9 ワァシオンクンイツノマニー

「ユリオス様だわ、素敵ね」

「そうね、あの鮮やかな剣技。魅入ってしまいましたわ」


 武道大会から数日。1年のプリンスナイト、ユリオス・リリーは生徒から注目されていた。


「おっはよう! 君が1年のプリンスナイトだね? ゆう何とか君」

「はいそうですね。名前はユリオスですね」


 話しかけてきたのは、薄紫のボブを揺らすパッチリ二重の比較的小柄な女子生徒。その体型からは年下キャラとして出てきても違和感が無いほどだった。だが、ブレザーに星のピンが2つ付いている。この学園では、ブレザーにつけた星の数で学年を把握している。


 最大は6個。つまりこの学園は6年制の学園で、この人は2年生ということになる。


「クラスでルークがずっと大声で君の話してたんだよ、仲良くないから片隅で聞いてただけなんだけど……ZZZ」

(!? 寝た? と言うか星が2つだしルークとタメか。そんな人が俺に何の用だ? ま、いっか)


 深く考えないようにしたユリオスは頭を空っぽにする努力をする。


「――むぅ。釈然としない」

「どうしたの?」


 ユリオスと恋子が在籍するクラスの教室、そこの窓際で恋子は項垂れていた。


 急に寝た先輩はそのまま床に突っ伏したので放置してきたユリオスは、放心状態の恋子に話しかけた。


「今までユリオス様に見向きもしなかった子がキャーキャー言ってる」

「ミーハーってやつなんじゃない? 自分で言うのもなんだけど、僕目立ってるし」


 クラスの女子生徒、他クラスの女子生徒だけでは留まらず、先ほどの先輩のように上級生の注目も集めていた。


 窓際で話す2人に、忍び寄る1つの影。

 息を殺し、ひっそりと近付くそれは、そっとユリオスの肩に触れる。


「わっ!」

「……おはようシオン。どした?」

「驚いてよ……」


 ニヤリとイタズラな笑みを浮かべ大声を出したシオン。定番のドッキリだが、大声を出す前のソフトタッチが原因で気付かれてしまったようだ。


「ワァシオンクンイツノマニー」

「恋子ちゃん……」


 気を遣った恋子の棒読みが、余計にシオンを傷付ける。


「はぁもういいよ、今度リベンジしてやる!」


 むむ! っと頬を膨らせるシオン。そんなシオンを適当にあしらうユリオス。


「あ、そうだ! ユリオスくんちょっと」

「ん? どうしたの?」


 そそくさと教室との出口に行ったシオンは、ちょちょいとユリオスを手招きする。

 ついて来ようとする恋子を必死に阻止しながら、ユリオスの腕を引っ張り、教室から離れていったシオン。


「シオン? 状況が見えないんだけど?」

「忘れたの? これだよ」


 シオンが差し出したのは、横開きのチケット封筒。表面には、ドリームランドと書かれたふわふわしたロゴが刻まれている。

 

