7 えぇ……ユリオス様と離れ離れ……?

 実技の授業と聞かされていた。が、アイリの口から放たれた言葉は、「選抜戦」だった。


(いや、実技ではあるが? 実戦だな。バチバチに実戦だな)


 突然の事態に戸惑いながらも、木剣を持って待機する生徒たち。順番にアイリの前に呼び出される生徒は、一撃で倒れていく。


「次! シオン、前に来い!」

「はい!」


 女子生徒が観客席にいる。それだけで王子様は頑張れる。頑張れるが、怖いものは怖い。木剣を握るシオンの腕は震えている。


「行くぞ」

「――ッ!」


 言ったと同時に、アイリの振り下ろす木剣がシオンの木剣を震えさせる。


「実際に対峙して分かる……この異様な速さ。シオンに勝てるかな……」

「勝つ必要はないぞ。アタシの一撃を受け止めることが出来れば十分だ。大体は飛ばされるか避けるからな」


 攻撃態勢を解くアイリは、警戒するシオンの頭を荒く撫でた。

 この選別戦では恐らく、咄嗟の判断が出来るかを見るものだ。素早い斬撃に対してどう対応するか、それがプリンスナイトとして必要最低限のスキルらしい。


「シオン、合格だ! おめでとう。武闘大会に出場できるぞ」

「やったあ!」


 挑発的な笑みをユリオスに向けるシオン。


「まぁ今のところシオンしか出場権ないんだけどな」

「「え?」」


 シオンとユリオスが同時に驚きの声を漏らす。


 ユリオスたちのクラスが最後の選抜戦。つまり、他クラスは誰1人として認められた生徒がいないと言うことだ。

 当然驚く事態だ。


「ユリオスで最後だな、前に来い!」

「はい」


 恋子の応援を背にユリオスは、体勢を低くし、木剣の剣先をアイリに向ける。


「いい闘志だ。かかっておいで」

「僕にだけ素早い斬撃を入れてこないのには何か理由があるんです……か!」


 アイリに駆け寄り、上から木剣を振り下ろすユリオスは、違和感を感じていた。


(これは相手の攻撃に対してどうするかを見るものだと思ってたが……違ったか?)


