11 そこら辺の子に『壁ドンしてください!』とか言ったら捕まっちゃうでしょ! ネットニュースでトレンドになっちゃうよ!?
見開きのページと、悠貴を交互に見て何かを訴えかける恋子。この時点で、悠貴は少し嫌な予感がしていた。
開かれているシーンは、学ラン姿の青年がセーラー服姿のヒロインに壁ドンをしているところ。
学ランかどうかを聞いてきたのは、恐らくそういうことだろう。
「悠貴くん! 学ラン着てくださいお願いします!!」
「お断りします」
地面に頭を食い込ませるように土下座する恋子を、悠貴は即断する。
「男子高校生に壁ドンされたいよ〜! 高校生の時に転生してるから今も高校生でしょ!?」
「そこら辺の高校生に頼みなよ、めんどくさい」
「そこら辺の子に『壁ドンしてください!』とか言ったら捕まっちゃうでしょ! ネットニュースでトレンドになっちゃうよ!?」
恋子の言い分としては、成人女性が男子高校生に欲求を晒すと捕まる可能性がある。だが悠貴は例外だと気付いた。
転生した時の年齢以降は歳を取らないだろうし、そもそもデータに欲求を晒しても国家権力は介入できない。
「どうしてもダメ? 私もセーラー服に着替えてヒロインみを味わいたかった……」
(セーラー服……だと!?)
面倒ごとは避けたいと考えていた悠貴。だが、セーラー服と聞いてその考えが大きく揺れる。
セーラー服。それは巨乳が着ると、裾が浮くように上がりエロくなる衣装。少なくとも悠貴は、薄い本でそう心得ていた。
そして漫画に描かれているセーラー服も裾が浮いて、ヘソが見えるか見えないかくらいまで上がっている。
(恋子がこれ着たら下乳見えるんじゃ……!?)
「分かった着よう。と言いたいところだが、俺にもプライドがある、そう何度も恋子の言いなりになる訳にもいかねぇんだ」
悠貴は、恋子にせがまれると承諾してしまう。流石に何度も言いなりだと都合のいい男と思われるのではないだろうか。そんな葛藤で下心を押さえつける。
「と言うか、まずどうやってセーラー服を調達するんだ?」
「ここはデータの世界だよ?」
ふふん! と胸を張る恋子は、パン! っと手を叩いてみせた。
すると、恋子の身に纏った服が緑色の数字の羅列に変わり、数秒でセーラー服姿の恋子が出来上がった。
「嘘だろ……!?」
「服を変えれるのは私もみたいなんだよねー! こっちに来た時は私もデータだから出来るかなと思ってたの」
データだから出来る芸当。自分も制服に着替える時はやるものの、その芸当を初めて客観的に見た悠貴は、数字が体中を覆うことに驚愕した。
そして、生着替えなのにポロリが無かったこと。さらには……。
「インナー……だと!?」
「そりゃそうでしょ? 漫画の通りのデザインだとお胸見えちゃうもん! そういうのは……まだダメ!」
このことをキッカケに、悠貴はインナーを憎むことになるのだった……。
「私セーラー服になったよ? これで悠貴くんも恥ずかしくないね! さ! 早く着替えて、壁ドンして?」
「わーったよ!」
成人済み社会人は、悠貴が恥ずかしいから着ないと思ったらしく、先にセーラー服を着てウキウキしている。
そんな状況で、高校で毎日着ていた学ランを着ないなんて選択肢があるのだろうか。
悠貴は、平然とセーラー服を着こなす恋子をどこか可哀想な目で見ながら、データを学ランに変えた。
「短ラン……だと!?」
「これそんな名前なん? うちの高校みんなこんなんだったぞ。めっちゃ長いやつもいたけど」
悠貴は愛着のある、裾の短い学ランに着替えていた。
「どこのヤンキー漫画!? というか学ランちゃんとした裾の着て? パーカーも脱いで?」
バン! と見開いた漫画を再び強調する。
「んー、めんどいから……」
「へ……!?」
ベッドから離れて、部屋の壁に向けてジリジリと恋子を追いやる悠貴。
揶揄うような挑発的な笑顔に、少したじろぐ恋子。
ゆっくりと後方に下がっていた恋子だが、その退路はついに壁に阻まれる。
「着替えない」
溜めて溜めて放たれた言葉と共に、ドン! と壁に腕をつく悠貴。手の平じゃなく腕で壁に触れることで、少し動くだけで顔がぶつかるまで距離が縮まる。
「はわわわわぁぁあ♡」
上から覆いかぶさるような状況で、恋子の目の前には悠貴の鍛えられた胸筋が堂々と構えている。
近付けられた顔に触れたくても、少しの所で怯んでしまう恋子。
「しゅきぃぃ……」
目の前で壁ドンするのは、オンのユリオスか、オフのユリオスか。あまりのキュンの波動に恋子は冷静な判断が出来なくなっている。
それは、悠貴も一緒で……。
(しゅき!? 俺に言ったよな!? ユリオスじゃなくて? 俺か!?)
