20 ご、ごごごごごめんなさいぃぃぃ!!

「次は私たちですね、ユリオスさま」

「うん、護りを固める感じでいこう」


 あらかじめ決めていた作戦を再確認すると、ユリオスはソードホルダーから木剣を抜き、相手のペアに向かう。


「よろしくね、レイラ」

「……っす」

「ナノさん……? もよろしくね」

「は、はいぃ……」


 怯えるように頭を抱えるのは、ナノ・ユーフォルビア。

 控えめに結われたおさげ髪。それに丸メガネの奥に控えるタレ目で、大人しい印象を与える彼女は、クラスでの存在感が薄い。


「レディー」


 前置きになしに、アイリが開始の合図を言い始める。

 両ペアのプリンセスは、プリンスの後ろに控えて相手を伺う。


「ファイト!」


 戦いの火蓋が切られたと同時に、レイラがユリオスに向かっていく。

 細かな斬撃で、ユリオスが反撃する隙を与えない。


「シアさん、様子はどう?」

「レイラさまがティアラを持っている素振りは見えません。恐らく、シオンさまペアと同じ作戦かと」

「了解」


 レイラの攻撃力を受け流しつつ、着実に動きを解析していく。

 振りの癖や、重心。視線や、体の向き。その全てを掌握した時、ユリオスの反撃が始まる。


「重さが足りないんじゃない? それと、動きが単調だよね」

「……」


 相手の心を逆撫でする発言。


(これエデルなら絶対動きにブレが出るんだけどな。感情に流されねぇタイプか)


 正確に、素早く打ち込み続けるレイラ。単調な動きだが、桁外れの速度のため、容易く動くことは出来ない。予測で動き、それを外した場合は確実に防御が間に合わず打たれる。


「ナノさんは動く様子が無さそうだね。どういう作戦?」

「……」

「あはは……やっぱり喋ってくれないか」

「ユリオスさま、ナノさんがいません!」


 と、そんな時ナノが消えた。先ほどまで距離を取るようにレイラの後ろにいたはずだった。

 数秒前にユリオスは、ナノが動いていないことを確認していた。


「……っ!」


 無意識のうちに、ユリオスの視線は声を放ったシアに向いている。

 ナノがいない。つまりそれは、シアにティアラを付けにきたということ。


 阻止するには、早くシアの下へ戻らないといけない。

 レイラが繰り出す斬撃を、木剣を落とさせることで阻止して、一歩シアに向けた時だった。


「ユリオスさま、後ろ!」

「嘘でしょ!?」

「ご、ごごごごごめんなさいぃぃぃ!!」


 ユリオスの背後には、落とさせたはずの木剣を握ったナノがいた。

 ユリオスを薙ぎ払うように振られた木剣は、見事ユリオスの体勢を崩すことに成功した。


「ユリオスさ――」

「っす」


 シアの意識がユリオスに逸れる。その隙をついて、レイラはティアラをそっと乗せた。


「――勝者、レイラペア!」


 その結果に、生徒たちは呆気に取られた。

 決してユリオスが弱かった訳ではない、ペアのコンビネーションも悪かった訳ではない。ただそれ以上に。


「レイラとナノさんのペア凄すぎない!?」


 そう、あの2人のコンビネーションが常軌を逸していたのだ。


「ユリオスさま、ごめんなさい。お役に立てずに」

 

