21 高校生の俺でも分かる。絶対やめとけ
☆☆☆
「悠貴くん、上司と違って同僚はぶん殴って良かったんだっけ?」
『高校生の俺でも分かる。絶対やめとけ』
肩までずり落ちたオーバーサイズのパーカーに、胸元がやけに露出されたキャミソール。
無駄に色気を漂わすのは、日頃ゲームに付き合ってくれてる悠貴への恋子なりのお礼らしい。
「やっぱダメかぁ……」
落ち込むように肩を沈めると同時に、たゆんと双丘が揺れる。
『てかなに、嫌なことあった?』
「聞いてくれる!?」
『しゃーなしな』
ドライヤーで乾かし終えた髪を、ファンシーなキャラのピンでサイドに分けて止めた恋子は、今日の出来事を語っていった――
――恋子の職場。いつも通り後藤の横で激しいタイピングを披露している恋子。
「早乙女先輩、また無茶な仕事を……?」
「違うよ! 今日はね、仕事終わりにコラボカフェに行こうと思ってるからノー残業目指すの!」
「あー。そういえば早乙女先輩が勧めてくれたアニメがコラボカフェ開催するってネットで流れてましたね」
パソコンとお見合いしていた恋子は、キラッと瞳に光を宿し、そのまま後藤に向ける。
「後藤ちゃん! 一緒に行く!?」
「……ぜ、是非ご一緒させてください……」
あまりの勢いに、つい承諾してしまった後藤。にわかの自分が行って場違いじゃないだろうか、なんて考える。
「アニメ1期のコラボだから原作見てなくても、アニメを見てたら充分楽しめるよ!」
「そうなんですね、良かったです!」
後藤の不安を感じたのか、すかさずフォローを入れる限界オタク早乙女恋子。
「さ、お仕事終わらせちゃお〜!」
モニターの前に置かれた、コラボカフェで写真を撮る用のぬいぐるみを眺めながらタイピングを続けていく。
モニターやキーボードに視線を落とすことなく、ただぬいぐるみを凝視している。にもかかわらず、ミス1つなく資料を作成していく。
「相変わらず人間離れしてますね……」
「『転生OL〜神業タイプで異世界無双〜』って感じ!?」
「ちょっとなに言ってるか分からないですね」
狂言を繰り出す恋子をあしらう後藤も、恋子ほどではないがブラインドタッチが出来るため、話をしていても作業は進む。
「少しいいか早乙女」
楽しげに作業を進める2人の後ろから声をかけたのは、杉田泰斗。コーヒーを片手に優雅に現れた杉田は、空いているもう片方の手で1冊の資料を手渡した。
「人の返事聞く前に押しつけるのどうかと思います」
「うるさいぞコバンザメ。これは早乙女に頼んでるんだ、関係ない奴は引っ込んでろよ」
毎度、恋子に絡むのを制止する後藤を、コバンザメと揶揄する杉田。
恋子は、杉田の態度や距離感にイライラしていた。
「もう定時が近いですし、予定があるので明日でもいいですか?」
「ダメだ。今日中に終わらせろ」
「嫌ですね」
「俺がやれって言ってるんだ、先輩のお願いは大人しく聞けよ」
たかが1年先に入社しただけで業績は、恋子はおろか後藤にも劣る杉田。にも関わらず、先輩風を吹かせ威張っている。
「はぁ……いつもありがとうございます。おかげさまで業績が右肩上がりですよ、杉田せ・ん・ぱ・い」
挑戦的な表情で、含みのある言い方をする恋子。だが、この男の耳には、感謝の言葉しか届いていなかった。
「でもいいんですか右肩下がりさん――じゃなかった杉田さん。これ、杉田さんが任された仕事ですよね。早乙女先輩に押し付けてたらいつまで経っても出世できませんよ」
「は? 俺は後輩に仕事を回してやってんだよ! 感謝はされても、嫌味を言われる理由なんてねぇんだよ!」
力強く言い放つものの、後藤の目力に気圧されて杉田は撤退した。
「早乙女先輩、手伝いますよ」
「いいの?」
「もちろんですよ。一緒にコラボカフェ行くんですから」
「後藤ちゃん……しゅきぃ♡」
☆☆☆
時刻は、定時の17時を2時間越えた19時。
すっかり日は沈み、オフィスからは、
「この景色、仕事してからは単に綺麗だなぁって思えなくなったよね……」
「日本人は働き過ぎますから……」
