繋がるのは心だけでなく体も

 霞と付き合い始めて二カ月ほどが経過した。

 俺と彼女の仲は相変わらずで、色んな意味で霞に悩まされる日々が続いている。彼女と過ごせば過ごすほど、霞に秘められた魅力に気づき……そしてもっと彼女と深い仲になりたいと心がざわめく。


『それで? 霞ちゃんとは上手くやれてるの?』

「心配はないよ。俺もそうだし、霞も楽しそうにしてくれてるし」


 母さんと電話をしながら俺はテレビを見ている霞に目を向けた。

 旬のお笑い芸人のネタを無表情で見つめているその姿に苦笑すると、霞が俺に気づいて歩いてきた。


「どうした?」

「ううん、話長いなって思って」

「悪い、母さんなんだよ」

「あ、おばさんなんだ」


 電話が長いことに不満そうな顔をしていたが、相手が母さんだと分かり表情が緩んだ。電話の相手が誰とは言ってなかったし、少しでも嫉妬したのだとしたら本当に可愛い子だと思う。

 手を伸ばして頭を撫でるとくすぐったそうに霞は目を細めた。


『霞ちゃんも傍に居るのね? お話出来る?』

「いいよ。霞、母さんから」

「うん」


 霞に渡して入れ替わるように俺はソファに座った。霞がジッと見ていたお笑い番組だけど……うん、面白くはないな。確かに霞が無表情になるわけだ。


「はい……はい。それで付き合うことになりました。とても幸せです」


 霞の弾んだ声が聞こえてくる。

 母さんたちは俺たちが付き合っていることを知っているから、こうして付き合った後から霞と話をするのは初めてだっけ。自分の母親と彼女になった霞が仲良さげに話しているのは何というか……幸せな光景だった。


「必ず近いうちに色々と頑張ってみせます。お任せくださいおばさん」

「……………」


 って何を話してるんだ一体……。

 不安になる会話をしたと思ったら、そこで話が終わったのか戻ってきた。決意を込めた顔をした霞はジッと俺を見つめてくるし、俺はさっきの話を思い出してスッと視線を逸らした。


「……和希、ベッドに行こうか」

「このタイミングでその言葉は中々破壊力があるぞ霞さん」


 まあでももう十一時近いし良い時間だった。

 霞と一緒に部屋に向かい、いつものようにベッドに横になった。腕を伸ばすとそこを枕にするように霞も横になり、俺の方を向いて身を寄せてきた。


「和希、好き」

「どうした?」

「ううん、頻繁に思いを伝えるのは大事だと思った。だから、一日に一回は和希に好きだって伝えることにしたの」

「……そっか。はは、可愛いことしてくれるじゃんか」

「でしょ?」


 ドヤ顔をした霞が凄く可愛くて俺は苦笑した。

 それから少し話をしているとお互いに眠くなったのか欠伸が出た。


「そろそろ寝よっか」

「あぁ。お休み霞」

「お休み和希」


 寝る前のキスをしてから俺たちは目を閉じるのだった。






 実を言えば、最近俺は見る夢があった。

 どうやら今日もその夢を見ているらしく、俺の目の前には霞が居た。その隣には俺の知らない男が居て、二人は仲良さそうに手を繋いで歩いていく。


 今すぐ二人の間に割って入って引き裂きたい、そんな感情が俺の中に渦巻く。だがこの光景はある意味、俺の行動一つで齎された未来でもあるのだと知っている。


「なあ霞ちゃん、本当に良かったのか?」

「……うん。私は結局和希と元通りになることは出来なかった。和希も恋人が出来たし私も前に進まないといけないから」


 ……そう、俺に見せるこの夢は霞と元の関係に戻れなかった未来だ。

 永遠に霞を避け続け、お互いに溝を埋めることなく進んでしまった世界。まあ俺はともかく、霞は美人だから彼氏なんて引く手数多だろう。


 だけど、やっぱりこの未来を俺は認めるわけにはいかない。

 霞が好きだからこそ、霞を手放したくないと思うからこそ、俺はこの未来を否定するのだ。


 俺が生きる世界はここではない、俺を好きになってくれた霞が居る世界が俺の居る世界なのだ。


「……じゃあな。悪かった……霞」


 この世界の霞に別れを告げて、俺は目を覚ますのだった。

 ただ……目の前が真っ暗になる直前、目の前を歩いていた霞がこっちを見た気がした。





「……?」


 どうやら目を覚ましたみたいだ。

 さっきの夢のことはちゃんと覚えている。くっきりと、はっきりと記憶に刻み付けられていた。


「すぅ……すぅ……かずきぃ……♪」


 眠りながらも求めてくれる霞の様子に笑みが零れる。

 時間を確認するとどうやらまだあれから二時間くらいしか経ってないらしく、深夜の一時過ぎと言ったところだ。


「……喉乾いたな」


 霞を起こさないようにベッドから抜け出し俺はリビングに向かった。

 冷やしていた麦茶で喉を潤していると、バタバタと足音を立てて霞が下りてきた。


「霞?」

「和希……いや、居なくならないで!!」

「おっと」


 悲痛な声を上げて霞は俺に抱き着いた。

 ふるふると震える体を抱きしめて分かったが、どうやら霞はないているみたいだった。さっきの言葉からもしかしたら怖い夢でも見たのかもしれない……それならしばらく落ち着くまで霞を抱きしめていようか。


「……最悪、和希がどっか行っちゃう夢を見た」

「そうか。似たようなもんだな」

「え?」


 俺も霞がどこかに行ってしまう夢を見たことを教えた。

 すると霞は驚いたように目を丸くしたが、すぐに居なくなんてならないと視線を鋭くした。分かってるよ、俺だってそんなつもりは一切ないし何なら霞を二度と手放すつもりはない。


「ほんと、なんで昔の俺は霞と離れたんだろうな……」

「本当だよ。本当に本当に重罪」

「どうしたらこの罪は晴れる?」

「一生私を愛すること、それでようやくその罪はなくなる」

「……そっか……霞」

「ぅん……」


 霞に顔を近づけてキスをした。

 それは長いキスで、お互いに離れたくないのか引っ付いたまま……そして顔を離すと霞がもっとしてほしいと口にした。


「和希、もっとキスしたいよ」

「分かった」


 そしてまた近づき、唇を合わせる。

 ……俺は少し勇気を持って舌を突き出した。霞の唇を割るように舌を入れると霞は一瞬驚きながらも応えるように舌を絡ませてきた。


「……ぷはぁ」

「っ……」


 唇を離すと銀色の糸が滴り落ちた。

 顔を赤くし、瞳を潤ませた霞の手を握って部屋に戻った。そして、お互いにベッドに横になり、再び激しいキスが再開される。


「……霞、俺はもっと霞との繋がりが欲しい」

「……今日の和希、凄く積極的」

「嫌か?」

「ううん、私もしたい。私ももっと繋がりたい」


 俺は頷き、鞄から予め買っていたそれを取り出した。

 何だかんだ……やっぱり我慢なんて出来るわけがなかった。


「……ちゃんと、気を付けようね?」

「そうだな。取り返しの付かないことになると大変だし」


 ……でも、どんな風にやるんだ?

 今からスマホで調べるのは……ダメかなぁ?


「ダメ、お互いに本能に従ってやってみよう」

「……勇ましいなぁ霞は」


 お互いに勉強しながらってことか。

 明日は休みだし時間はたっぷりある……か。そうして俺と霞は一つだけ大人の階段を上った。それは一つの区切りでもあり、そしてその先に進むための一歩でもあったのだ。

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