自分を信じ続けて良かった
私にとって幼馴染の和希は本当に大切な存在だった。
物心付いた時から彼が傍に居て、私はそんな彼に守られるように傍に居た。今にして思えばよくもこんな泣き虫の面倒を見続けてくれたなって思うし、だからこそそんな彼に惹かれるのもまた必然だった。
『和希君と結婚したい!』
『お、するかぁ? いいぜ結婚しよう!!』
幼いころだからこそこんなやり取りだってしていた。
結婚したいと言った私に笑顔で頷いてくれた幼い和希を忘れたことなんてない。どれだけ周りに揶揄われても、どれだけ馬鹿にされても和希が傍に居てくれるなら他に何も要らなかった。
でも、少しは私も強くなりたいと思って空手を始めた。
自分では特に思うことはなかったけど、少しセンスがあったのか先生にとても褒められた。強くなった私なら和希と一緒にお互いを守っていける、そんな風に思っていた矢先だったかな……。
『和希! 一緒に――』
『すまね、今日は一人で行くわ』
……少しずつ彼との距離が開き始めた。
一緒に登校することもなくなり、下校することもなくなり……中学を卒業する頃には完全に幼馴染としての関係がなくなってしまった。
どうして、何があったの? 私が何かをしたの? 色々と和希に聞きたいことがあったけど、もし嫌いって言われたら……二度と話したくないなんて言われたら、そんな恐怖があって結局私は何も和希から聞くことが出来なかった。
それは高校に入学してからも変わらずで、私はずっと和希の姿を目で追うことしか出来なかった。和希に彼女は出来てないか、親しい女の子は居ないか、それを逐一チェックしていた私は割と真面目にストーカーみたいだったかもしれない。
舞や美琴、怜が万が一にも和希と恋仲にならないようにと彼女たちに引かれる勢いで私は自分の気持ちを伝え続けた。
本当に多くのことがあった。
でも、そんな辛い時期を過ごし私と和希は元通りになった。
『和希、結婚しよう』
『……あぁ、もう少し大人になったらな』
昔とは全く違うお互いの姿、けれど和希は照れながらもそう言ってくれた。
幼馴染という関係に戻り、改めて恋人になることが出来て毎日が幸せだった。でも昔の嫌な記憶が足音を立てて近寄る出来事が起きた。
『お前に白鷺さんは釣り合わないから別れろよ身の程知らず』
和希の下駄箱に入っていった紙にはそう書かれていた。
和希は全く気にした様子はなかったけど私の中で怒りが一気に膨れ上がった。これを書いたのが誰かは分からない、でもどうして私たち二人のことを赤の他人にこんなことを言われなければいけないのか……本当に理解が出来なかった。
こんな小さな嫌がらせがもしも積み重なって和希が苦しんだとしたらまた私から離れていくのではないか……それが本当に怖かった。
『大丈夫だって。もう霞から離れたりしないから』
しつこいかもしれないが前科持ちだから仕方ない。
その日の私はずっと和希に抱き着いていて、和希はそんな私に困った顔をしながらもずっと抱きしめてくれていた。
和希に想われることが幸せなのであってそこに他人が入り込む余地なんてない。和希以外の男子に好かれても何も思わないし、こんなやり方をする時点で軽蔑するのは当然だ。
……でも、そんな不安もすぐに吹き飛ばされることになった。
和希は少しでも私を安心させるようにと、次の日に少し早めに家を出たのだ。もしかしたらあの手紙を出した人が居るんじゃないかって……そしてその考えが的中し和希の下駄箱の前でウロウロしていたあの先輩を見つけた。
「……先輩でしたか」
「っ……やあ白鷺さん。おはよう」
あくまで何をしていたのかを語らず、その気持ち悪い笑顔を私に向けてきたこの人に怒りよりも嫌悪感が出てきた。
「先輩、霞に話しかけないでもらえますか?」
「……和希?」
あまり聞いたことがないほどに冷たい声で和希がそう言った。
昔みたいにその大きな背中に私を守るように、先輩の視線から私を遮るように和希が立ちはだかったのだ。その背中はとても大きくて……大好きな背中だったんだ。
「やっぱりまた手紙ですか。暇ですねこんな汚いことに時間を使って」
「……なら分かるだろ? 君みたいなのが釣り合うわけないんだよ」
その言葉に、私の中の堪忍袋の緒が切れた。
先輩にあらんかぎりの罵声を浴びせてやりたい、それくらいに頭が沸騰しそうになったのだ。けれど、そんな私を止めたのが和希だった。
「釣り合う釣り合わないなんてどうでもいいです。そんなもん気にするだけ無駄だし先輩がどんなことを考えてようが興味もないですから」
「……なんだと?」
和希の言葉に先輩が眉を吊り上げた。
手に持っていた手紙をクシャっと潰した和希が振り返り、一言ごめんと呟いて私に顔を近づけた。
「……あ」
「……………」
唇にキスをされた。
周りには先輩しか居ないのもあって、今の私たちを見ている他の人は居ない。突然のことで思考が停止したけど、先輩はそんな私たちを見て目を丸くしていた。何も言うことが出来ず、ただただ私たちを見つめていた。
唇を離した和希は凄く顔が赤くて照れてしまっていることが容易に分かる。そんな状態で和希はこう言葉を続けた。
「霞は俺にとって大切な存在です。アンタみたいな人に渡すつもりはないし……いや誰にも渡す気はない。この子には一生俺の傍に居てもらう――それだけ俺にとって大切な子だ」
それからボーっとする私の手を引いて和希は歩いていく。呆然とする先輩に何も声を掛けることなく私たちは廊下を歩いて行った。
「……和希?」
「……っ~~~~!! くっそ恥ずかしい!!」
……ふふ、私も顔が真っ赤だろうけどそれ以上に和希が可愛かった。
あんな風にキスをしてくれたこともときめいたし、何より一生傍にいてもらうって完全にプロポーズではないか……結婚だよこれはもう。
「前島の時と逆だけど、あんな姿を見せられたら俺だって霞に少しはかっこいいところを見せたいって思ったんだ。ちとやり過ぎかもしれないけど」
「そんなことない。私は再認識したよ」
「再認識?」
「うん」
周りに誰も居ないのなら手を繋ぐのではなく腕を組んでしまおう。
ギュッとその腕を抱きしめ、私は和希にこう伝えた。
「こんなにかっこいい人何処にも居ないよ。和希よりかっこいい人なんて何処を探しても居ないよ」
「……そうかなぁ?」
「そうそう。和希好き、愛してる。結婚しよう」
「……あぁ。必ずな」
「うん!!」
何度だって言えるよ。
和希よりかっこいい人なんて私は知らない、むしろ私だけが知っていればいいことだ。
「……えへへ」
あぁ本当に、和希を好きになれて良かった。
こんなにも素敵な人と出会うことが出来て良かった。
……何より。
和希を好きな自分を信じ続けて本当に良かった。
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