何もかもが昔と違い、同時に一緒だった
「なんだよお前……ってもしかして白鷺か?」
あまりに早かった前島との再会、倉持さんとのことが俺のせいだと難癖を付けてきたこいつの前に立ったのは霞だった。
俺に背を向けているからこそその表情は見えないが、雰囲気から凄く怒っていることが分かる。
「おいおい、お前らまた引っ付きだしたのか? いつまでガキ気分なんだよ」
前島は俺と霞を見て鼻で笑った。
……そうだ。俺はこの顔が嫌いだった。幼馴染だから傍に居ただけなのに、ただ二人で居るだけでこうやって笑われていた。少し前の俺はそれが嫌で、笑われたくなくて霞から離れてしまったんだ。
「……はは」
でも、よくよく考えれば大したことはないのか。
大して仲も良くなかった連中にどう思われようが、ずっと傍に居た霞の方がずっと大切だったことには変わりない。それならずっと傍に居れば良かったのに、そうすれば霞が悩むこともなかったはずだ。
そんな簡単なことに今更気づいた自分に苦笑した。
「おい、なんで笑ってんだよ」
「あぁいや。今更大事なことに気づいたなって思ってさ」
前島に俺はそう返した。
俺を守るように立つ霞……あの時とまるで立場が逆転したようだ。けれどこんな奴を相手にする必要はない。それもあってすぐにこの場から去ろうとしたのだが、霞が口を開いた。
「言ってやったぞ、みたいな顔してるけど無駄だよ。あの時よりも私たちは成長してちゃんとお互いに話をすることが出来る。だからどんな雑音が入ったとしても何も意味はないから」
「……は?」
昔の霞はただ俯いているだけだった。それが今こうして言い返したのだから前島も驚いたんだろう。霞は俺の隣に並び、腕を優しく抱くようにして身を寄せてきた。
「あの頃とは違う。私はもう、怖がったりしない。怖がって何もしなかったら大切なモノが手の平から零れ落ちてしまう……そっちの方が嫌だから、怖いから。だから私はもうこの手を離さないんだ」
買い物袋を握っているから俺の手を握ることは出来ない。だからなのか霞は俺の手の甲に手を置いた。前島は呆気に取られたように俺たちを見ていたが、すぐに調子を取り戻したように近寄ってきた。
「意味分かんねえこと言ってんじゃねえよ! 白鷺風情が調子に乗んな!!」
腕を振り上げた段階で俺は霞の前に立とうとしたが、霞が大丈夫だからと首を振った。何をするのかと思ったら、霞はただ目に見えないほどの速さで足を振り上げたのだ。ぶんと風を切る音がしたと思えば霞の足の裏が前島のすぐ目の前にあった。
「っ……」
「いいよ。やる気なら相手してあげる」
その霞の声には冷たさがあった。
足を振り上げているので短いスカートだからこそ下着が見えているはずだ。それでもそこに目を向ける余裕は一切ないのか、前島は目に見えて霞に怯えていた。
「霞、帰ろう」
「うん」
俺がそう言うと霞はすぐに足を下ろして俺の隣に並んだ。
「ほとんど霞が言いたいこと言ったから俺は一つだけ言わせてもらう。俺はこれからも霞の傍に居るさ。どんなことがあっても、霞から――」
……あれ、そもそも……どうして俺はこんな風に思うのだろうか。
霞が幼馴染だから? 大切だから? その大切はどのように思っているんだ?
「和希、もう話すことはないよ。行こう」
「あぁ……」
もう何も喋らない前島に背を向けて俺たちは歩き始めた。
お互いに何も話さずに家までの道を歩く。そんな中、霞が口を開いた。
「学校で言った見せつけようってやつ、ちゃんと出来たね」
「……あぁやっぱりその意図があったんだ」
「うん。それもあったし、これが私の気持ちだって意思表示でもあった」
霞はそう言って笑顔を浮かべた。
最近になって霞はよく笑うようになったと俺は思っていた。その笑顔も時折見せてくれる笑顔に変わりはないはずなのに、その笑顔を見て俺は頬が熱くなるような気がしたのだ。
「和希? 顔が赤いよ?」
「……まあ夕方だしな」
「そっか」
それ以降霞は何も言わなかった。
二人で歩く帰り道、チラッと霞を見ると彼女も俺を見ていた。そのまま視線を逸らすことが出来ないでいると、ぷいっと霞が視線を逸らした。
「……何か言ってよ」
「……すまん」
「別に謝らなくてもいいけど」
そうだよな、何で謝ったんだろうか。
その後家に真っ直ぐに帰り、いつものように霞が作ってくれた夕飯を食べた。霞の料理が美味しいと感じるのはいつものことだけど、それと同時にどこか温かしさを感じてゆっくりと噛みしめていた。
「ねえ……本当にどうしたの?」
「……いや、俺も良く分からないんだ」
そんな俺の様子が霞には不思議に映っているらしく、何度もどうしたんだと聞かれていた。そうして時間が過ぎて寝る時、いつものように霞がベッドに入ってきて少しばかりの雑談タイムだ。
「今日は色々あったけど、あれが私の宣言だから」
「分かってるよ。俺だって同じ気持ちだって」
「……ふふ♪ ねえ和希」
「なんだ?」
少し間を置いて霞はこう言葉を続けた。
「もしも……もしもあの時、私たちが離れなかったらどうなってたんだろうね」
「……それは」
ずっと一緒に居たんじゃないか、そう思ったけど実際はどうだろうな。
霞もそのことを想像したのか笑っていたが、今となっては離れて良かったと言った。
「だって、そのおかげで私は変われたと思うんだよ。今日のあの啖呵、ずっと和希に守られてるだけじゃ言えなかったと思うから」
「そうかな?」
「そうだよ。ま、だからといって離れて行ったことは大罪だけど」
「どっちなんだよ」
思わず笑ってしまった。
霞もやっと笑ってくれたねと言っていた。どうやら今日帰ってからずっと調子がおかしかった俺を気遣ってくれたらしい。
「もしかして気遣ってくれた?」
「それはそうでしょ。でも、もう大丈夫そうだね?」
俺は頷いた。
さてと、何だかんだベッドに入っても話をしたせいか完全に眠れなくなってしまったな。それは霞も同じらしかった。
「まあまだ十時くらいだし、ゲームでもする?」
「いいな。っていうか霞とゲームも昔ぶりだな」
「うん。実を言うと楽しみにしてた」
「泣くなよ?」
「……その言葉そのまま返してやる♪」
というわけで急遽ゲームをすることが決まった。
ベッドから出た俺たちは互いにコントローラーを手にテレビに目を向ける。そんな中俺はあることを思い出してこんなことを提案してみた。
「霞、膝に座らないのか? 昔はよくやってただろ?」
「……うん。してたけど……え?」
昔に霞とゲームをする時は基本的に俺の膝に乗って背中を預けるような体勢が多かった。それを提案したのだが霞は乗り気ではなさそうで、まあそこは変わったんだなと少し寂しい。
「ま、そのままでもいい――」
「座る!」
ぴょんとウサギが跳ねるように霞は俺の膝の上に収まった。俺はそれが懐かしいのもあったし、霞から感じる体温が心地よくてつい腕を回した。
「……このすっぽりと収まる感覚懐かしいなぁ」
「ちょ、ちょっと!」
「流石に子供っぽいからやめるか?」
「やめないでいい! 和希……やっぱり強敵だね」
そんなこんなで、俺たちは久しぶりに寝る間際までテレビゲームに興じるのだった。
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