荷物をカバンに詰めながら夜景を眺める2人。
そこに、1人の男が悠々と推参する。
「ご苦労、時間かかりすぎじゃないか?」
「「…………」」
上から目線のそいつは、もちろん杉田泰斗。
スマホを片手に恋子の前に立つと、ある画面を見せるように恋子にスマホを近づける。
「レストラン予約してるから、行くぞ」
「予定あるので無理ですね」
「は? 俺がデートしてやるって言ってるんだぞ? それにもうホテルも取ってある。いつもその胸で俺を誘惑しやがって」
「無理ですね」
平然とセクハラ発言をかまし、当然の如く一刀両断される杉田。
だが。
プライドを傷付けられたからか、それとも自信満々で誘ったのに断られたことによる恥ずかしさからか、杉田の表情が歪む。
「いいから行くぞ、お前は俺の女だろ。言うこと聞けよ」
逃げようとした瞬間、恋子は強引に腕を引っ張られたことに
「やめてください……!」
「やめろだと? 彼氏に向かってなんてこと言うんだお前は!」
「きもちわる」
徐々にヒートアップしていく杉田の勘違いに、ついポロリと後藤が本音を漏らす。
その言葉にピクリと反応した杉田。
「おいコバンザメ、今なんて言った? おい!」
「きも――」
圧をかけるように近付かれるものの、全く動じない後藤。
再び本音をぶつけようとしたその時。
「――杉田ァ! キショいことしてんなァテメェ! 部屋の外まで響いてんぞ?」
低く威圧感のある声が響く。一声で杉田の動きは完全に硬直する。
その声は、ヒールのカツカツという音と共に近付いてくる。
「……今日はもういい! 覚えてろよコバンザメ」
声の主がドアから入ってきたのと同時に、反対側のドアからそそくさと去っていく杉田。
「大丈夫だったか? お前ら」
「部長ありがとうございます。助かりました!」
「菊子さん助かりました」
後藤に菊子さんと言われたその人、須藤菊子。
大人びた印象を与える深緑の髪に、惹きつけるような目力。
見るからにキャリアウーマンという印象を与える須藤は、タイトなパンツスーツで際立った美脚を組み、デスクにもたれかかるように腰掛ける。
「てかこれやってたの?」
「はい、杉田さんがまた……」
「あいつほんとダメだな。これあいつに任せたやつなのに……」
片手に体を預けるようにだらっと座るデスクの端に置かれた資料を持ち上げ、パラパラと目を通す須藤。
「華、今度からはもっと早くメッセ飛ばしなよ?」
「……はい。気を付けます」
「もしかして、後藤ちゃんが部長を呼んでくれたの?」
「まだ近くにいるかなと思ったのでメッセージを送りました」
後藤と須藤は、小学生の時からの付き合い。1年しか被ってなかったものの仲が良かったらしく、今でも円満な関係が続いている。
「恋子も、ああいうのは上司を通せって突っ返すようにしろよ?」
「はい、気を付けます」
資料で軽く恋子の頭を叩くと、自分のデスクに資料を移動させた須藤。
「早乙女先輩、まだ間に合いそうですか?」
「うん、まだ時間あるよ」
「菊子さん、私たち予定あるので失礼しますね」
「おう、楽しんでこいよ。杉田は自主退職に追い込ませるよう社長と結託しとくから安心していいぞ」
ニシシ、と整った顔をクシャッと崩してイタズラに笑う須藤は、大きく手を振り恋子たちを見送った――
「――ってことがあったの!」
『なんだハッピーエンドじゃん』
「過程がクソでしょ!」
クワっと
「須藤さんカッケェな」
「だよね! ヘマしたら凄い形相で怒られるけど、尊敬してる」
恋子は、シュンと顔を下げるが、一瞬にして目を輝かして尊敬の念を深めた。
「てか杉田さん、私たちに仕事押し付けて自分は別の部屋で待機してたんだよ!? ありえなくない!?」
『まぁ世の中クズってのは一定数いるからな。上司が神なのが救いじゃね?』
「ほんそれ」
コラボカフェで獲得したコースターをファイリングしていく恋子は、悠貴の意見に激しく同意した。
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