19 扱い雑くないですか!?

 ♡♡♡



「今日はペアでやるから、まずはペア決めするぞー」


 コロシアム。今日は男子生徒だけでなく、女子生徒も中央へと呼ばれた。


「どういう状況? 女子も剣術するの?」

「ユリオス様、知らなかったの?」


 困惑するのはユリオスだけで無く、男子生徒全員だった。

 いつも通り剣術だと思い、ジャージをラフに着こなした状態でコロシアムに着いたと思えば女子がいた。


 ジャージのファスナーを急いで上げて指を挟んだ生徒もいたほどテンパった男子生徒たち。


「すまんすまん、アタシが伝えるの忘れてたわ」

「気にしないでください、ミスは誰にだってありますよ。だよね? みんな」

「そ、そうですよ。ユリオスの言う通りです」


 ユリオスの言葉に同調し、先ほどの失態を取り返すべく、男子生徒たちは爽やかに振る舞う。


「言い忘れてた手前言い辛いが、これはすごく重要だから真剣に取り組めよ」


 ペア決めは、女子生徒4人が男子生徒を指名して仮のペアを決める。そして、実際に授業をする。それを何度か繰り返して、剣魔祭に出場する正式なペアが決まる。


 このペアは基本、卒業まで固定される。なので、この試しの期間は非常に重要な期間だ。


「ユリオスしゃまぁ♡」


 そんなペア決め。当然、恋子はユリオスの元へと一目散で駆け寄っていく。


「ユリオスさま!」


 がその時、恋子の動きを止めるように大きな声が響く。

 声の主は、ユリオスにマフィンを焼いたシアだった。


「私とペアを組んでいただけませんか?」

「また先越された…… 」

「恋子さん、公平にじゃんけんしましょう」

「いいの!?」

「もちろんです。私が割り込んでますしね」


 衝動的に声を出した罪悪感からか、フェアな提案をするシア。

 恋子は気合を入れるようにジャージの袖をまくり、シアの前に立った。


「負けても恨みっこなしだよ?」

「負けませんよ恋子さん」


 周りの生徒たちは動きを止める。


 好奇心が生徒の関心を惹く主な要因。だがもし恋子が負けた場合、素早くフォローに行かなければならないという考えも要因の1つになっている。


「「最初はグー!」」


 開戦の狼煙が上がる。

 辺りが微かにひりつく。アイリの表情も、「なんでもいいからテンポ良くやれ」と言わんばかりにひりつく。


「「じゃんけんポン!」」


 お互いの体の間で出された手に視線を送る。

 片方はパー。片方はチョキ。あいこにならず、1回で勝負がついた。


「……負けたぁぁぁあ」

「勝ちました!」


 パーを出した自分の右腕を戒めるように握りながら地面へ崩れ落ちた恋子。


「明日は勝つ!」

「望むところです」


 嫉妬に狂うと予想してた生徒たちは、あっさり負けを認めて明日も競うつもりの恋子を見て、杞憂だったと笑う。


 賑やかに笑いが飛び交う中で、ボソリと誰かが呟いた。


「チヤホヤされてるからってつけあがるなよゴミが」

「……?」


 そんな小さな呟き。だが、ユリオスの耳には鮮明に聞こえた。


(これ絶対俺に言ってるよな。誰だよ)