「ドリームランドのペアチケット……?」

「そ、約束だからね。ドリームランドのペアチケット」

「そういえばそんな約束してたね、ありがとう。でも……どうして恋子から逃げるように?」


 踏み込んではいけないことに踏み込むようにおずおずと、話を振るユリオス。

 気まずそうな表情を浮かべるシオン。


「だって、サプライズにした方がいいでしょ?」

「ああ……確かに! さすが王子様だね」

「ユリオスくんもでしょ」


 制服の内ポケットにペアチケットを直したユリオスは、恋子のところへ戻る。


 窓際で不貞腐れるプリンセス。慰めるのは当然プリンスの役目。


「恋子、寂しい思いさせちゃった?」

「ユリオスしゃまぁ……」


 半泣きでユリオスに縋る恋子だが、抱きついた時に少し口角が上がる。


「恋子、明後日時間もらっていい?」

「……? 大丈夫だよ。デート!?」


 目をハートにする恋子は期待して質問したものの、断られると思っていた。


「うん、デート」

「!? ……マ?」

「マ! 当日は家に迎えにいくよ」


 推しからデートに誘われる。それだけでテンションは崩壊しかけていた。そんな恋子は、推しが迎えにくるというシチュに悶え苦しむ。

 ユリオスが迎えに行くと指定した場所は、プリ学の世界に来た時に必ず送られるスタート地点。


 つまりこの世界での恋子の自宅。毎朝、恋子は家で弁当を数分で拵えて、学園前でユリオスと合流する。


「お家綺麗にしとかなきゃ♡」


 数分で終わる清掃作業。この世界では家事も数分でこなせる。掃除機を持つだけで家がピカピカになるのだ。ゲームの世界ならではの仕様と言えるだろう。


「どこ行くのかなぁ、楽しみぃ♡ デートスポット? それともユリオス様のお家でまったりデート!? どっちでも最高に良きぃぃいい♡」

「楽しみにしててね」


(これは家に押しかけてくる日も近いな)なんて思いながら、始業の鐘を聞く。


「はーい席座れよー」


 鐘と共に現れたのは、剣術を担当するアイリ・サザンカ。


 このクラスの担任は、ゴリラのようにゴツい国語の教師だった。なのに現れたのは、筋肉質なのには変わりないがゴリラと比べると華奢な女教師。


 どういう状況だ? と顔を合わせる生徒たち。

 そんな生徒たちに、ニヤリと親しみやすいように微笑むアイリ。逆に怖いと思われていることに本人は気付いていない。


「このクラスのゴリ――じゃなくて、担任は諸事情で受け持つクラスが変わったので、今日からはアタシが面倒見てやる。覚悟しとけよジャリども!」

「「「やっぱり教師の間でもあの人のあだ名はゴリラなんですね」」」

「……忘れろ」


 生徒たちの好奇の視線を防ぐように、手に持つ学級日誌で自分の顔を隠した。


 ドジなヒロインを見守るような主人公オーラを醸し出すユリオスに気付いたのか、ツカツカとユリオスに向かうアイリ。


 そして嗜虐的な笑みを浮かべて言った。


「日誌頼むぞ、毎日」

「はい分かりま――毎日!?」


 つい承諾してしまいそうになったユリオス。学級日誌を毎日1人の生徒が書き続けるなんて意味があるのだろうか。

 あれはクラスメイトみんなで書いていくから意味があるんじゃないだろうか。


(なんてS顔なんだ……) 


「アタシの失言を暖かい目で見守った罰だ。頼んだぞ、プリンスナイト様?」

「勘弁してください……」


 正面から肩を掴み、妖艶に耳元で放たれた吐息混じりの言葉に、ユリオスの抗う心は完敗していた。


「……ほんと勘弁してください…………」


 そう漏らしたのは、隣の席のユリオス狂。彼女にとって、隣で行われている出来事はあまりにも肯定し難いものだった。


「ライバルヒロイン? まさかの? 背徳カプ? 教師と生徒の禁断の恋……」

「こ、恋子ちゃん? 落ち着いて? 大丈夫?」

「ひょっとして、とは思ってたけど絶対ユリオス様に惚れてるよね!? 1人のオタクとしては推せる……!」


 シオンの言葉は、恋子の耳に届かなかったようだ。


「けど、1人の夢女子としての私は全力でぴえんしてる……」

「ユリオスくん! 恋子ちゃんがなんだか大変だよ!?」


(いつも何かしら大変だろ)と思いつつも、


「恋子、僕の目を見て」

「え?」

「恋子の瞳には誰が映ってる?」

「ユリオスしゃま……」


 ここでは完璧なユリオスを演じているため、シカトはできない。

 ユリオスは全力で歯の浮くようなキザで甘ったるい言葉をテキトーに考える。


「そうだね。じゃあ僕の瞳には?」

「私だよ?」

「つまりそういうことだよ」

「しゅきぃぃ♡」


 悶絶する恋子。だが、ユリオスを含めるクラス全体はキョトンとしている。


「(おいユリオス、つまりどういうことだよ)」

「(僕にも分からないですね)」

「(ユリオスくん絶対テキトーに言ったでしょ)」


 アイリとシオンのツッコミを流しながら、軽く伸びをするユリオス。


(なんか朝イチからすっごい疲れた気がする)



 ♡♡♡



 時は進み、放課後。剣術準備室。


「失礼します」


 ドアをノックし、アイリの声の後に部屋に入っていくユリオス。


 アイリと2人の時は素で過ごせるため、制服のネクタイを緩め、ブレザーのボタンも全部外してたるみきった姿でアイリの下へ進む。


「よく来たな悠貴、ありがとう」

「大丈夫。アイリ、それで重要な話って?」


 1度、電源がオフの状態でプリ学に来ていた悠貴。その時に随分と親しくなり、今では呼び捨てタメ口で話している。


(てかここ準備室だよな……?)


 机には、色とりどりの洋菓子と、ティーカップが並べられている。とても授業の準備室に似つかわしくない光景に、悠貴は少し疑問を抱いた。


 これは悠貴をもてなすために、張り切ってアイリが用意したものだ。


「重要度で言ったら5段階中2くらいだから、気楽にお菓子でも食べながら聞いてくれ」

「それ本当に重要な話?」


 アイシングの施されたクッキーを1つ頬張る悠貴は、訝しげな目でアイリを眺める。


「実はな、剣術の実技がしばらく禁止された」

「誰に」

「学園長」


 悠貴を無視して話し始めたアイリは、学園長に実技を一定期間禁止されていることを告げた。


「選抜戦の時にやらかした生徒がいてな。管理者責任がどうたらでしばらく実技はしないらしい」

「割と大っきめのやらかし?」


 今後のゲームの展開に関わるんじゃないか? と、話に関心を持ちはじめる悠貴は、詳しく事情を聞いていく。


「選抜戦の時に悠貴たちの他に1人だけ合格のやつがいたんだ」

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