朝になったら

「なんでいるの!?」


朝になったら居なくなってると思っていた。そんな私の期待を余所よそに、そいつは陽の光が差し込む部屋の床で堂々寝ていた。え、幽霊って寝るん?


「もう、何ぃ〜?」


目を擦りながら起きたヒイラギ君は寝ぼけまなこで体を起こした。


「あ、おはよう。か…薫さん」


いつも"か"で詰まるけど名前呼び慣れてなくて照れているんだろうか。そうなら少し可愛い。


「てかなんでこんなに早起きなの。今日休みなんでしょ?まだ9時じゃん」


私はクリスマス・イブを仕事についやした挙句あげく、クリスマスを家でダラダラ過ごすほど落ちぶれてはいない。まあ最近、出張で引っ越してきたので一緒に居てくれる友人等はいないが、私だってクリスマスは街へ出たい。今日はクリスマスムードのにぎやかな街で買い物をすると決めてたんだ。


「街に買い物に行くの」


そう言うと、ヒイラギ君がバッとすごい勢いでこちらを振り返った。何、自分が幽霊で着いていけないから拗ねてるの?地縛霊じばくれいじゃないなら行けるんじゃない??連れていく気ないけど。


「…街に行って何買うの?」


「特に決めてないけど、服見たりご飯買ったりする予定だよ」


「……行ってもいいけどさ、昨日買ったケーキの賞味期限大丈夫?あと冷蔵庫に入ってたチキン、いつ買ったやつか知らないけどそろそろ食べないと不味まずいんじゃない?」


あ、そうだった!昨日は結局未知との遭遇で疲れてケーキ食べずに寝ちゃったんだった…。確か賞味期限今日のお昼までだったな。というかチキンって、


「なんで冷蔵庫にチキンがあるって知ってるの?幽霊なんでしょ…どうやって冷蔵庫開けたの?」


ヒイラギ君さっきから堂々と寝てるし、冷蔵庫は開けるし、ってやっぱり幽霊じゃなくて不審者なんじゃない?!


「いや開けれないよ。冷蔵庫に頭突っ込んで中身見た」


ああ、そういうことか。幽霊だもんな。通り抜けられるもんな。…冷蔵庫に頭だけ突っ込むって、想像したらかなりシュールで怖いんだけど。


「薫さん薫さん!今日あのドラマの再放送があるって!!一挙放送らしいよ」


テレビのCMを見ながらキラキラした目でこっちを見てきたヒイラギ君。あれ、このドラマ私も大好きなやつだ。え、どうしよ。ケーキもチキンもあるしドラマの一挙放送がある。…これ出かける必要ある?いやないな。十分クリスマス味わえるし家にいよう。


もともとインドア派なのですぐに出かけることを諦めた。まあ今年くらいこんなダラダラしたクリスマスでもいいだろう!


「いや〜このドラマ本当にいいよね!」


ヒイラギ君とドラマ鑑賞会をして互いに感想を言い合う。驚くくらい気があってびっくりした。彼が人間だったら最高の友になれていたと思う。


ついにクライマックスのシーン。ここで2人が結ばれる…何度見ても泣けるシー……


〈ここで臨時ニュースです。〉


なんでだよぉ…!!なんでここでニュース入るの!?同じくらいショックを受けていると思って隣を見ると、意外にもヒイラギ君はニュースを真剣に見ていた。


もしかして何か感じるものがあったのかな。


テレビ画面にはイルミネーションで華やかな街の様子が映し出されていた。街に通り魔が現れたらしい。クリスマスには似合わないニュースだった。犯人は主に家族連れを狙っていた。自分は独りなのに、家族は幸せそうな雰囲気で気に入らなかったのだという。不幸中の幸いは死者が出なかったことだとニュースキャスターが告げて、臨時ニュースは終わった。


「もしかしてヒイラギ君の死はこれに関連してるの?」


呼吸をしていないのではないかというくらい真剣にテレビを見ていた彼は、ニュースが終わって再びドラマに切り替わると、はぁっと深く息を吐いた。


「うん、これ。すごくこれ」


もう大丈夫、とヒイラギ君はポツリと呟いた。全て思い出したということだろうか。


「薫さん、ありがとう。もう大丈夫だ。安心して帰れそうだよ」


そうか。ヒイラギ君は通り魔にあったのだろうか。ちょうど今の季節だったのかな。寒くなかったかな。寂しくなかったかな。家族はどんなに悲しかっただろう。想像もつかない……。


まだ夕方なのにどうにもまぶたが重い。そんな私に気づいたのだろう。ヒイラギ君の声が途切れ途切れ聞こえる。


「眠い?もう、大丈夫だ…。ゆっくり寝ていいよ………か、…ん」


頭を撫でようとしてヒイラギ君が私に手を伸ばしてきているのがわかる。幽霊だから感触はもちろんないけれど、彼の触れようとした箇所かしょが何故かほんのり温かい気がした。


目を覚ましたのは日が落ちてまた昇った後だった。部屋には食べかけのケーキとチキン、つけっぱなしのテレビ。いかにも一人暮らしの虚しいクリスマス。そこにヒイラギ君がいた形跡は何も無く、彼はきっと、空に帰ってしまった。

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