14 ユリオスしゃまの脱ぎたて!?

 強引にアイリの拘束から逃れようと暴れるエデルだが、意図も容易く地面に膝をつくようにして押さえつけられる。


「おい、そんなに暴れたいか? エデル・ポーチュラカ」

「ったり前だろがコラ! 俺は納得いってないんだボケ! 俺より弱いやつがトップに立つなんてお断りだぞ!」


 エデル・ポーチュラカは、いい意味でも、悪い意味でも真っ直ぐな男だった。


 剣と剣のぶつかり合い。それを繰り返し、真の強者をトップと認めて崇める。それがエデルのトップ論だった。


 なのに試験は教師の匙加減。真っ直ぐで単細胞なエデルが暴れるには充分な理由。


「お前はアタシの目を、ユリオスの実力を否定するんだな?」

「だから暴れてんだろうが」

「よし分かった!」


 そう言ったアイリは、含みのある笑みをユリオスに向けた。



 ☆☆☆



『もうちょい優しく』

「優しくしてるじゃん!」

『雑いんだって!』


 恋子の部屋。今は、悠貴による画面拭きの指導が行われている。


「言われた通りにやってるよ?」

『高速で擦れなんて誰も言ってねぇよ!』


 画面の奥で、自分の部屋から指示を出す悠貴。部屋でくつろいでいても、感覚はそのままなのが厄介なところだと悠貴は嘆いている。


『……というかそれ雑巾じゃねぇか!』

「え、でもしっかり汚れ取れそうだよ?」

『バカか! 画面傷いくわ、蓮に怒られるぞ』


 軽く湿らせた雑巾で、ゲーム機悠貴を拭き上げる恋子。


「もー、分かんないよー」

『こういうのは柔らかい布とか使うだろ』

「分かった! 今度買ってくる!」


 たゆんと胸を弾ませ元気よく言った恋子は、「そういえば」と話を続ける。


「プリ学、面白い展開になってきたねー」

『全然面白くねぇよ』


 絞り出すように声を唸らせる悠貴は、プリ学での出来事を思い返す。


 ――アイリが含みのある笑みをユリオスに向けた後、こう告げた。


「そんなに気に食わないなら、ユリオスと決闘しろ!」

「決闘だ?」

「ああ、気に食わないならプリンスナイトに勝って捻じ伏せろ。そのためのコロシアムだ」


 この発言で、翌日の決闘が確約されてしまった。ユリオスからしたらいい迷惑である――


『――はぁ、まじだりぃ。俺の意見なんて無視だもんなぁ……。ていうかこれ何ゲーだよ、乙女ゲーで起こり得ることじゃねぇだろ』

「だいぶ乙女ゲーとは離れてきてるね、私はユリオス様とイチャイチャ出来ればなんでもいいけど!」


 随分と流れが変わってきたことに、少なからず不安があるような悠貴。そんな悠貴を宥めながらも、恋子自身は満足していることを宣言した。


「あ、見て悠貴くん。消毒液で画面拭くのもいいみたいだよ? これも今度試してみるね」


 スマホで画面の拭き方を検索していた恋子が、「いいことを知った!」と言わんばかりに嬉しげに言った。


『待って嫌な予感しかしない』



 ♡♡♡



 学園の敷地内に建てられた、プリンスコロシアム。

 武闘大会の時のように、沢山のオーディエンスが2人の男を囲む。ただ以前と違うところは、オーディエンスが全てユリオスに歓声を送っているというところだ。


「おいユリオス・リリー」

「毎回フルネームで呼ぶのって長くない? ユリオスでいいよ。僕はエデルって呼ぶし」

「馴れ馴れしいだろボケ」


 コロシアムの中央で繰り広げられる会話。オーディエンスは聞こえていない。見ただけでは、試合前の挑発だと思うかもしれないが、実際は交友を深めようとするユリオスの暴走だった。


「つーか賭けしねぇか? ただ殺り合うだけなんてつまんねぇだろ?」

「えー、物騒なのやだなぁ」


 ユリオスのあえて緩い態度に、挑発だとは分かりつつも眉間をピクリと動かすエデル。眉間のシワもバキバキに癖づいている。

 

