少しずつ意識していく

 基本的に霞が居ても居なくても休日の過ごし方は変わらない。お互いに友人たちと遊びに行く予定もないとなれば二人でゴロゴロするしかないのである。


「……霞?」

「なに?」


 お互いに寝転がって漫画を読んでいるのだが、霞は俺の肩にピッタリ自分の肩を引っ付けるようにしている。朝起きてから今の今までずっとこれで、霞は全く離れる気配がなかった。


「ずっと引っ付いてんのな」

「こんな美少女に引っ付かれて嫌じゃないでしょ?」

「自分で言うなよ……」


 自分で言うなよとは言っても、実際にその通りだからなぁ。美少女という言葉を裏付ける美貌、自分の姿に自信を持っている様子の霞はパチンと片目を閉じた。


「……似合ってるんだよなぁ」

「でしょう? 他の人にはこんなこと出来ないけど」


 そう言って霞は天井に腕を伸ばした。

 凝り固まった体をほぐすように、上げていた腕を下ろすとぽよんと音が聞こえるかのように重力に従って胸が揺れた。


「……………」


 何も言わずにそっと俺は視線を逸らした。

 男女の体の違いというか、一番その違いに気づける場所が霞の場合は大きく膨らんでいる。中学生二年くらいから急激に成長したのを覚えているけど、その時くらいから明確に男女の違いを意識し始めもしたんだっけか。


「どうしたの? おっぱいを見つめて」


 ……気付かれていたのはともかく、全く恥ずかしがらずしかもストレートに言わなくても良いんじゃないかな。


「……ふふん♪」


 そこで何か思いついたのか、悪い笑みを浮かべた霞は俺の背後に回った。そしてそのまま抱き着いて来たことで、今意識してしまっていた胸の感触を背中に思いっきり感じることになる。


「ほれほれ、私の成長を確かめるがいい」


 絶対に離さないと言わんばかりに首の横から回る霞の両腕に力が込められた。体を揺らすように、リズム良く擦りつけてくることでどんな形にも変わっていく。


「……お前、一応俺も男だぞ?」

「知ってるよ。和希にしかしないし」

「……………」


 その言葉に心臓が少し跳ねた。

 これは……あの時からだ。霞と一緒に前島に会った時、俺にとって霞はどんな存在なのかと自分に問いかけたあの時から……妙に霞を目で追っている気がする。今まではあまり気にならなかったのに、こういったスキンシップにも僅かにドキドキしてしまうのだ。


「……はぁ」

「こら、溜息を吐くと幸せが逃げちゃうよ」

「誰のせいだと思ってんだ」


 ほんと……どうしちまったんだろうなぁ。

 そのまま少しだけ霞の好きにさせていた。相変わらず背中に体を擦りつけていたが何かを思い出したように立ち上がった。


「どうした?」

「うん。ちょっと思い出したことがあって」


 霞はそれだけ言って部屋を出て行った。

 しばらくすると戻ってきた霞が手に持っていたのはケーキだった。


「お母さんが一緒に食べなさいって昨日渡されてたの。前に和希がケーキを買ってくれたし、そのお礼もね」

「そっか。じゃあありがたくいただこうかな」


 霞と一緒におばさんが買ってくれたというケーキを食べた。

 その途中、少し俺の口元にクリームが付いてたんだろう。霞がちょっと待ってと言って指を伸ばし、口元に付いていたクリームを取って舐めた。


「美味しい♪」

「……………」


 ……くぅ!

 なんでそういうことを涼しい顔で出来るんだこの子は! しばらく話をしていなかったから距離感をバグったんじゃないかって思うことがあるけど、よくよく考えたら昔と何も変わらないことに気づくんだよ。


「和希と一緒に食べるケーキは美味しいね。それに凄く幸せ」


 ニカっと笑ってフォークに刺したケーキを口に運ぶ霞をジッと見つめてしまう。しばらくして何をやってんだと我に返って視線を戻す。そんなことが続いていた。


「本当にどうしたの?」


 本当にどうしたんだろうな、俺が聞きたいよそれは。何でもないと返事をして俺もケーキを平らげた。


「ねえ和希、どうしたのか分からないけど悩みを吹き飛ばす良い方法があるよ?」

「ふ〜ん? なんだそれ」

「目を閉じてみて」


 言われたように目を閉じた。

 すると俺の頭に霞の手が触れたのは分かった。そして引っ張られるように引き寄せられふにょんとした感触が顔全体に伝わった。


「おまっ!?」

「ジッとしてて」


 自分がどういう状況にあるのかを明確に理解して離れようとしたが、霞の鋭い声音に動きを止められた。


「恥ずかしい? 私が同じ立場ならきっとそう思う。でも、こうすると安心しない?」


 そう言って霞は俺の頭を撫で始めた。くすぐったくも心地良い感覚にざわめいていた心が落ち着いてくる。恥ずかしさは消えてくれないが、それでも霞に言われたように安心するのは確かだった。


「……安心するかな」

「だよね。お母さんにこうされると安心してたのを思い出したから」

「俺はまだ子供だけどそこまで小さいつもりはないんだが……」


 ……霞は恥ずかしくないのか? 話し方から察するにいつもと変化はなさそうだ。まあ見上げることが出来ないので表情は分からないが。


「そろそろ離さないか?」

「……もう少しこうしていよう」

「でもな?」

「うるさいからジッとしてるの!」

「お、おい!」


 そのまま俺は倒れ込んだ。

 どうやら霞が背中から床に寝転んだらしく見方によっては俺が押し倒したようにも見えるかもしれない。


「大丈夫か……?」

「うん。和希は……大丈夫だよね。柔らかいクッションがカバーしてくれたし」


 こ、こいつ……いつからこの子はこんなに揶揄うようになってしまったんだ。顔全体に伝わる柔らかさとは裏腹に、頭を抱える腕の力が強くしばらく俺はそのままの体勢を続けることになった。





(どどどどうしよう今顔真っ赤だしこんなの見られたら恥ずかしくてヤバい……)


 耳元まで赤くなってる和希だが、霞も顔を真っ赤にしているのは同じだった。


 その顔を見られたくないから和希の頭を胸から離さない、そうしてしまうと茹でたタコのように真っ赤な顔を見られてしまうからである。


(……柔らかくて安心するな)

(こうしてると安心する……)


 ただ、お互いに今を心地良く感じているのは確かだった。

 


 

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