幸せな朝

 翌朝のこと、俺と霞はほぼ同時に目を覚ました。

 お互いに相手に対して微笑んでおはようと口にし、昨夜のことを思い出してすぐに顔を真っ赤にした。


「……………」

「……………」


 俺も霞もリビングのソファに隣り合って座っているのだが、どちらから口を開くでもなくチラッと様子を見ては目が合ってサッと目を逸らす。そんな状態がずっと続いていた。


「……マジかぁ」


 昨日のことは鮮明に思い出せた。

 嫌な夢を見たからと霞を求めた。深いキスから始まり、予め流れのようなものを予習していたのでそれを実践した。


『胸……触るぞ?』

『うん。お願い』

『……下の方も触るぞ?』

『……うん。優しくしてね』


 ……うおおおおおおおおおおおおっ!!

 マズイ、本当に鮮明に覚えてやがる。どんな言葉を掛けたのか、どんな感触がしたのか、どんな反応を霞がしたのかを鮮明に……。


 かあっと顔を赤くした俺だったが、霞が意を決したように口を開いた。


「か、和希!!」

「おう!!」

「昨日は凄かった! 痛かったけど色々気遣ってくれて……それで……私思いっきり和希のでいけたから!!」


 霞さん顔真っ赤だし何言ってるのか分かってないよね!?

 俺に顔を近づけてそう言った霞だが、本当に顔が真っ赤である。以前に茹でたタコのようだって言ったけどそれ以上に真っ赤だ。お互いに何も言えなかったが、霞はやっぱりフラフラと体を揺らして俺の元に倒れた。


「霞ぃいいいいいいい!!」

「……我が生涯に一片の悔い無し」


 そう言い残して霞はガクッと意識を失う……ことはなくて、顔を見られたくないのか俺の胸元に額をくっ付けて離れなくなってしまった。


「……ま、こうなるか」


 てかあれだな。

 俺なんかよりも霞の方が圧倒的に照れてるものだから逆に落ち着いてきた。相変わらず俺の脳内では昨日の霞のあられもない姿が過りまくっているが、俺は静かに霞の頭を撫で続けた。


「……和希」

「どうした?」

「……本当に良かった。和希とのエッチ、好きだよ」

「……ぐああああああああああああ!!」

「和希!?」


 ごめん、やっぱり落ち着くのは無理だったわ。

 霞を抱きしめて近所迷惑にならない程度に叫び、ぜぇはぁと息をする俺に霞が水をコップに注いで持ってきてくれた。


「サンキュー……」

「うん。落ち着いた方がいい」


 本当だよ。

 ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲んだ。乾いた喉が潤い、火照った頭が冷えて冷静になってくる。よし、もう大丈夫だ。


「落ち着いたよ……ふぅ」

「私も落ち着いた。でも……やっぱり思い出しちゃうけど」

「……だな」

「うん……」


 この記憶はしばらく……いや、そうそう忘れることはないだろうなぁ。


「お互いに童貞と処女だったもん仕方ない」

「そう……だな」


 すっかり霞もいつもの調子を取り戻したみたいだ。

 それから朝食の用意を二人で終わらせた。パンと目玉焼き、そしてスープというありきたりなものだが美味しかった。


「和希、約束守ってくれたね?」

「え?」

「だって昨日、私がいやだいやだって言ってもやめてくれなかった」

「……………」


 黙り込んだ俺を見て霞はクスッと笑った。


「昨日の和希、かっこよかった。いつもかっこいいけど、もっともっと好きになったし、何より和希だけのモノだって体に刻まれちゃった」

「……たりめえだ」

「うん♪」


 そうだよそうだよ!!

 霞のことをモノって言い方は嫌いだけど、敢えて言うなら絶対に誰にも渡しはしないさ。ずっと傍にいてもらうし、俺だって霞を支えていく。


「俺と付き合ったことも、昨夜のことも、全部後悔はさせない。俺は必ず霞を悲しませたりはさせない。俺に出来ることで精一杯支えていくから……その、ずっと傍にいてくれ」

「分かった。ずっと傍にいるね」


 そう言って綺麗な笑顔を浮かべた彼女を忘れるな。

 この笑顔を守り続けていくんだ。この先もずっと、ずっとこの笑顔を絶やさずに、俺が霞を支えていくんだ。


「今日は……ゆっくりしたいかな」

「そうだな。部屋で漫画でも読んでゆっくりしようぜ」

「うん」


 デートも良いけど、二人でダラダラするのもいいだろう。

 食器を洗って部屋に戻り、ゴミ捨ての為にゴミ箱を覗いてお互いに固まった。それでもお互いに苦笑するくらいにはやっぱり落ち着くことが出来ていた。


「……ふふ」


 俺の肩に寄り掛かるように漫画を読んでいる霞からまるで思い出し笑いをするように声が聞こえていた。これはたぶん、漫画の内容で笑ってるんじゃないんだろうことは理解できた。


「どうしたの?」

「いや、なんで笑ってるのかなって」

「知りたい?」


 霞は本を置いて俺の肩をトンと押した。すると当然後ろに何もないので俺は倒れてしまい、その上に覆いかぶさるように霞が四つん這いになった。


「和希が好きすぎてたまらないの。今日はずっとそう思ってる……和希、好きだよ。本当に大好き。何よりも大好き、愛してる。何よりも愛してる」


 熱烈な愛の言葉と共に霞がキスの雨を降らしてくる。

 夢中になってキスをしてくる霞から妙に甘い香りを感じる気がする。心なしかいつもより色気があるというか、なんか雰囲気がエロいというか……ええい、昨日の今日だろ我慢しろ俺。


「霞」

「ああ……っ」


 これ以上はマズいから、そう思って肩に手を置いて離すと霞は切なそうに声を上げた。そんな顔をされると……俺も困ると言いますか、とはいえ霞も今ので何とか冷静になれたみたいだ。


「……落ち着いた。ありがとう和希」

「……まあ残念な気持ちはあるけどな。でも昨夜のことだし」

「そうだね。うん、その通り。和希が枯れたら大変」


 まだ枯れないから安心してくれ、それだけは自信を持って言っておいた。

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