少しだけ前に進みたい霞ちゃん
霞と付き合いだしてからの日常は本当に大きな変化だったと思う。それは目に見える変化でなく、霞の彼氏としてどんなことをすれば喜んでもらえるか、どんな風に霞と接していこうか、それをよく考えるようになったからだ。
「どうしたの?」
「……あぁいや」
霞と向き合いながら弁当を食べていた時、霞の問いかけに俺は首を振った。
もう隠すことも何もないし、霞が作ってくれた弁当を堂々と広げて食べることが出来るのも一つの変化だ。そうやって昼を楽しんでいたはずなのに、やっぱり俺はさっきも言ったように霞とのことを考えていてボーっとしていたらしい。
「ちょっとな……色々と考えてたわ」
「教えてくれる?」
「実は――」
俺は考えていたことをそのまま霞に伝えた。すると霞はそうだったんだと嬉しそうにしながらもこう言葉を続けた。
「そんな風に考えてくれるのは嬉しい。でも、いつも通りでいいよ本当に。私と和希は確かに付き合うようになったけど幼馴染としての関係が変わったわけじゃない。今まで通りに過ごせばいいだけ、それが私たちらしいと思うし」
「……はは、そうだな」
確かにその通りだ。
恋人同士になったからといって無理に変化を起こす必要はない。今まで通り、幼馴染として接していたことを続けていけばいいのか。なんだ、こんなに簡単なことだったのかと笑っていた俺の特大の爆弾が放り込まれた。
「でも、流石に付き合ったんだからキスとかその先のエッチは絶対にするべき。ただの幼馴染はそういうことしないけど、そんな今まで通りは断固拒否する。私は和希とそういうこともしたい……っ」
……いや、その言葉に照れた俺が言えることじゃないけどさ。霞までそんな風に真っ赤になるくらいなら言わなくても良かったんじゃないのか? 霞がそういうことを言うものだからつい……本当に少しだけ想像してしまった。
『……和希、お願い……来て?』
「っ……ふぅ」
落ち着け、素数を数えろ。
今頭の中に思い浮かべた頬を赤く染めながら裸で俺を受け入れようとする霞の姿を頭から追い出せ……ってめっちゃ鮮明に説明してるじゃねえか!!
「……ふぅ」
「あ?」
「……うん」
「だな……」
「そだね……」
「おうよ……」
ちなみに、今の頷いたやり取りに特に意味はない。
ただ……お互いに顔を赤くした段階で何を想像したのかは理解している。こういう時に変態だとか言わないのが霞だし、それがかなりありがたかった。
「想像の中の和希がね」
「おい」
「入れるよ霞って言って……恥ずかしい」
「恥ずかしいなら言わないでくれ、というか状況説明すな!!」
取り敢えず弁当を食うぞ弁当を!
思い浮かべた邪念を祓うために次から次へと食べていくのだが、変に霞が意識させるようなことを言ったせいで集中できない。
「……………」
「……っ!」
チラチラと霞が見てくるんだよ……そんな風に二人で何とも言えない昼食タイムを終わらせた時だった。
「ねえねえ、なんで二人ともお弁当を食べながら顔を赤くしていたの?」
「そそ、私たちみんなで気になってたんだよね」
「教えてほしいなぁ?」
朝比奈さん、倉持さん、佐伯さんの三人がそう言って近づいてきた。
佐伯さんと話をするのは初めてだが、今はそんなことを気にしていられない。俺は別に理由はないと言ったのだが、当然そうなると三人が視線を向けるのが霞だ。
「霞が照れてるっていうのも凄く珍しいんだよ? やっぱり竜胆君が傍に居ると霞は色んな表情を見せてくれるねぇ♪」
佐伯さんがウインクをしながらそう言った。
俺からすれば霞にも色んな表情があることを知っている。確かに眺めているだけの霞はあまり表情に変化がないけど……まあでもそうか、こういう形で霞の可愛いところだったりが色んな人に知られるってことなのかな。
「それで霞、何を話してたの? もちろん無理に聞き出すつもりはないからさ」
「美琴、そうは言っても完全に聞くつもりじゃん」
霞の言葉に倉持さんはもちろんだと笑って頷いた。
いつもやっている女子同士の絡みのように、倉持さんがエロ親父顔負けの顔になって霞の豊かな胸に手を当てた。
「ほれほれ、教えてほしいなぁ霞ちゃん?」
……事故で触ったことはあるけど、よくよく考えれば当然俺は霞の胸を揉んだりはしたことないよな羨ましい……って馬鹿タレ、俺は何を考えてるんだ。
「二人して顔を赤くしてたってことは……何か照れるようなことを考えていたってことよね? 今更一緒にご飯を食べることでは照れないだろうし、クラスで二人というのも慣れてる。となると……エッチなことでも想像したの?」
顎に手を当て、どこぞの探偵みたいな仕草をしながら朝比奈さんがそう口にした瞬間分かりやすいくらいに霞が体を震わせた。
「おや? おやおや? 霞ったらそんなことを考えてたの? 竜胆君もそうなのかなぁ?」
「……あうぅ」
いつものポーカーフェイスはどうした霞!!