わずか0.2秒。悠貴は瞬時に考えを巡らせる。
顔の火照りを悟られないように、さらにグイッと距離を詰めて、胸筋には恋子の頬が密着していた。
「きゃぱおーばぁ……我が生涯に一片の悔いなし……あはは、ユリオス様がいっぱぁい♡」
「恋子!?」
ズルズル……と、壁を伝うように地面に崩れる。
架空の空間でさらに架空の世界に行ってしまった恋子。
だが、その顔はとても満足げで、「しばらく休ませよう」と悠貴は正気に戻すことを諦めてベッドに寝かせた。
♡♡♡
恋子がトリップした翌日。
結局昨日は現実世界に戻るためにユリオスとのキスを求めて移動しただけで、プリ学を堪能することなく1日を終えていた恋子。だが推し成分は足りていたようで、比較的上機嫌だった。
「ユリオス様本当に迎えに来てくれた♡」
世界に没入するのも好きだが、吹き出しありで進める正統派のプレイも捨てがたい恋子は、嬉々として平面イラストのユリオスを眺めながらラリっていた。
正統派と言えど、マイク機能を使って会話する乙女ゲーなんてないだろうけど恋子は満足していた。
「約束してたからね」
中型バイクに跨るユリオスは、ヘルメットを差し出す。
ヘルメットを受け取った恋子は、トキメキながらもふとした疑問をぶつける。
「事前に聞いてたけど、本当にユリオス様バイク乗れるんだね!」
「乗れるよ。車も乗れるんだけど、ドライブデートは今度行こうね」
この世界に免許を取るという概念などなく、乗ろうと思えば誰だって乗れてしまう。最低限の技術があれば。
「しゅきぃぃぃいい♡」
スキニーパンツに、ライダースジャケット。
ジャケットの下には、ドリームランドのマスコットキャラ、ユメミーくんがひっそりとあしらわれた白のパーカー。
恋子のイメージとは少し違うクールでボーイッシュなコーデ。
ペアルックで出掛けたいという要望を通すため、あえてこのスタイルを選んだ恋子。
現地での行動も取りやすく、バイクに乗る時の邪魔にもならない。ユリオスに断る理由はなかった。
「しっかり掴まっててね」
「合法的に抱きつけるぅぅぅうう!!」とはしゃぐ恋子は、ぎゅっと体をユリオスに密着させる。
(ライダース越しでも分かるこの柔らかさ……!)
恋子は胸を押し当ててることに気付いておらず、ひたすら背中を堪能していた。
動揺しながらも悠貴は、確実なハンドル操作でバイクを走らせていく。
次々と変わりゆく風景、唸るエンジン音、風を切り裂いて進む感覚。そのどれもが心地よく感じ、スムーズに目的地へと近付いていく。
「恋子、見えてきたよ! すっごくキラキラしてる!」
「本当だ! ワクワクするユリオス様の後ろ姿キラキラしてる!」
開園前のドリームランドだが、既にアトラクションは試運転かなにかで動いている。
ゲートの前には既に人が多数集まっていた。
「バイク停めてくるね。って言ってもそこなんだけど」
「はーい」
地球儀のモニュメントがドシっと構えるゲート付近で恋子を降ろすユリオス。
すぐそこの、1台のコンパクトな機械が置かれた場所にバイクを沿わせる。
名称パーキングメカ。
機械のそばに車やバイクを停めて、指紋を登録するだけで自動的に駐車してくれる優れもの。
「――お待たせ恋子」
僅か数十秒で駐車を終えたユリオスは、恋子と共にゲートの前まで歩いていく。
とその時、同時に明るい空に煌びやかな花が舞う。
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