6 飯だぁ!!

 コロシアムがざわつく。ルークがユリオスに言った言葉の真意は誰にも分からない。


「え、ユリオス様とルーク様って仲悪いんじゃ?」

「ユリオスってルーク先輩に気に入られてたか?」

「あんなこと言うくらいだし気に入られてるんじゃないか?」


 だが、『ユリオスはルークに期待されている』みんながそう感じ取った。


「ちょっと意味が分かんないっす」

「ハハハ! 俺様の目は誤魔化せないぜ?」


 小首を傾げ、パチりと両方の赤眼を閉じてみせた。


「……恋子、あれウインクがしたかったのかな?」

「そ、そうじゃ……ない? 不器用すぎる」


 完璧イケメンだと思ってたルークの意外な一面に困惑するユリオス。体全体で笑いを堪える恋子。


 そんな2人に気付かずコロシアムを去って行くルーク。


(にしても……誤魔化せないってまじでなんの話だ?)


 ユリオスは、「言葉足らずにもほどがあるな」なんて思いながらもどさくさに紛れて肩を寄せる恋子をどかした。



 ♡♡♡



「はい男子生徒集合!」


 コロシアムの観客席に座るクラスメイト16名のうち、男子生徒12名が中央に呼ばれる。

 観客席の地面と違い、中央にはグラウンドのように砂が敷き詰められていた。


「ユリオス様頑張ってね!」

「ありがとね、恋子。行ってくるよ」


 砂地に佇むのは、1人の女教師と12本の木剣が入れられた樽。


「よーし! 全員集まったな?」


 ファスナーを上まであげた紺色のジャージ、捲られた袖口から見える筋肉質な腕。


 素肌の露出は腕くらいだが、ポニーテールにしたネイビーカラーのボブヘアが少し見せるうなじが妙な色気を放っている女教師が言った。


「アタシの名前はアイリ・サザンカ! 今日からアンタらに剣術を叩き込む凄腕教師だ!」

(自分で言うんだ……)


 アイリ・サザンカと名乗る女教師は、自分自身で凄腕教師と言い切った。


「アンタらの情報はあらかじめ担任からもらってる。アタシの勘だが、他のクラスも含め今年は期待できる生徒が少ないな」

「なっ……!」

「おい、教師がそんなこと言っていいのかよ」


 アイリの言葉に、生徒たちがざわめく。だが、言った本人は楽しそうに生徒たちを煽り続ける。


「その騒めきが、期待するに値しないんだよ。いいか? ジャリども。強者とは常に冷静でいるべきだ、なぁ?」


 挑発的な笑みでユリオスや、ざわつかなかった数名の生徒に視線を移動させる。


(これは生徒たちに発破を掛けるための演技か。なるほどな、プライドを傷付けられて本気になれる生徒以外は切り捨てるやり方だろうな)


「……よし! 自己紹介とアタシのストレス発散は終わったし、教室に戻って座学な」

「「「は……はあぁぁ!!??」」」



 ♡♡♡



 いつもの教室。教卓に手をつくのはアイリ。


「座学って言ったけど、正直意味はないから聞き流して問題なし!」

「意味ないのに座学が設けられてるんですか?」

「あー、上が知識は必須だってうるさくてな。アタシは体に叩き込めばいいとおもってんだよなあ」


 教卓の横に立て掛けられた、おそらく自分用だと思う木剣をうっとりと眺めるアイリ。


「でも、まあ。一応用意されてるマニュアル通りにやるわ、パパッと行くからな」

「「「へーい」」」


 王子様を名乗る集団とは思えないほどに気の抜けた返事。いつもならシャキッと返事するのだろうが、女子生徒は別の授業でこの教室にはいない。ゆえにだらけきっているのだろう。


「――って感じで体を動かします。以上! 分かったか?」


 約20分ほどの授業……というよりは、アイリのだらだらトークショーが終わった。


 アイリは満足そうに授業の理解度を生徒に問いかけるが、擬音だらけの説明ほど分かりにくいものはないな。と、生徒一同は考える。


「すみません、擬音だけじゃ分かんないです」

「安心しろ、分からないのはみんな一緒だ」

(教師とは思えない言動だな……)