「お前、負けたら俺にプリンスナイトを譲れ。それとあの横にいた女」


 グイッと口角を上げ、睨み上げるようにユリオスに近づくエデル。

 横にいた女。とは恋子のことを言っている、と即時に理解したユリオス。


「恋子、僕が負けたら恋子をよこせって言ってるんだけど、この賭け乗っていい?」


 コロシアム中央の端に設けられたベンチに座る恋子。その恋子に声を張って伝えたユリオスは、安心させるようにニカっと笑ってみせた。


「おいお前ら賭けは――」


 恋子の隣に座るアイリは、教師として流石に賭けは看過できないと立ちあがろうとする。だが、恋子の声にその動きは止まる。


「いいよ! 勝つんだよね!? ユリオス様!」


 自分のために争う。この展開は、恋子が望む最高のシチュエーション。そのため、気持ちがいつもの比にならないほど高揚していた。


 キラリと目を輝かせ、2次元の表現によくあるキノコ目になりながら声援を送る恋子。そんな恋子に背を向け手をヒラヒラとさせたユリオスは、スーっと雰囲気を変えてエデルと向き合う。


「ヒュー! カッコつけてよぉ! 後であの女には見る目がねぇって罵って、審美眼が完成するまで躾けてやんねぇとなぁおい!」


 姿勢を低く、前傾姿勢のまま突進していくエデル。


 戦いの火蓋が切られたことで、コロシアム中に歓声が響き渡る。決闘は、武闘大会の時と違って、審判がいない。よっていつ攻めるかは当人たちの都合で決まる。


 低い位置から突き上げるように、エデルは剣先をユリオスに向ける。


「調子、乗んなよ?」

「……ッ!」


 ユリオスの喉仏に剣先が触れる直前、エデルが叩きつけられるように地面に這いつくばった。


 動く素振りが無かったユリオスから繰り出された斬撃に、エデルとオーディエンスは言葉を失う。

 だが、次第に状況を理解したオーディエンスが大いに沸く。


 叩きつけられたまま体を抑え込む木剣を振り払うと、ユリオスから距離を取ったエデルは、警戒するように木剣を構えた。


「おいおいおい! キャラ変わってねぇか、アン?」

「なんのことかな? あ、そうだエデル。君、なに賭ける?」


 ふんわりとした笑顔を浮かべるユリオス。だが目の奥は、凍てつく氷塊のように冷たさを秘めていた。


「テメェの奴隷でもなんでもなってやるよコラ!」

「嘘ついたら針千本だからね」


 砂煙を立てて、木剣をぶつけ合う2人。


 最初はエデルにブーイングを送っていたオーディエンスたち。だが真っ向からプリンスナイトに挑み互角に争うエデルの姿に、ブーイングの嵐は止んでいる。


「千本だろうが、1万本だろうが飲んでやるよボケ!」


 重い一撃で軽く体が浮いたエデルは、再び前傾姿勢で突進していく。


「また突進? 芸が……」

「無い、なんて言わせねぇぜ? コラ!」


 ユリオスの視界には、木剣だけが近付いてきているように見える。


(嘘だろ!? この状況で木剣を投げたのか?)


「俺に剣は合わねぇんだボケェェエ!!」


 眼前に迫る木剣を払い隙ができた胴体に、鈍痛が走る。

 その痛みは、確実に肋骨にヒビが入ったことを知らせている。

 前傾姿勢から懐に入り、肋に拳を突き立てる。確実に勝負を決めにきたエデルは、再び拳を振り上げる。


「……今のはすっごく痛かった」

「ぬるい世界に慣れたおぼっちゃまには辛かったかコラ!」

「挑発上等……!」


 左手で右の肋を押さえながら距離を取ったユリオスは、エデルと同じように自分の持つ木剣を投げ飛ばす。


「トチ狂いやがったかアァン?」

「僕も剣はあまり得意じゃなくてね。ここからは本気でいこうか」


 着ていたジャージを脱ぎ捨てるように端のベンチへ放り投げるユリオス。対抗するように、エデルもジャージを脱ぎ捨てる。


「ユリオスしゃまの脱ぎたて!?」


 そんな恋子の言葉も、今の2人には聞こえない。

 両者、タンクトップで強調された腕の筋肉。目に見える筋肉量は誰が見てもエデルに軍配が上がる。


「そんなヤワな筋肉じゃ俺には勝てねぇ!」

「筋肉は量じゃなくて質だからね?」

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