた翌日。

 現在は2回目のペアでの授業が行われようとしていた。


「ユリオスしゃまぁ♡」


 以前のペア授業から数日空いての今日から、ユリオスのペアだけは指名制。

 ユリオスの前には4人の女子生徒が並び、自分が選ばれると確信している1名は他の生徒より2歩くらい手前に待機していた。


「よろしくね」


 フッと笑みを浮かべユリオスが手を差し伸べた人物は、ウキウキの恋子――では無く、悠々と背筋を伸ばすシア・ゼラニウムだった。


「よろしくお願いします、ユリオスさま」

「シア、今日は昨日話したあれでいこう。男子ソロの授業の時にプリンセスが動くのいいよねって話になったし」


 ペアでの授業が無かった時の男子生徒だけでの授業。その時に出た話題のことを軽く説明するユリオス。


 手短に挨拶を済ませた2人は、なにやら親密に会話しつつ効率よく2人でウォーミングアップを開始した。


「……なっ!」

「ま、まぁユリオスくん負けず嫌いだし……こうなることは若干予想してたよねぇ……」


 膝から崩れ落ちた恋子には申し訳ないとは思いつつ、シオンの言葉に生徒たちはうんうんと、激しく同意した。


「なんか親密になってるし……一体なぜ!?」

「昨日2人で歩いてるの見たよ」


 モールで材料を買う2人を目撃した1人の生徒。恋子の疑問に答えるように口を開いた彼だったが、言ってすぐに過ちに気付き口を塞いだ。


 周りの生徒がギロっと彼を睨むが、時は既に遅かった。


「解せぬ……!」


 ゲームのプレイヤーメインヒロインが重大なイベントの対象にされない現状に不満を抱くが、警戒を怠りユリオスをフリーにさせた自分を心の中で叱咤する恋子。


「……こうなった以上切り替えないと! レイラくん、今日は私と組んでくれる?」

「……っす」



 こうしてペアが組まれ、各々準備に取り掛かった。


「ユリオス様、私負けないよ!」

「僕も負けないよ恋子。お互い頑張ろうね」

「はいぃ♡」


 対戦相手になるかすら分からない状況で宣戦布告するものの、ユリオスの強気な笑みに魅了され骨抜きにされる恋子。


 それを見てレイラは、「この子とペアの時にユリオスさんと当たったら確実に負けるな……」と想像して頭が痛くなっていた。


「よし! それじゃあ今日の対戦相手は公平にくじで決めて行くぞー」


 アイリが手荷物のは番号が書かれた紙。同じ数字を引いた者同士が対戦相手となる。


「各ペアのプリンセスは前にくじを引きに来てくれ」

「「「はい」」」


 言われるがままに前に出る生徒たち数名。

 ポポポンと長考することなく引いたみんなは、紙をアイリに渡してパートナーの下へ戻って行く。


「おかえりシア、なん番だった?」

「ただいまです、2番でした」

「誰が相手か分からないけど、アップは念入りにしとこうか」

「ですね」


 出番は2回戦目だが、早めにアップを開始することで誰が来ても万全に対応できる準備を整える2人。


 体を温めているのとそうでないのとでは、随分と変わる。激しい動きで体を温めても、疲労していては負ける可能性が出てくる。それ故、じっくり時間をかけて軽く動かすことで、疲労を防ぎつつ体を温める。


「ストレッチでも体を温めるには充分ですね」

「うん、ゆっくりジワジワとエンジンをかけるならストレッチだね」


 次の対戦相手は誰だろう。そんな聞いてもどうしようもない質問を聞くなんて行動は、勝ちしか見ていない今の2人には無かった。


「ね、ねぇ……ユリオス様たちの周りの空気、別次元!? ってレベルでピリピリしてない?」

「……(ユリオスさんまじパネェ)っす!」

「うんうん、だよね。ユリオス様ほんとパネエ」

「(心読まれてる)っす!?」


 自分の心を読まれている。そう悟ったレイラは、パチパチと目を閉じては開いてを繰り返し不思議そうに恋子を眺めた。


「私たちも真剣に勝ちに行こうね」

「(ユリオスさんの従者としてダサいところは見せれない)っす!」

「うん、そうだね! バッチリかっこいいところ見せよう!」

「っす!!」


 心を読まれていようが、もうどうにでもなれとでも考えたのか力強く腕を前に出したレイラは、元気に意気込んでみせた。


 意気込みは充分なものの、少し気圧されている恋子。ポツリと言葉を漏らす。


「でもユリオス様本気っぽいし勝てるかな……みんなも真剣だし……」

「自分らなら大丈夫っすよ」

 

