15 恋子、剣術やるか?

 お互い素手での戦い。

 もう王子同士の決闘だなんて誰も思えない。拳に脚。全身を使い泥に塗れ、見苦しく抗いながらも、お互い1歩も退かない。


「なかなか根性あるじゃねぇかボケ!」

「口悪いよ?」


 エデルの拳はユリオスの手の平に、ユリオスの脚はエデルの腕に止められ、お互いがお互いを制する状況が続く。


(しぶと! 乙女ゲーだろ!? カイハンでもこんな疲れねぇし、こんなボロボロになんねぇよ?)


 余裕を見せるユリオス。だが内心では、随分と疲弊している。

 強敵を前に興奮を抑えられないのか、無邪気な笑みを浮かべるエデル。止めていたユリオスの脚を掴み、斜め下に叩きつけるように投げ飛ばす。


「っと! まだそんな力残ってるの?」


 バク転をするように受身を取るユリオス。身軽に動くが、実際は肋の痛みに今にも悲鳴を上げたくなっている。


(痛ぇよ! こいつほんとなんなの!? 出るゲーム間違えてるだろ! どちらかと言うとカイハンのハンター面だろ! 王子様に不法侵入すんなバーカ! バーカ!)


 心の中で弱音を吐露するユリオスだか、ここで勝負に出た。


 全力で飛ぶようにエデルに近付き、軽く浮いた状態で左側頭部に1発蹴りを入れる。


 意識が飛びかけるエデルに追い討ちをかけるため、ユリオスは体をしなやかに使う。

 1発目を繰り出した脚を戻すように、既に地面に付いた左足を軸に右の踵でエデルの右側頭部を打ち付ける。


「……がっ!」


 全力では無いとはいえ、頭部を2回蹴られたにも関わらず、唇を噛んで意識を飛ばさないように耐えるエデル。


(マジかよこいつ。どんだけ丈夫なんだ?)


「ごめんね、これで終わりにしよう」


 サッと右足を上に伸ばすユリオスは、そのままエデルの左肩を沈める勢いで振り下ろした。


「……っ!」


 少なくとも、左肩の脱臼は確実。既に意識が朦朧としていたエデルが地面に這いつくばるには充分な痛みだった。


「……ふぅぅ」


 激しく動き、乱れた呼吸をリセットするように深く息を吐くユリオスは、オーディエンスに勝ちを知らせるように拳を握り左手を突き上げた。


「「「うぉぉぉぉぉおおおおお!!」」」


 コロシアム全体が沸き、ユリオスを讃える声が縦横無尽に駆け巡る。

 それと同時に、善戦したエデルを労う声も数々飛び交った。


「今すぐエデル・ポーチュラカを医務室に」

「はい!」


 ユリオスとエデルに駆け寄るのは、アイリ含める教師数名。


 担架に乗せられたエデルは、ガタイのいい教師2名によって迅速に運ばれていく。


「(悠貴、よかったのか? 草食系とは言えない戦いぶりだったぞ)」

「(あんま覚えてねぇ。マジ疲れた)」


 悠貴の事情を聞いて、なんとなくで偽って手を抜いているなら許さないが、理由があって偽るのならそれでいいと認めていたアイリ。そんなアイリは、あまりにも乱暴な戦い方を心配していた。


「ユリオスしゃまぁぁぁあああ!!」


 ジャージを抱き締めるように持った恋子が、ユリオスに駆け寄る。


「全身打撲してるし、肋ヒビ入ってるよね!? あと左の拳痛めてるんじゃ無い!?」

「正解、どうして分かったの?」

「分かるよ! どう立ち回ってたのかとかを見逃すことなくしっかり観察したから!」

(バケモンじゃね?)


 テンポのいい殴り合いを見逃すことなく、全ての立ち回りを把握していた恋子の洞察力は、恐らく人間離れしているんじゃないか。そう感じたのはユリオスだけでなく、アイリもそう感じていた。


「恋子、剣術やるか?」

「やらないです」



 ♡♡♡



 プリンス学園、学舎内。

 この男が廊下を歩くと、辺りがざわつくようになった。


「ユリオス様だわ! この間の決闘素敵でした! さすがプリンスナイトですわ!」

「普段のユリオス様も素敵ですが、雄々しき姿も大変魅力的でした!」

「ユリオス様! ファンです! 握手を……」

「あの時の鋭い眼光を向けていただけませんか? ユリオス様!」

「ユリオス! 俺様並みの人気になったな! 先日の戦いは見応えがあってよかったぞ!」

「シャァァァァァアアアア!!!」


 ユリオスをアイドル視してファンサを求める者や、マゾヒズムを発動させる者、自分と比べる者、そんな周囲の人間を威嚇する者。色んな人種に囲まれてユリオスは苦笑いを浮かべていた。