 低い声の持ち主に、心当たりはなかった。

 辺りを見渡すが、ユリオスに敵意を向けているような人物はいない。


「明日からはユリオスだけ指名制な。スムーズに行こう」

「これは勝ち確! ね? ユリオス様!」

「ん? ごめん聞いてなかった」


 声の主を探していたユリオスに雑に扱われた恋子は、渋々シオンと組んで指定された場所に整列した。


「ユリオス、どうかしたのか?」

「うん。なんか、『チヤホヤされてるからってつけあがるなよゴミが』って聞こえた」


 整列する生徒を見ながら、アイリは様子のおかしいユリオスを気にかける。


「まぁプリンスナイトは恨みを買うからな」

「やっぱ俺に向けての言葉だよな」


 ユリオスの疑問は、確信に変わる。そして、影でコソコソするようなやつは叩き潰すと誓った。


「あ、てか。学生証ってどうすりゃいいんだ? カバンの中がジャラジャラうるせぇんだよな」

「準備室に置いておくか? 前に恨みを買ったプリンスナイトが従者の学生証盗まれて、管理がどうたらみたいなイチャモンで吊し上げられたからな」

「え、こっわ」


 アイリの話を聞いて、即決で提案に乗った。


 盗まれたことが発覚したのは、吊し上げられた生徒が退学してからだったそうだ。


 それほどに過激な吊し上げだったと容易に想像がついたユリオスは、体を少し震わせた。


「さ、パートナーの下に行ってやれ」

「うす」



 ♡♡♡



「女子生徒に選ばれなかった悲しいプリンスは、我慢して男子と組んでくれ。プリンセス役もちゃんと決めとけよ」

「結局プリンスフォーの出来レースじゃね?」

「それな」


 数名の男子生徒は、理不尽な世界を呪いながらウィッグを被り内股を意識する。


「ユリオスさま。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね。あ、そうだ。昨日のマフィンありがとうね、美味しかった」

「よ、喜んでいただけてよかったです!」


 異例の学生証獲得劇を嗅ぎつけた生徒たちに囲まれて、結局お礼を言えてなかったユリオスは、思い出したようにシアにお礼を告げた。


「今度作り方教えてくれない?」

「でしたら後日ご一緒にいかがでしょうか。私の家のキッチンを使いましょう」

「いいね、お願いするよ」


 鮮やかなお誘い。ここが恋子との大きな差だろう。

 

「…………むぅ」


 声は聞こえないものの、朗らかな雰囲気からなにかを察した恋子。

 ぷくっと頬を膨らませ、分かりやすく機嫌を損ねる。


「恋子ちゃん、今は授業に集中しよっか? そろそろシオンたちの番だよ」

「はぁい……」


 恋子を背に庇うようにザッと相手ペアに向き合う。

 ウィッグを被ったプリンスを、半笑いのプリンスが護っている。


「プリンセスを護りながら相手側のプリンスにこれをつければ勝ちだ」


 アイリが手に持つのは、完全降伏と書かれた紙が貼られたティアラ。

 

 今日の授業は、『護りながら戦う』、『戦いの邪魔にならないように振る舞う』の練習。

 

 この授業で見るのは、臨機応変な対応。それに生徒各自の特質。これを基準に剣魔祭のメンバーが決定される。


「シオンペア、女装ペアその1、準備はいいか?」

「「はい!」」

「「扱い雑くないですか!?」」


 女装ペア、プリンス役ケイト・ルーザー。


 光を吸収し反射するほどの白さを保つ髪。動きに合わせて、くるぶし辺りを軽やかに踊る毛先。


 女子生徒を抑え学園1の長髪を誇るケイトは、木剣を構えシオンと対峙する。


「名前通りルーザーにならないといいね」

「えぇ……シオン、言葉のオブラートって知ってる?」

「ルーザーケイト頑張ってー」

「おいプリンセスもどき! 絶対、敗者ケイトって意味で言ったでしょ!」


 プリンセスもどきと呼ばれたのは、我慢して女装した生徒の1人。シリウス・キュール。

 シリウスは派手な金髪のウィッグを、志願して被った。なぜなら、なんの特徴もない黒髪から目を逸らしたかったからだ。


「シオンくん頑張ろうね」

「はーい」


 シオンとケイトの間に立っていたアイリは、後ろに下がり距離を取る。


「それでは今から実技練習を始める。レディー……」


 真剣な眼差しで、お互いに睨み合う2人のプリンス。

 周りで見学する生徒たちは、この張り詰めた空気を壊さないように、息を潜めている。


「ファイト!」


 アイリの掛け声と共に、駆け出したのは2人の人物。

 

「え? え!?」


 右から回り込むようにシオンが。そして、左から差すように恋子が。


「さて、ここで問題です!」

「シオンくんと私」

「「どっちがティアラを持ってるでしょーか!」」


 ティアラを隠していると錯覚させるため、2人とも左手を後ろに回している。


 揶揄うよに口角を上げる2人は、速度を緩めることなくプリンセスもどきに迫る。


「恋子が動くのは予想外だった……! でもさ、あくまでフェイントで、シオンが持ってるってのが……定石だよな!」


 シオンに立ちはだかるように構えると、素早く木剣を振り下ろす。


「――はい、しゅーりょー!」

「名は体を表すじゃん。しっかりプリンセスを護ってよぉ」


 背後から聞こえた揶揄うような声を聞いて、ケイトはその場に崩れ落ちる。


 Vサインをする恋子と、ティアラを付けられて泣き真似をするシリウス。


「勝者! シオンペア!」


 そんな2人を見て笑いを堪えながら、アイリが言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る