 指摘したユリオスは、堂々と言い切るアイリを見て、この授業は気楽に取り組むことにした。


「ねーねーユリオスくん」

「どうしたの? シオン」


 前の席から声を掛けてきたのは、青髪碧眼で童顔の男子生徒シオン・オンシジウム。背も恋子より低く、一人称が自分の名前という、あざと可愛い一面からショタ王子というあだ名で親しまれている。


「シオンとユリオスくんどっちがプリンスナイトになれるか勝負しようよ!」

「僕は興味ないからパス」


 恋子がそばにいない時もユリオスの皮を被る徹底ぶり。悠貴は、以前のオドオドする草食系(?)演技じゃないだけマシだと割り切っている。


「えー、そんなこと言わずにさぁ。シオン自信あるんだよね! いいのかなぁ? シオンがプリンスナイトになったら恋子ちゃんがシオンにトキメクかもよ?」


 シオンは勘違いしていた。恋子とユリオスは相思相愛だと。実際のところ、恋子の一方通行。ユリオス悠貴としては、美人な巨乳お姉さんに画面を拭いてもらうと言う下心しかない。


「別に恋子が誰に惚れようがどうでもいいんだけど……ここまで挑発されちゃ、王子様の名が廃るかな」


 敗者は勝者に、この世界でのテーマパーク――ドリームランドのペアチケットを贈ることが条件に、勝負が成立した。


「おっ! 授業終了の鐘だ、じゃあなジャリども! 明日は張り切って実技だ!」


 終了の鐘と同時に教室をさっていくアイリ。「飯だぁ!!」なんていいながら廊下を疾走する。


(いくらゲームのキャラとはいえ、めちゃくちゃ過ぎだろ)



 ♡♡♡



 昼休憩。いつも通り、机の上に恋子の手作り弁当が展開される。


 鮭の塩焼きに、天ぷら、その他副菜。メインには豆腐ハンバーグ。恋子会心の和風弁当は、一瞬にしてユリオスを虜にする。


「美味しい! お弁当でこんなにサクッとした天ぷらが食べれるなんて……さすがマイプリンセスだね」

「ひゃうぅぅ♡」


 数時間前に作った料理を詰めるのが弁当。食べる時は冷めているのが普通だ。保温効果のある、虎や象のマークが入った弁当箱を使っても効果は程々。


 なのに、恋子の作る弁当は作り立て同然の温度と食感を保つ。これはきっとゲームの世界だからだろう。


「そういえばユリオス様、座学どうだった?」

「んーとね、シオンと勝負することになったよ」

「座学とは」


 座学の意味を問いながら、自分の箸でおかずをユリオスの口に運んでいく。


「でもプリンスナイトってどうやってなるんだろうね」

「プリンセスとの熱いキスじゃないかなぁ♡」

「それはないかな。まぁ授業が進むにつれ分かるだろうしいっか」


 恋子のキス顔を見もせず、お茶を流し込んで口をリセットする。


(キスしたら現実世界に戻るって忘れてるのか?)

「あ、キスしたら戻っちゃうから不可能だね。忘れてたよ」

「あんなにキスしてるのに忘れるなんて凄いね」

「ユリオス様に褒められたぁ♡」


 顔をとろけさせながら、ユリオスの口をくぐった箸で豆腐ハンバーグを頬張る。


(これ性別が逆なら捕まっても文句言えねぇんだよなぁ……)


 交際していない男女が間接キスを意識するのは萌えシチュとして最早テンプレートとも言える。だが、味わうように箸を咥えるヒロインは嫌だ。


 男女の理不尽さに打ちひしがれながらもユリオスは、箸に夢中な恋子に呆れた目を向けた。



  ♡♡♡



 翌日、コロシアム。


「よし集合! 女子は観客席に、男子は中央!」


 木剣を平地に突き刺すアイリは、腹の底から出した声で生徒たちに知らせる。


 そして、おもちゃを前にした子供のような笑みで言った。


「選抜戦すんぞ〜!」

「選抜戦……?」


 刺していた木剣を抜き生徒たちに向けると、ニヤリと口角を上げた。


「1年のプリンスナイトを決める武闘大会が2日後にある。だが、学年全員の勝ち抜きは時間がかかる」


 気怠げにため息をつきながら、木剣を素早く振るアイリ。


「よって! 各クラスそれぞれでアタシが打ち合って、見込みがあるやつを武闘大会に出場させる!」

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