 負けたというのに、どこか嬉しげな顔をするユリオス。そんなユリオスとは対照的に、明らかに顔を曇らせるシア。


「これは僕らの作戦より、彼らの作戦の方が上回ってただけだよ。悔やむんじゃ無くて、素直に相手を認めよう」

「……そう、ですね。彼らのコンビネーションはとても凄かったです。それに――」


 どこか悔しげな表情で、言葉をつづけたシア。


「ナノさん、声帯模写なんて驚きました」

「ひゃ、ひゃい! ごご、ごめんなさいぃ!」

「別に謝ることじゃないですよ。あれは最初から作戦だったんですね」

「え、声帯模写?」

「そうですよ、『ユリオスさま、ナノさんがいません!』って私は言ってないです」


 あの声は、意識を逸らすためだけにナノが発した。

 緊迫した状況ではどこから声が聞こえたかなんてのは、考えない。声の主の方を見るのが必然。


 実際シアを見たユリオス。そして実は運動神経のいいナノは、その隙を突いて近付きユリオスに攻撃した。


 そして瞬間的に手渡されたティアラを、ユリオスが体勢を崩した際にレイラがシアに乗せた。


「レイラの攻撃も、ナノさんの奇襲もどっちも凄かった!」

「……っす……」


 にぱっと笑うユリオスに、レイラはいつも通りの反応を取り、目を逸らそうとする。が、なにかを決意するようにユリオスを見据える。


「あ、あ……」

「……?」

「あざっす! ユリオスさんにそう言ってもらえて嬉しいっす!」


 地面に座り込むユリオスの前に、ちょこんと正座するレイラ。

 目を輝かせ前のめりになるレイラに、少し困惑するユリオス。


「ユリオスさんは俺の憧れなんす! 穏やかな感じで人に好かれてて、でもいざって時はカッコよく冷酷になれる! この前の決闘痺れました!」

「あ、ありがとね。レイラって結構おしゃべりなんだね」

「すみませんっす! 自分……人見知りで、それに加えて人との距離感が掴めなくて……」


 クスッと笑うと、ユリオスはその場から立ち上がる。


「謝ることないよ、そっちの方が楽しくていいね」

「ひ、引かないん……すか?」

「もちろん。今まで話してくれなかったのに今こう言ってくれてるってことは、少しは話したいなって思ってくれたんでしょ? 仲良くしてね、レイラ」


 パァァっと表情を明るくするレイラは、徐にジャージのポケットに手を入れる。


「これ! 受け取ってくださいっす! 本当はみんなと一緒に投げたかったんすけど……タイミング逃しちゃって」

「ありがたく受け取らせてもらうよ」

「あざっす!」


 戦いを経て、お互いを認め、新たな友情が芽生えた。そんな青春の1ページを景色の片隅で脳裏に焼き付ける人物は、推しの笑顔に1人で悶えていた。



 ♡♡♡



 放課後。今日も今日とてコロシアムで拷問を受ける生徒が1人。拷問を実行する教師が1人。そして、それを監視する生徒が1人。


「ペアでの授業、どうだった?」

「負けて悔しかったですね」


 恋子が見ている手前、ユリオスの皮を被っている。

 そんなユリオスは、アイリの質問に悔しさを表情に出し答えた。


「見事な負けっぷりだったな」

「プリンセスを護るって考えがいけなかったんですかね。恋子もナノさんも攻めてたし。でも護りながら戦う授業だったし……」

「攻撃は最大の防御だからな。まぁユリオスの戦い方もアリといえばアリなんだけどな」


 アイリに打ち込み続けるユリオスは、今日の反省をしていく。

 小気味よく鳴る木のリズムが辺りに響きわたる。恋子はこの音を心地よく耳に入れ、すやすやとコロシアムの観客席で眠りにつく。


「ユリオス。今日の敗北は、きっとこの先お前を強くする。ガッチリ護るだけが正解じゃないって気付けたのがその証拠だ」

「確かに……2人で戦うなんてしたこと無かったので、いい経験になりました。もう負けません」

「ははは、随分と自信があるんだな!」


 木剣に衝撃が加わると同時に、握る手を緩めたアイリ。


 そのまま地面に落ちていく木剣。地面に剣先が着く僅かコンマ数秒、その間にアイリの脚は、ユリオスの木剣の側面に蹴り込んでいた。


「……っ!」

「お、今日は受け止めれたんだな」

「最近蹴られすぎてもう動作見極めました」


 木剣をアイリと同じように手放したユリオスは、羽織っていたジャージを脱ぎ捨てる。


「素手での殴り合いが1番燃えるだろ?」

「物騒ですね、まぁ剣よりは扱いやすいんですけどね」


 対抗するようにジャージを脱ぎ捨てたアイリとの肉弾戦は、1時間にも及ぶ訓練になった。


「――ふぁぁあ。2人とも、もう終わった?」

「お……おは、おはよう……」

「こ、こい……恋子……今終わった……よ……」


 気持ち良さげに体を伸ばす恋子。ブレザーとシャツが上に引っ張られ、恋子のお腹がチラリと顕現する。


「2人とも……加減って知らないの?」


 息を切らす2人。毎度のことなので、恋子も慣れた様子で見守るものの、いつも疑問に思っている。


 恋子から受け取ったタオルで汗を拭いながら、息を整えつつユリオスがこう溢す。


「それはアイリ先生に言って……」

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