夏の予定はイベントばかり

「二人って本当にすぐ引っ付くよね」

「何かおかしいかな?」


 学校での休憩時間、俺と霞を見つめて朝比奈さんがそう言った。

 朝比奈さんの言葉に返された霞の声は俺の頭の上からだ。基本的に休憩時間になる度に霞は俺の傍に来てくれるのだが、今日は椅子に座ったままの俺の後ろから引っ付く形である。


 後頭部を柔らかおっぱいに預けているのだが……うん、とても気持ちが良いがこれは俺がしてくれと頼んだわけではない。頼んだわけではないが受け入れてしまうだって男の子だもの。


「俺は……もう慣れた」


 当然教室なのでこうしていると色んな目が集まるものだ。けど霞と付き合ってからこういうことも増えているのである意味みんなも慣れたように思える。中には嫉妬心丸出しで睨んでくる男子もいるものの、与人たち友人や朝比奈さんたちが傍に居るので本当に平和だった。


「和希が慣れたのはそう仕向けたから。これなら平気で教室でも絡める」

「へぇ。計算してたんだ?」

「当然、私はまだ和希を落とし切ってないから」


 霞の言葉に興味を刺激された朝比奈さんが目をキラキラとさせていた。霞はギュッと更に胸を押し付けるように密着して言葉を続けた。


「最近は押され気味だけど私は真の姿を見せてない。本当の私を見た時、和希はきっとぶちゅっと深いキスをして大きくしながら襲い掛かってくれるはず」

「霞さん、ちょっと黙ろうか」


 淡々とした様子で凄まじいことを言わないでほしい。

 一応今聞いていたのは傍に居る朝比奈さんだけだから良かったものの、とはいえこうやって霞が後ろに居るからこそ俺の表情も見られないわけで……普通に赤くなってると思うし、それに気づかれると更に追い打ちを掛けられるからな。


「和希が照れてるの分かるよ私は」

「……………」


 ダメだったみたいです。


「まあでも二人がそんな風にラブラブだから色んな意味で牽制になっていいね。少し前までは霞は頻繁に告白されてたから」

「うん。本当に鬱陶しかった」


 本当にそうだと霞の声からありありと伝わってきた。確かに俺が霞と付き合うようになってから霞は告白紛いのことはされてないけど、呼び出すために手紙を出す人も居ないわけじゃない。いつぞやの先輩であったり……ね。


「ま、今は俺も居るし霞のことはしっかりと見てるさ」

「うんうん。和希君はかっこいいね……あ」

「どうしたんだ?」


 朝比奈さんが俺の頭を上を見て言葉を止めた。

 どうしたのかと思い霞から体を離す形で振り返ろうとしたのだが、ガシっとさっきよりも強く頭を固定された。


「……しばらくこうしてるの。動いちゃダメだよ和希」

「……分かった」

「ふ~んなるほどね。押され気味ってのはこういうことかぁ♪」


 まあ霞が少し照れたんだとは分かった。

 さっきの仕返しというわけではないけど、俺からはあまり言わないでおくか。


「ところでさ。これから夏になるわけだけど予定とか立ててるの?」

「予定か……霞はどうだ?」

「私は和希と居られるならそれでいいかな。でも海は行かなくてもプールくらいは行きたいかな。後は夏祭りとかその辺も堪能したい」


 確かに夏ならではのイベントだなぁ。

 プールはこの辺りだと市民プール程度しかないが、夏祭りに関しては近所の神社で毎年やっているからそっちに顔を出すか。


「水着も用意してるし浴衣もある。色んな私を見せてあげる」

「おぉ……グイグイ攻めるね霞」

「和希にも言ったけどグイグイ攻めるのが私らしい……でももう少し防御力も高くしないといけないって思ってる」


 霞の防御力は高くならないと思うな。

 なんてことを思ってクスっと笑ったらもっと強く抱き着かれた。どうやら俺が何を考えたのか察したらしい。まあでも、そうやって照れてくれるところもまた霞の可愛いところだと思ってるんだけど。


「あ、そろそろ授業始まるね。戻るよ霞」

「うん。また後でね和希」

「おう」


 朝比奈さんと一緒に席に戻る霞の背中を見送り、俺は小さく息を吐いた。

 本当に少し前までは想像できなかったことだ。こうして霞とクラスの中で話をするだけでもそうなのに、恋人という関係として過ごすのは。


「さてと、俺も準備しないとな」


 次の授業の準備をする中、相変わらずチラチラとこちらを見ては友人たちに揶揄われる霞に苦笑する。

 そんなこんなで時間は過ぎて放課後になった。

 霞と一緒に教室を出て下駄箱に向かうと、いつもと違うことが俺の身に起きた。


「……え?」

「どうしたの?」


 下駄箱を開けるとそこには一枚の紙が折りたたんで置いてあった。

 もしかしてこれは……手紙!? 霞という彼女が居る以上ラブレターなんてもらっても返事は決まっているのだが、どうやらノートを破ってものらしくラブレターではないらしい。


「手紙みたいだな」

「……ゴミじゃないの?」


 霞さん、ゴミと断じて捨てさせる方向性らしい。

 まあラブレターではないことが確かなので、俺はその手紙を開き……なるほどと小さく溜息を吐いた。


「何が書かれて……貸して」


 書かれていたことは多くない。それを見た霞の機嫌は一気に急降下し、俺から紙を奪い取るようにぐしゃぐしゃにした。魔王がのしのしと歩くように近くのゴミ箱に移動し叩きつけるようにして捨てるのだった。


「……ムカつく、本当にこういうのムカつくよ」

「ま、こういうこともあるってことだな。大丈夫、俺は霞から離れないよ」

「……うん。分かってる」


 靴に履き替えた後、霞はずっと俺の腕を抱いたまま離れなかった。今更手紙の一つや二つでどうにかなるメンタルはしていない。俺が一人抱え込んだところで霞に伝わるのは一瞬だし、何より俺はもう霞を泣かせないと誓ったんだ。


「ちなみに今のを霞が見ていなかったとしても俺は話したと思うぞ。それくらい自分で抱え込むようなことはもうしないから」

「……そうだね。信じてるよ……でも……ムカつく」


 これは大分虫の居所が悪いみたいだな。

 まあ俺としてもさっきの手紙に何も思わないわけじゃない。差出人も不明で一方的に俺に対してのメッセージを向けてきた。けどそれがなんだって話だ……ぶっちゃけどうでもいいとさえ思ってる。


「気にするだけ無駄だろ。それより帰って一緒に菓子でも食おうぜ」

「……ふふ、そうだね。ちょっと気にしすぎたかも」


 よしよし、そうやって笑ってくれればいいんだよ。

 機嫌は直ったが霞はやっぱり帰ってからもずっと俺から離れなかった。甘えるように強く抱き着いてきたし、頭を撫でたりしてあげたら嬉しそうにして……なんで俺の彼女はこんなにも可愛いんだろうか。


「和希、私のこと可愛いって思ってる?」

「なんで分かったの?」

「……分かるもん。えへへ♪」


 ……いや、こんなん可愛いに決まってるやん。

 俺はずっとそんなことを思いながら霞と身を寄せ合っていた。





『お前に白鷺さんは釣り合わないから別れろよ身の程知らず』


 くっそどうでもいいってことでいいよな? 

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