まあでも、この反応で完全に見抜かれてしまったわけだ。俺も霞も朝比奈さんに丸裸にされたようなもの……図星を付いてしまったことに罪悪感を感じたのか朝比奈さんは手を合わせて謝っていた。
「……幼馴染として何も変わらなくていい、でもキスとかエッチはしたいって伝えただけ。それだけだから」
「お、おう……」
ド直球な言葉に倉持さんが逆に押されていた。
そんな倉持さんの様子に何を思ったのかは分からないが、霞はこんな質問を倉持さん含め彼女たちに投げかけるのだった。
「どういうシチュエーションだとそういうことをしやすいのかな。今よりももう少し一歩前に進むために、助言を頼みたい」
「助言って……えっと……舞頼んだ!」
「私!? 無理よ無理! 怜!」
「一番私がそういうこととは縁遠いけど!?」
霞の質問に三人共が顔を赤くして慌てていた。
……なるほど、つまり三人ともそういうことでいいのか。流石に男の俺がそれを言ってしまうとセクハラになってしまうので黙っておこう。
「処女共め」
「霞がそれを言うんじゃない!!」
ポカっと軽く倉持さんが霞の頭を叩いた。
霞は叩かれた場所を擦りながら、ドヤ顔をするように呟いた。
「私は既に予約済み、いつでも和希に捧げる覚悟はしてる。でも、舞も美琴も怜もスタート地点にすら立っていない。この違いが分かる?」
その霞の言葉に三人が胸を押さえて俯いた。
どうやら今のは三人にとって相当切れ味のある言葉だったらしい。というか、俺も彼女たちとは違うが顔を赤くして俯いていた。帰ったら霞にもう少し言葉をオブラートに包むことを伝えないといけない、俺はそう誓うのだった。
それからの日々は緩やかに過ぎていった。
六月が過ぎて七月に入り、夏服に衣替えがされた時期のこと――忘れかけていたあの人が再び前に現れたのは。
……ただ、霞は全く意に介さなかった。
「告白なら断ります。私たちの話聞いてますよね? もう彼氏が居てイチャイチャラブラブな日々を過ごしているので雑音を入れてくるのは困ります」
その清々しいまでの興味のなさに隣に居た俺はつい苦笑してしまったが、先輩の怒りに火を付けてしまったらしくその腕が伸びてきた。
「何笑ってんだ――」
胸倉を掴むように伸ばされた手だったが、それが俺に届くことはなかった。
風を切るような音が聞こえたと思ったら、霞の拳が先輩の鼻先を掠めるくらいの距離にあったからだ。
「私の大事な人に手を出したら許しません」
その一言に先輩は尻もちを突くのだった。
以前に霞は戦力的には自分の方が上だと言っていたけど、こういう部分を見ると確かにと思ってしまう。俺も霞に空手を教わろうか、そんなことを考えた出来事だ。
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