 アイリの防御を剥がすために、何度も木剣を振り下ろしていく。その一撃一撃が全て重く、アイリの防御が少し揺れる。


「まだ1年でこれほどの重さか……」


 ポツリと漏らすアイリの表情は、劣勢の人間とは思えないほど余裕に満ち満ちていた。


「この重さは厄介だが……足元をしっかり見ておけよ?」

「見てますよ、しっかりと」


 勝ちを確信したような雰囲気で、ユリオスに忠告したアイリ。右足をユリオスの足元に忍び込ませる。


 体勢を崩させる作戦、これは戦いにおいて実に有効。相手が崩れて動きが鈍ればその分、隙が生まれる。


 その隙を作るために足元を狙ったアイリだが、ユリオスは軽く飛び上がって避ける。


 ユリオスに避けられたことでバランスを崩すアイリだが、瞬時に体勢を立て直す。が、直後ユリオス渾身の上段蹴りが繰り出される。


「わお……まじか」


 顔の横に構えた木剣でユリオスの蹴りを押さえ込もうとするアイリ。

 だが木剣は加えられる力に耐えきれず、ミシミシと音を立てた後、小気味良い音を鳴らしながら折れて破片が斜め後方へ飛んでいく。


「合格!」


 顔の間近で止まるユリオスの脚と折れた木剣を見ながら、嬉しそうにユリオスを認めるアイリ。


「ありがとうございます」

「ユリオス様〜!! 凄いよ! カッコよかったぁ♡」


 駆け寄る恋子の奥にいるもう1人の合格者に向け、ユリオスは挑発的な笑みを浮かべた。先程のをやり返すように。


「ユリオス、シオン。今回の武闘大会の出場者はお前ら2人だけだ、当日も手を抜くことなく真剣にぶつかれよ」

「「はい!」」


 ユリオスとアイリの打ち合いの後、授業が終わる。クラスメイトたちは次々にコロシアムから去って行く。


「ユリオス様、私たちも帰ろ! この後もう授業ないし、どこかデート行こ?」

「駅前のクレープ食べに行く? この前行きたいねって言ってたでしょ?」


 学園前に広がる商業地。あそこは恐らくキャラとの交流を深めるために作られている。


 そこの最寄駅前にある行列のできるクレープ屋に恋子は行きたがっていた。


「覚えてくれてたんだ! しゅきぃ♡」

「――いちゃついてるとこ悪いが、ユリオス少し残ってくれ」

「えぇ……ユリオス様と離れ離れ……?」


 恋子はユリオスが自分の発言を覚えていたことに舞い上がり、ユリオスが居残りを告げられたことに絶望した。


「30分で返すから、教室に行っててくれるか?」

「……はい」

「ごめんね恋子、少し待っててね」


 ユリオスが頭を撫でると、恋子は上機嫌でコロシアムから去っていった。


「で、僕が残された理由ってなんでしょう?」

「ユリオス、どうして自分を偽る?」

「え?」


 何かを見透かすように言ったアイリ。偽る理由は恋子に言われたから。説明するのは簡単だが、なぜアイリが偽っていることに気付いたかが分からないユリオス。


「声、仕草。何より打ち合って感じた違和感。それだけで気付くのには十分な材料だ」


 観客席と砂地を区切る壁にもたれかかり、括った髪をするりと解く。艶やかなネイビーの髪が少しの風になびき、朗らかな表情を浮かべるアイリは妖艶さを増す。


「アタシは自分を偽って強くなった。だが、ユリオス。お前は偽ることで本来の力を出せてないんじゃないか?」


 先程までの威圧感ある佇みは息を潜め、目を疑うほど優しげな表情をする。


 そんなアイリの発言は、王子様を演じることによってカイハンの素材集めで培った、プロレベルの戦闘力を発揮しきれていない悠貴にダイレクトで刺さった。


 だが。


(誰だコイツ)


 授業中とのギャップが凄すぎて、一瞬にして誰かと入れ替わったことを真っ先に疑ってしまった悠貴。


 直後、その筋肉質な体躯に変わりがないことに気付き、同一人物だと納得した。


「……俺のつまんねぇ話、聞いてくれるんすか?」

「お? それが本来のユリオスか?」

「悠貴、それが俺の本当の名前」


 ゲームの世界で生きるアイリに、自分自身のことを話すことで、混乱を招いてしまうかもしれない。そんな葛藤は、アイリの瞳を見て消し飛ぶ。


「話してくれるか? 悠貴」

「はい」


 包み隠さず、全てを話していく。


 死んでゲーム機に転生したこと。私欲のために恋子をゲームに引き摺り込んだこと。他のゲームに乱入して素材集めなどをさせられていること。言葉巧みな恋子の罠に嵌まり今があること。


 その度に驚いたり、笑ったりしてリアクションをとるアイリ。この世界がゲームで、自分がCPUだと言うこともしっかりと受け止めて聞いていた。


「――なるほどねぇ。苦労してるんだな悠貴」

「辛くねぇんすか? この世界がゲームだって」

「ここがどこだろうと、自分が何者だろうと、アタシはアタシとして生きている。それが辛いなんて思わないよ」


 真っ直ぐな視線から伝わる真剣さ。悠貴はこの濁りのない真っ直ぐな言葉に釣られるように口を開く。


「すごいっすね。俺も、ゲーム機に転生したとはいえ自分として生きてるつもりっす。けど、やっぱ辛いんすよ。蓮や恋子が電源を付けるまではひとりぼっちなんで」


 心に秘めていた、悠貴の本心。悠貴自身も、言ってから自分の気持ちを自覚した。


「ゲームの中に自由に行き来できるなら、ここに来ればいいよ」


 口角を上げ優しく笑うと、どこか思い耽るように言葉を溢す。


「悠貴の話を聞いて納得がいったんだが、アタシはボーッとしてる時間があるんだ。仕事もせずに」


 同じ姿勢を続けて凝った体を癒すように、手を組んで空へ伸ばす。ジャージの裾は捲れ上がり、バランス良く鍛えられた腹斜筋が少し姿を現す。


(エッロ)


 隣で起きるシチュエーションは、筋肉フェチの悠貴にとって、目に毒そのものだ。


「聞いてる?」

「あ、聞いてます」


 悠貴を覗き込むアイリ。チラリと覗く控えめな谷間。

 上の空だった悠貴は、普段ヘビー級の谷間を目の当たりにしていたおかげで、平常心を取り戻した。


「今まで気にもしなかったけど、ボーっとしてる時間は、恋子がプレイしてなかったからなんだな。そう考えるとアタシもひとりぼっちで寂しいな」

「たまに遊びに行きますよ」


 こうして悠貴とアイリの、ひとりぼっち同盟が締結された。


 コロシアムに建てられた大きな時計の長針は、恋子が去った時より半分近く進んでいる。


「そろそろ恋子に返さないとな。仕事で疲れてるんだろ? しっかり癒してあげるんだぞ」

「善処するっす」

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