 レイラは大きく声を張り、しっかりと発声する。

 理由はどうであれ勝負に貪欲な恋子を見て、背中を預けるに値する人物と認めたようだ。


 ユリオスを慕う恋子には元々、自身と近しいものがあると感じていたレイラにとって、今日の機会は交友を深めるのにもってこいだった。


「恋子さん、自分と2人でユリオスさんに認めてもらおうっす!」

「お! 急に熱血! いいねー、やっちゃおー」


 意気揚々と盛り上がるレイラペア。

 各自ペアが立ち回りを相談し合いながら、誰と当たるかをソワソワしながら発表されるのを待った。


「はいじゃあ早速始めんぞー! 1番を引いたペア2組は速やかに前に」

「「はい」」

「「はーい」」


 真剣な面持ちで現れたのは、レイラ、恋子ペア。

 ゆるふわなイメージを纏い現れたのは、セシル、シオンペア。


「レディー……ファイト!」


 スタートポジションに着いた途端に開始される。周りの生徒は、あまりの唐突さに驚くが当人たちは至って冷静に相手と向き合っていた。


「レイラ! ボク負けないから――」

「ちぇすとー!」


 自信満々に突進するセシルの木剣を、躊躇無しに激しく蹴り飛ばす。恋子が。


「――っ!」

「レイラくんには近付けさせないよ」


 木剣を拾い上げ踵を返すように、後ろに控えるシオンとそれに近付くレイラの下へ行こうとするセシル。


 それを良しとしないのが、レイラから託された木剣を握りしめる恋子。


「ねぇプリンセスはボクがティアラを持ってるって考えなかったのかな♪」

「持っててもセシルくんじゃ私につけれないよ」

 

 ピシッとセシルの眉間にシワが寄る。しっかりと相手を警戒するセシルと違い、全く警戒心のない恋子。

 木剣を構えるどころか、剣先を下におろし、ヘラヘラと笑みを浮かべている。


「恋子ちゃんほんっと警戒心足りないよ♪」

「もう勝敗は決まってるもん。そろそろレイラくんがティアラを付けてくれる」


 トン、と軽い踏み込みで舞うように恋子に近付いたセシル。手に持つ木剣は確実に恋子のこめかみを捉えていた。


(あいつ本気じゃねぇか……!)


 セシルから放たれているのはドス黒い殺気。表情こそ笑っていても、その芯は凍てつくように冷たく黒かった。


 その異様さをいち早く感じ取ったのは3番ペア、ユリオスとシア。


「ユリオスさま!」

「射程ギリギリ」


 グイッと体を地面につかせるように深く沈み込むユリオスは、腰に差した木剣に手を添える。


 踏み込みによる加速で、ユリオスは一瞬にしてセシルに近付き、木剣を弾き飛ばそうと考えていた。


「――そこまで! 勝者レイラペア」

「え?」


 ピタリ。とセシルの木剣は恋子に当たるすんでのところで止まる。


「負けちゃった〜」


 わざとらしくベチャリと地面に寝転ぶのは、ティアラを付けられたシオンだった。


 ティアラを持ったレイラと、素手のやり合いで敗北したシオン。というよりかは……。


「(わざと。っすよね、どうしてそんなことを……)」

「(そんなことないよ? あれは防ぎよう無かったよ。にしても恋子ちゃんがセシルくんの足止めなんて考えたねぇ)」


 自分の背後で起きていた事態を把握していないレイラ。そんなレイラに、わざわざ言う必要は無いと判断したシオンは、軽く笑い誤魔化した。


 そして心の中では、「後で恋子ちゃんにはお説教が必要かな」なんて考えていた。

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