恋人としての朝

「……あぁそうか。霞と付き合うことになったんだっけ」


 朝、目が覚めた俺は静かにそう呟いた。

 昨日の夜、ようやく気付いた気持ちを伝えて霞と恋人同士になった。かといっても何かが変わるとは思えず、この先も今まで通りのやり取りが続くんだろうなっていう確信があった。


「そうだよな? 霞」

「すぅ……すぅ……」


 俺に引っ付いて眠っている霞にそう問いかけた。

 久しぶりの霞の部屋、こうして彼女のベッドで一緒に寝るのも本当に久しぶりのことだった。あれからお互いに体が大きくなったので少し窮屈なのは確かだが、それだけ霞のことを感じることが出来る証でもある。


「……………」


 さてさて、こうしていて考えてしまうことがあるのだが。

 今まではやっぱりただの幼馴染という感覚が強く、恋人として改めて認識したからこそもっと触れ合いたいという気持ちが強くなった。


「抱きしめたりしてもいいよな?」


 ……いいよね?

 俺は眠る霞を思いっきり抱きしめるように背中まで腕を回した。俺よりも体格が小さいからこそ、こうして抱きしめるとすっぽりと腕の中に納まるのだ。


「……いいなぁこれ」


 こうして霞を抱きしめることは初めてではない。何なら霞のまた話をするようになってからも何度かしていた。けれど、やっぱりこうして気持ちがハッキリした今だと違う感覚だ。


「はぁ……これが幸せってやつなんだなぁ」


 そうやって霞のことを抱きしめていた時点で気づくべきだ。

 いくら眠っているとはいえ、こんな風に好き勝手していたら相手が目を覚ますことくらい分かるだろうに。


「♪ ……うん?」

「……じー」

「……………」

「……じー」


 わざわざ声にしながら霞は俺を見つめていた。

 寝起きとは思えないほどにハッキリとした目線に俺は固まってしまい、次いでさっきまでの自分がやっていたことに恥ずかしくなってしまった。


「……………」

「和希」

「あい」

「続けて、私は一向に構わない」

「……了解」


 取り敢えずお許しが出たようなのでそのまま抱擁を続けることにした。

 背中を撫でたり頭を撫でたり、色々とやったけど霞は決してやめろとは言わなかった。それどころか、逆にもっとしてほしいと目線で訴えてくるようだった。


「……恥ずかしいなこれ」

「うん。でも私相手なら遠慮はいらない」

「というと?」

「私と和希は恋人同士、だから何をしてもいい」


 何でも? アホみたいなネタが頭に浮かんだが隅っこに置いておいた。

 霞と恋人になって迎える初めての朝、土曜日ということもあってずっとゆっくりできるなぁ。


「よっこいしょっと」


 体を起こすと霞も同じように体を起こした。


「おはよう霞」

「おはよう和希」


 ……なんか今になって恥ずかしくなってきたな。

 気恥ずかしくなって霞から視線を外すと、両頬に手を置かれてグッと霞の方に視線を向かせられた。


「和希、大丈夫とは思うけど約束してほしいことがあるの」

「約束?」


 何だろうと思い俺は霞の目を見つめ返した。

 いつになく真剣な雰囲気を思わせながら、霞はこんなことを口にするのだった。


「恋人になったからどんな悩みも共有するべきだと思う。今は何もないかもしれないけどこの先は分からない、やっと和希と想いが通じ合ったのにまたすれ違うのは嫌だから」

「……そう、だな」


 すれ違った時間が長かったからこそ……いや、一方的に俺がそうしただけだが本当にもうあんな時間を過ごすのは嫌だ。むしろ、こうして霞と想いが通じ合ったのだから尚更だ。


「共有とはいっても全部とは言わない。私は特に何を話すことも遠慮はしないけど和希は話せることだけでいいから……一人で抱え込むのだけはやめてね」

「分かってるよ。ま、やましいことをするつもりはないしその点は俺も霞に遠慮はしないかな」

「やましいことって浮気? 浮気は確かに黙ってるかも……」

「俺が浮気するような気の強い男だと思ってるのか……?」

「思ってない。和希は私にゾッコン、だから問題ない」


 その通りだけどそれを正面から言える霞を俺は尊敬するよ。

 まあ自分で言うのもなんだけど浮気は心配しなくてもいいんじゃないかな。そもそもそこまで色の多い人生に興味はないし、霞以上に傍に居て楽しいと思える人も想像できないし。


「……それと、私は全然嬉しくないけど結構モテる」

「だな」


 結構どころじゃないと思うけど。

 霞のそれは決して自慢などではなく、ただそういう事実があることを口にしただけだ。


「自分でも気を付けるけど、もしかしたら和希に何か言ってくる人も居るかもしれない。それで――」

「それを気にして俺がまた霞から離れるかもしれない、そう思ってるのか?」

「……うん。前科があるから」

「前科かぁ……確かにな」


 俺は苦笑した。

 確かに霞を悲しませた前科持ちだけど、今更そんな言葉一つに揺れ動くようなつもりはない。もちろん程度には寄るだろうけど、こうやって恋人にまでなって離れたりしたらそれこそ色んな人に怒られてしまう。


 それも怖いけど何より、こんな風に色々と考えてくれる子を手放すわけがない。


「言葉だけじゃあれだけど、約束するよ。幼馴染としてもそうだし、恋人としても俺は霞の傍に居る。支えたいとも思うし……まあ色々あるだろうから俺のことも助けてくれ頼む」


 一人じゃ限界があるからな。

 そう伝えると霞はうんと頷いた。


「当然、でも言葉だけで十分。私は和希を信じてる」

「……そっか」

「ん。自分で言うのもなんだけど私は良い女。良い女は常に余裕を持って恋人を信じて甘やかすもの」

「そうなのか?」

「漫画で見た」

「……………」


 やっぱり霞は天然かもしれん。

 まあでも、俺に改めて守らないといけない存在が出来た……いや、もっと強くそう思うようになっただけか。


「よいしょっと」

「え!?」


 霞に手を伸ばして抱き留め、そのまま背中から倒れこんだ。


「これからよろしくなああああああああ霞!!」


 あぁ……すっごく気分が良い。

 このまま学校が始まったりすると色々とありそうだが、特に過ごし方は何も変わりはしないだろう。俺はただ、霞と一緒に歩いていけばいいのだから。


「うん。よろしくね和希♪」


 頬を緩ませて霞は確か笑った。

 その笑顔は昔と何も変わりはなく、成長した彼女の笑顔が俺の記憶に上書きされることになったのだ。




「和希、恋人としてどんなことでもドンと来い。私が全部受け止めてあげる」

「……おぉ、なんかイケメンだな」

「……照れることはあると思うし、いざってときはやめてっていうかもしれない。でもやめないで、私のやめては思いっきりやってってことだから」

「……………」


 取り敢えず、恥じらうようにそういうことを言うのはやめていただきたい。

 流石にちょっと心臓に悪いんだよ。





【あとがき】


他の書いてる作品みたいに特急みたいなイチャイチャはないかもしれない。

今にもキスしそうな勢いなのにまだしない、そんな感じが書きたいですね(笑)

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