18 ユリオスくんの従者として恥のないように頑張るね!

「次シオン頼むぞ」


 レイラの隣に並ぶシオンに順番が回ってくる。

 ぶりっ子と寡黙っ子の次は、なにっ子が来るのか。生徒たちの目は期待でキラキラと輝いていた。


 ニパッと笑みを浮かべると。


「ユリオスくんの従者として恥のないように頑張るね!」

「「「えぇぇぇぇ!!??」」」


 片膝をついて学生証を差し出すシオン。


 生徒たちはもちろんのこと、ユリオスも相当驚いていた。


「(ちょっと? どういうこと!?)」

「(ごめんね、あの2人より目立つにはこれしかなくて……。あ、でも学生証は渡す予定あったし。早まっただけだよ!)」


 おずおずと受け取ると、引き攣った笑みで感謝を告げた。


(これ受け取り拒否とかねぇのかなぁ……なんか身構えるんだよな、従者とか言われても。嫌な予感しかしない)

「もう従者2人目だなユリオス! あと2人であれが来るぞ」

(ほらな? 大体イベントフラグだろうよ)


 詳細こそ明かされていないが、周囲の反応やアイリのワクワクとした笑顔から色々と推測したユリオス。きっと避けられない面倒事に違いない。そう確信した直後、ユリオスの番が回ってくる。


「従者の2人に恥じない行動を心がけます」


 真っ直ぐな目で生徒たちを見据え、しっかりとした声量で放たれた言葉は、生徒たちに安心感を与えた。


 そして同時に、四方から学生証が舞う。


「え、え……?」


 現状に困惑するユリオスだが、そんなことをお構いなしに生徒たちは爆発的な歓声をあげている。


「これは……予想外だな」

「こういう場合どうするのが最適解ですか?」

「全部受け取るしかないぞ。よ! 人気者!」


 アイリに言われるがままに地面に落ちた8枚の学生証を拾い上げたユリオスは、一言告げた。


「物を雑に扱わない!」

「「「はい……」」」



 ♡♡♡



 時は少し遡り。

 女子生徒が学ぶ、プリンセスの所作。


「――つまり、護られてばかりではいけないということです」

「なるほど……」


 机が4つ置かれただけの小さな教室。そこで女子生徒はプリンセスとして大事なことを学ぶ。


 今日習っているのは、心構え。『女だから、プリンセスだから護られて当然。なんて考えは今すぐに捨てなさい』というものだった。


 その考えはプリンスを苦しめるだけでなく、自分すら苦しめる愚考だと教師は言う。


「今後貴方たちは、プリンスと2人1組での授業が数多くあります」


 前置きのように言うと、教師は再び言葉を続ける。


「そんな授業の時に求められるのは、プリンスが動きやすいように立ち回るという意識です」

「つまり全力でユリオス様をサポートするということですよね!?」

「えっ……と、ユリオスさんだけではなく他の方にも気を配って欲しいのですが……恋子さんはそれで大丈夫です」

「はい!」


 恋子の隣で、嫉妬からぷくりと頬を膨らませるシア。だが恋子はそんなシアに気付きもせず、ユリオスとのペアを妄想して表情を緩める。


「明日の剣術の授業から早速ペアを組みます。極力色々な人と組んでみてくださいね」


 教師の視線は恋子を捉えるものの、やはり恋子は気付かない。


「(負けませんよ……恋子さん)」

「ん? シアちゃん何か言った? ボーッとしてて聞いてなかったごめんね」

「ううん、大丈夫ですよ。明日、頑張りましょうね」

「うん! 頑張ろう! 今から待ち遠しい♡」



 ☆☆☆



 とあるカフェ。薄暗い店内にクラシックが流れ、ほろ苦い香りが漂う空間。


「ここすごくオシャレですね。教えてありがとうございます、早乙女先輩」

「お気に入りなんだぁ。後藤ちゃん時間大丈夫だった? 強引に連れてきちゃったけど」

「全然大丈夫ですよ! 用事が済んで帰るところだったので、声をかけていただけてよかったです」


 数分前、この2人は都会の真ん中でばったり出くわした。

 少し暗い表情をしていた後藤が心配になり、半ば強引にお気に入りのカフェに引っ張って来た恋子。


「後藤ちゃんとプライベートで2人っきりっていうのはなんだか新鮮だね」

「ですね。ランチはご一緒する場合が多いですけど、お休みの日に会うのは初めてですもんね」


 注文した商品が手元に届く。

 恋子おすすめのウインナーコーヒー。ウインナーが突き刺さったコーヒーを期待して注文したのがきっかけで、恋子はウインナーコーヒーの美味しさを知った。

 

