8 戦うイケメンってやばくない?

 ☆☆☆



 武闘大会の出場が決まった日の翌日、24時。プリ学ではなく悠貴の空間。


「眠そうだな」

「眠いよ……」


 ユリオスとの放課後デートをエンジョイした恋子は、武闘大会の当日までゲーム世界の時間を進めていた。寝る間も惜しんで。


「ほんと超眠い……仕事も過酷だったし」

「だったらゲームしないで寝なよ」

「ダメだよ! プリンスナイトになれるかの瀬戸際なんだから!」


 熱く語るが、なぜそれにこだわるかが悠貴には理解できない。


「なぁプリ学って乙女ゲーだろ?」

「そうだよ」

「……なんでそれが分かっててバトル展開を受け入れることが出来んだ?」


 乙女ゲーをプレイしていて、急に少年漫画テイストのシナリオが介入してきたらどう思うだろう。ドキドキを楽しむゲームが、気付いたらハラハラを味わうゲームになったらどう思うだろう。


 普通なら困惑するか、ゲームをやめるはずだ。だが……。


「戦うイケメンってやばくない?」

「その思考がやばい」


 夢女子恋子は違った。推しが自分のために戦ってると想像して楽しむそうだ。「もはや猟奇的とも言えるんじゃないか?」と、密かに悠貴は思った。


 ローテーブルに突っ伏した恋子の胸が歪む。その様を観察する悠貴は、見ていることをバレないように祈る。


「おっぱい見てるでしょ」

「さあ今日も楽しくゲームだ!」



 ♡♡♡



 学園の渡り廊下。大きめの掲示板に、今日の放課後に開催される武闘大会についての張り紙が貼られていた。


【本日開催! 前代未聞の候補者2名!? どうなる武闘大会!】


 デカデカと書かれた大見出し。それが人の目を惹きつけ、掲示板にはかなりの大群が出来ている。


「大量の人がコロシアムに押しかけそうだな、俺らもその1人だし」

「ああ大きな祭りだしな! ユリオスとシオンどっちが勝つだろうな?」


 掲示板に群がりながら楽しそうに話す生徒たちを横目に、教室へと向かう恋子と話題の1人であるユリオス。

 他人事のように冷静なユリオスに対して、恋子は反比例するようにテンパっていた。


「怪我したらどうしよう! ユリオス様にファンが出来たら!? 恋敵が大量生産されたら!? ねぇ……辞退しない?」

「これを楽しみにしてたの誰だっけ?」


 ぷっくりと頬を膨らませる恋子を、呆れた目で見つめるユリオス。

 そこに、1人の男が現れる。


「勝つ自信がないのかな? ユリオス。俺様の素晴らしい自論を教えてやろうか……って待て待て待て!」

「「…………」」


 赤髪を揺らしながら満を持して登場したのは、自信満々の先輩。ルークだった。


「必ずプリンスナイトになるんだぞユリオスー!」


 段々と距離が離れて行くにも関わらず、大きな声で叫ぶルーク。


 そのせいで辺りには人だかりができる。


「ルーク様よ! ユリオス様もいらっしゃるわ!」

「本当だわ! ルーク様、今日もお美しい!」


 集まる女子生徒たちにファンサービスを始めたルーク。


 ユリオスはファンサを求める女子生徒を、猫のように威嚇する恋子を引きずりながら教室へ行く。


「シャァァアアアア!!」

「恋子にゃん落ち着いて?」

「にゃんんんんん♡」


 放課後までの間、武闘大会出場者のユリオスとシオンは、ことあるごとに生徒たちに囲まれたが、ユリオスだけはボディーガードのお陰で囲みをすぐに脱していた。



 ♡♡♡



 大会が開催されるコロシアム。授業で使われた際は、閑散とした会場だったが、今は人で溢れかえっている。


 見渡す限りの人。学園内にこんなにもたくさんのキャラがいただろうか、そんなことを考えるのは恋子とユリオスくらいだと思う。


「制限時間が10分に引き伸ばされたみたいだね……」

「1試合しかないからだろうね。というかしんどそうだけど大丈夫……?」

「沢山の人に囲まれちゃってね、人酔いかな。そう言うユリオスくんこそどうしたの? 体調不良……?」


 額に手をつき、フラフラとしているシオン。自分の腹と口元を押さえ、今にも吐き出しそうな佇まいのユリオス。


「カツ丼にやられちゃって」

