16 誰が気狂いだコラ!

 プリンス学園、校門前。朝のホームルームまで後5分。

 

「遅い、余裕持って行動しろよお前ら」

「エデルくん待ってたの?」

「従者だからな」


 門柱にもたれ掛かりながら、朝食のパウチゼリー飲料をギュッと握るエデル。咀嚼もそこそこに、ゼリーを喉に流し込んだ。


「別に待ってなくてもいいんだよ? 従者って言っても名目上みたいなもんでしょ」

「やると決めたからには全力でやろうと思ったんだが……」


 その場にたむろするようにヤンキー座りをしながらユリオスを見上げるエデル。その様子を怯えながら通り過ぎる生徒たち。


「アン? 見せもんじゃねぇぞコ……」

「はい威嚇しない! ごめんね? 悪い奴じゃないと思うから怖がらなくて大丈夫だよ」


 怯える生徒をさらに怯えさせるような態度のエデルに萎縮する生徒に、ユリオスは謝罪と弁解を済ました。


 そしてエデルに近付きジーッと観察するユリオスは、自分の顎に触れ、深く考えるようにうねり声を上げる。


「な、なんだよ」

(俺こんなに目つき悪くねぇよな……?)


 ユリオスは昨日恋子に言われたことを微かに気にしていた。

 自分は本当に、この全生徒から恐れられるような問題児と似ているのか。客観的に観察するが、やはり似ている点が見当たらないと確信していた。


「エデル。従者を名乗るなら、まずはこべりついた気狂いのレッテルを剥がそうか」

「誰が気狂いだコラ!」

「でもユリオス様の意見は一理あると思うよ?」


 廊下を進みながら、エデルを指摘するユリオスと恋子。


 ユリオスの従者は柄が悪い。なんて評価は、回り回ってユリオス本人の評価に繋がりかねない。そんなことになれば、今後のユリオスの生活に関わる。


「プリンスナイトって評価が大事なんだよね。素行、成績。これが悪いと教師から信用されなくて色々困るらしいんだ」


 バイク登校をした際にアイリから聞かされていた。各学年のプリンスナイト計6人、それぞれが学園の顔。その意識を常に持てと叱咤されたユリオス。


 予鈴まであと1分。教室にたどり着いたユリオスと恋子は、エデルに明日からは待たなくていいことと、ある課題を告げて教室に入った。


「おはよー!」


 元気よく教室に入る恋子に、周りの生徒たちも元気よく返事を返す。

 毎朝、恋子の挨拶で教室が一気に騒がしくなる。何度か隣の教室からクレームが来たほどに。


「ユリオスくんもおはよう!」

「おはようシオン。なんだか嬉しそうだね」


 白のTシャツに学校指定の白いジャージで身を包み、爽やかさを放ちながら満面の笑みを浮かべるシオン。


 教室を見渡すと、所々にジャージを着てそわつく男子生徒が目に入る。Tシャツは指定のものが無いため、各々そこで個性を発揮していた。


「だって剣術の実技がやっとできるんだよ!?」

「もしかして1限目から?」


 ユリオスは学校に置き勉してるため、時間割を把握していない。そのためいつもシオンに教えられている。


「そうだよ。え、もしかしてジャージ忘れた……?」

「いや、ジャージは毎日持ってきてる」

「良かったぁ……え、毎日?」


 実は、自主練でコロシアムを使わせてもらっているユリオス。昼休みの空いた時間や、放課後に恋子がログアウトした時などに。


 そして、アイリに呼び出されて強制的に訓練が始まる場合もある。それ故、ユリオスのスクールバッグにはジャージと財布のみが収納されている。


「アイリ先生に指導してもらったりしてるからね」

「えーいいなぁ」

「いやいや、強引に呼ばれて学園を周回させられてから怒涛の打ち合いだよ? さながら拷問――」


 シオンの顔が凍りつく。そして同時に、背後に殺気を感じるユリオス。

 パキパキと明確に聞こえる関節の音。恐らく背後でアイリが拳を鳴らしているのだと確信しているユリオスは、容易に振り返ることが出来なかった。


「シオン、お前もやるか? 拷問」

「あ、えっと……大丈夫でーす……」


 ユリオスの言葉を皮肉めいたように引用するのは、もちろんアイリ。

 圧を浴びせられたシオンは思わずたじろぐ。


「ユリオス」

「はい!」


 温もりを感じられないほどに投げやりに発せられた言葉に、思わずユリオスは声を大にして返事する。


 そんなユリオスを、「新鮮味がある〜」なんて軽いノリで傍観している恋子は楽しそうだった。


「今日も拷問な。恋子、今日も借りるわ」

「分かりました、見に行きますね」


 快諾した恋子は、強者にボコボコにされるイケメンを拝むという名目で毎回、背徳カプの進展を監視している。

 