 コーヒーを隠すように絞られた、きめ細かいホイップクリーム。カップから盛り上がるそれには、着飾るようにシナモンパウダーが振りかけられている。


 まろやかに立ち昇るコーヒーの香りを際立たせるシナモン。混ざり合う2つの香りは相乗効果を起こし、辺りを魅了させる。


「ウインナーコーヒーって初めて飲みます。クリームってすくいながら飲むんですか?」

「私はそのまま飲んで、減ってきたら混ぜて飲んでるよ。いろいろ飲み方あるってマスターが言ってたよ」


 恋子が視線を送る先は、普段1人で来る時に座るカウンター席。


 カウンターにはマスターがいる。

 目元を赤くキラキラと着色させ、下まぶたに濃くアイラインを引き、燃え盛るように真っ赤なリップ。黒のコックシャツをまとったガタイのいいワンレングスの男だ。


「あらぁなにかお困りごとかしらぁ?」

「ううん! ウインナーコーヒーってどの飲み方が美味しいのかなって! それよりマスター今日の地雷メイクも最高!」


 バチっと目が合い、テーブル席まで足を運んだマスター。メイクを褒められたマスターは、嬉しさを表現するために泣き腫らしたように赤い目の片方を、パチリと閉じてウインクしてみせた。


 そのウインクは、どこかの先輩王子様よりキラキラと輝いていた。


「怯えなくても大丈夫よぉ……オネェさんは無害だ・か・ら♡」


 見てはいけないものを見たかのような感情になり、固まる後藤。そんな後藤を和ませるようにおどけてみせるマスター。


「あ、すみません……そんなつもりじゃなくて、その……そういう人を初めて見るので。不快にさせたらごめんなさい」

「気にしなくていいわよぉ、慣れてるからね」


 どこか遠い目で後藤を見ると、ニヒルな笑みを浮かべてみせた。


「自分らしく生きる。そんな当たり前のことを嫌う人もいるし、自分らしく生きてる人を型にはめようとする人もいるのが人生ってものだから」

「苦労されてるんですね」

「自分らしく生きる……」


 なぜかズキっと心が痛む恋子は、マスターの言葉を繰り返すように漏らす。


「どうかしたの?」

「う、ううん! マスターはやっぱり言葉に深みがあるなぁって!」


 何かに気付いたように目を見開くマスターだが、そっと温かい笑みを浮かべる。


「あらぁ嬉しいこと言ってくれるじゃなぁい? 今日はオネェさんの奢りよ、ゆっくりして行ってねぇ」


 カウンターに戻り、カップを拭き始めたマスター。


 食洗機から取り出し、丁寧に拭いていく。しっかり汚れが落ちていることを確認したら、棚に収納する。


 収納する箇所は、見栄えがいいようにマスターが熟考して配置している。人がくつろぎやすいよう、心理学等を学んでいるほどの努力家なマスターだった。


「早乙女先輩、今日はありがとうございました」

「ん、急にどうしたの?」

「気を遣ってくれたんですよね」

「そんなことないよ。ちょっと落ち込んでるかなって思ったけど、私が後藤ちゃんとお茶したかったからだよ!」


 後藤の唇に付いたホイップクリームを紙ナプキンで拭う恋子は、ルーク顔負けの俺様の笑顔で続ける。


「後藤ちゃんは、笑ってる顔が1番だよ」

「早乙女先輩……乙女ゲームに侵食されてますよ」

「これセクハラにならないよね……?」


 決めゼリフを放ったもののいまいち締まらない恋子は、えへへと笑いながら、サービスで提供された豆菓子をポリポリと頬張る。


「不快に感じないので、セクハラにはなりませんよ」

「え、私口説かれてる?」

「勘違いですね」


 和気藹々とする2人を眺めながら楽しげに微笑むマスターは、カウンター席に座る客と、「若いっていいわねぇ」なんて雑談していた。

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