「あー、恋子ちゃんの手作りの? せっかく作ってくれたお弁当で苦しむなんてダメだぞ?」

「7人前は誰でも苦しいでしょ」

「……うん、ごめん」


 ユリオスは昼休憩の時、恋子からカツ丼を渡された。ゲン担ぎでカツ丼を作ってくれていたのだが、ラッキー7だとか言って、7人前を完食させられていた。


「お前らな……戦う前から疲弊しててどうすんだよ」

「「すみません……」」


 妙な空気が流れる、コロシアム中央の平地。疲れ切った出場者2名に、審判のアイリが叱咤する。


『皆様お待たせ致しましたぁあ! 只今より、武闘大会が開催されます』


 コロシアム上部の放送席から、興奮気味の甲高い声が聞こえてくる。実況だからか、無理してでも大声を出さないといけないのだろう。


『ワタクシ実況のナナシと申します! あ、偽名ですよ?』


 軽くどうでもいい情報を挟み、上がりすぎた場の熱気を少し下げていく。


『えーそれでは、場が落ち着きワタクシの声が届きやすくなったところで、出場者の2名にそれぞれ意気込みをお願いしたいと思いまーす!』


 マイクを通した声は、コロシアムに設置されたスピーカーで拡散されていく。


 アイリがマイクをシオンに向けたのを、コロシアム上部のモニターで確認すると、ナナシは言葉を続けた。


『まずはシオン選手、一言お願いします!』

「えーっと、酔い止めが欲しいです」


 可愛らしい笑顔で取り繕うが、かなり無理しているのが分かる。


『つ……次はユリオス選手、お願いします!』


 ナナシはどう反応していいのか分からないのか、強引にユリオスへと順番を回した。


「胃薬ください」

『あの……両選手体調が悪いのなら、後日に延期しますか?』

「「あ、出来るならお願――」」


 ナナシの提案に、迷うことなく乗ろうとする出場者の2名だが……。


「甘えるなジャリども!」


 ユリオスとシオン、それぞれに拳が飛んでくる。拳の主は、審判を担うアイリだった。


「体調が悪い、それは戦わない理由にならない! お互い体調が悪いのならフェアだろ! 単純な力量だけじゃなく、忍耐力も証明できるチャンスを放棄するなバカ!」

『ちょ、審判!?』


 早く戦えと言わんばかりの眼光に、ユリオスたちは咄嗟に木剣を構える。


「よし、やる気充分! 暴れろジャリども!」


 アイリは腹の底から声を響かせ、それを皮切りに歓声が徐々に広がりコロシアムが揺れる。


「いいぞー! いけユリオス! 俺様が応援してるんだ、負けるなよ!」

「シオンくーん! 可愛いよ!」

「ユリオスしゃまぁぁあ♡」


 歓声とともに、試合開始が告げられる。


「手加減なしだよ! ユリオスくん」

「勿論」


 お互い奥歯を食いしばり、全力で駆け寄る。

 木剣は激しくぶつかり合い、周囲に小気味良い音が響く。


「フラフラだよシオン」

「ユリオスくんだって!」


 鍔迫り合いの最中、力強く握った木剣が緩むシオン。それを逃さず、ユリオスは細かく斬撃を加える。


『おおーっと!? これはユリオス選手優勢か!!』

「ユリオスしゃまぁああ! 頑張ってぇえ! かっこいいぃぃぃ♡」


 実況のマイクを通した声にも劣らない声量で送られる声援。


「相変わらず情熱的だね恋子ちゃんは」

「よそ見は危険だよ、シオン」


 視線を恋子に送るシオンは、一瞬隙を見せる。

 シオンの持つ木剣の先を、自分の木剣で絡めるように素早く、円を描くように動かす。


『巻き落としだぁ! ユリオス選手、華麗な動きでシオン選手の武器を弾きました!』

「油断した……!」

「一気に決めるよ」


 場が一気に沸き、歓声が響くコロシアム中央。


 武器を持たないシオンに詰め寄るユリオス。相手が武器を持っていないからと言って油断はしない。


 ユリオスは立ち尽くすシオン目掛け、木剣を振り下ろした。


「僕の負けだよ、参った」


 剣先が肩に触れる前に、シオンが負けを認めた。


『……勝者――ユリオス・リリー!』

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