(勘弁してくれよ……)


 頭や腕に包帯やガーゼを取り付けられているユリオスは、歴戦の勇者のように扱われる現状をとても不満に思っている。


 本人の中では、あの決闘はどちらが倒れてもおかしくなかった。


 それなのに、プリンスナイトだから安定の強さだとか、学園の風紀を乱す人間を粛清したなんて言われるのは不本意に思っている。


「ユリオスくん、エデルくん退院したって聞いた?」


 不服そうな表情のユリオスの後ろから、確認するようにひょこっと現れたシオンが言った。


「え、入院してたの?」

「してたよ……ユリオスくんがおかしいだけだからね? あんなに殴り合ってたのに、それくらいの比較的軽症で済むなんて」


 軽症だった訳ではない。ユリオスの治癒能力はエデルより高く、時間が経つにつれ軽くなっていった。


 正確には、悠貴ゲーム機免疫システムが、バグの処理能力に長けているだけ。


「で、エデルは来てるの?」

「退院したらしいし来るんじゃないかな、まだ見てないけど」


 そんな話をしていると、タイミングよくガタイの良い男がザクザクと反対側から現れた。


「…………」

「……?」


 近付いてきた男、エデルは周囲に威嚇を続けていた恋子に接近した。


 少しの痛みを伴いながらも、濃い子を庇おうとするユリオス。だがその前に、エデルが先に行動を起こした。


「悪かった! お前を物扱いして賭けの対象にしたこと、侮辱したこと、ここに深く謝罪する」

「……別にいいよ? ユリオス様のカッコいいところ拝めたしぃ♡」


 直角90度、綺麗に頭を下げるエデル。だが、ケロッとしたようにポンポンとエデルの肩を叩く恋子。


「許してくれる……のか?」

「モチ! むしろ感謝すらある!」

「……ははは! おもしれぇ女……」


 珍しい物を見たと言わんばかりに目をぱちくりさせるエデル。そんなエデルの言葉は恋子に届くことなく、当の本人はまだユリオスの護衛(自称)をしている。


「ユリオス・リリー」

「何かな? エデル」


 ユリオスに向き直り、神妙な面持ちで名前を呼ぶ。

 意図が分からない故に、少し身構えるユリオス。


「……ん」


 ユリオスが手渡されたのは、ステンレス製のカード。サイズはクレカほどで、カードにはエデルの写真と名前、学年、組が書かれていた。


「えっと?」

「約束しただろ。奴隷にでもなんでもなってやる。これは従者の誓いだけどな」


 カードを受け取るユリオスだが、なぜカードを差し出してきたのかが理解できていない様子。

 

「ユリオスくん! 学生証だよ! もう従者を1人見つけるなんてすごいね!」


 この学園では、認めた相手1人に忠誠を誓うために自分の学生証を渡すという風習がある。のだが、ユリオスは。


(知らねぇし、要らねぇ)


 賭けなんて気にしてなかったし、実際に奴隷がなんだと言われても困惑するのだった。


「これで俺はテメェの奴隷で従者だ。だが勘違いすんなよ? 媚びる訳じゃねぇ」

「じ、じゃそう言うことで……」


 こうしてユリオスに、頼れる奴隷従者が出来た。



 ☆☆☆



 悠貴の空間。

 いつも通り、ローテーブルに身を預ける恋子が言った。


「いやぁ従者なんて凄いね! 案外いい人だし!」

「話の流れに正直ついてけねぇ」


 グイーッと体を伸ばし、対面に座る悠貴の頭をワシワシっと撫でる恋子。


「まぁいいじゃん! 楽しければさ! 一緒に学園生活楽しもうね!?」

「えぇ……」


 恋子は、ギュッと悠貴の手を握り、上目遣いで見つめる。


「……分かったよ」

「ありがとう! 従者も出来たし絶対楽しいよ?」

「それは絶対にないな。あいつなんか腹立つ」

「あー、自分と似てる人ってムカつくって言ういうよね」

「いや似てねぇだろ」


 悠貴のツッコミに目をパチパチと瞬きさせる恋子は、「いやエデルくんって、悠貴くんを少しでかくしたみたいなキャラじゃん」とツッコミ返した。

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