「はいホームルームは特に言うことないから、各自1限目の用意しとけよー」

「「「はい」」」


 アイリは教卓に出席簿を雑に置くと、ガラガラと扉を開けて教室を後にした。


「あの……ユリオスさま」

「ん? どうしたのシアさん」


 おずおずとユリオスに話しかけたのは、クラスに4人しかいない女子生徒の一人、シア・ゼラニウム。


 ショートボブにしたダークブラウンの髪が控えめながらも美意識を感じさせる。

 そしてすらっとしたモデル体型で、お淑やかさを感じさせる振る舞いが特徴の女子生徒が口を開く。


「実は、マフィンを作ったので食べていただきたくて……」


 シアの手に持たれたのは、透明のフィルムが貼られ中が見えるようになった小さな紙袋。

 中には、ユリオスのために作られたマフィンが入っている。


 マフィンカップから膨れ出たマフィンには、チョコチップが散りばめられ、可愛らしい見た目をしていた。


「ありがとう、でもどうして僕に?」

「私、お菓子作りが趣味で……ユリオスさまは洋菓子が、学園内で食べながら歩くほど好きだとお噂を耳にしたので」


 ユリオス本人は知らないが、学園の生徒に何度も洋菓子を頬張る姿を目撃され、ユリオス様は甘党ということが学園の常識になっていた。


(アイリが出してくれる洋菓子を食べながら歩いてるの見られてたか?)


 俯きながら説明したシアは、チラッとユリオスを見上げるように視線を送る。


「ご迷惑でしたか……?」

「そんなことないよ、ありがとう。授業終わりに食べるね」


 満面の笑みを向けられたシアは、顔を赤らめたまま、次の授業のために教室を移動した。


「先越された……」

「恋子ちゃん。1限目、女子は移動教室でしょ? 置いてかれちゃうよ」


 男子が剣術の時、女子は【プリンセスの所作】と言うものを学ぶ。


 言葉遣いや、優雅な身の動かし方。そんなことをみっちりと学ぶ。剣術担当のアイリは、「あれはマジで地獄だから興味本位で内容聞かないほうがいいぞ」と忠告するほどに過酷な授業らしい。



 ♡♡♡



 女子たちが教室から出た後、男子たちは更衣室へと揃って移動していた。


 各クラスごとに個人のロッカーが用意されている、設備の整った更衣室。

 室内は常に快適な室温が保たれていて、更衣室内にはシャワールームも完備されていた。王子たるもの、身だしなみにはとことん気を付ける。そんな考えの学園長が考案したようだ。


 すでに着替えている生徒たちは、自分の木剣を取りに更衣室へと足を運ぶ。


「早く本物を扱えるようになりたいよね」


 木剣をマジマジと見つめるシオンは、加圧のタンクトップの上からジャージを羽織るユリオスに言った。


「そう? 僕は木で充分かな」

「え〜欲しいよ! 2年生になったら全員本物の剣が渡されるんだよ? 待ち遠しい!」


 目を輝かしながら、腰に装備したソードホルダーに木剣を差した。


「しかもさ! 2年生のプリンスナイトはオーダーメイドらしいよ!?」

「気になったんだけど、本物の剣っていつなんのために使うの?」

「ユリオスくん知らないの!? 年に1回開催される剣魔祭だよ! 毎年1年生は木剣で出場して来年がどんな感じになるか体験するんだよ」

「今年もあるの?」

「もちろん!」


 剣魔戦争再現祭。生徒たちの間では、剣魔祭として親しまれるこの行事。

 これは数年前に起こった、剣術を指導する学園と魔術を指導する学園との戦争を忘れないための行事である。と同時に、プリンスナイト誕生を祝う行事でもある。


(いや世界観どうなってんだよ)


 シオンの説明に魔法が出てきたことについていけないユリオスは、いずれ魔法使いと遭遇することを覚悟した。

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